【悲報】我が国の王女、明日また怒られることを確信する
十二人もの各国の王女たちが集まるダリスの王宮。
周囲と群れることを好まないルリネットは、基本的に単独でマイペースに過ごしていたが、広い王宮内を見渡せば、彼女と同じようにあえて周囲と距離を置いている王女も数人は存在していた。
麗らかな陽光が降り注ぐ王宮の庭園。その片隅にある白亜のガゼボ(東屋)で、一人の王女が静かに読書に耽っていた。
ダリス大王国と並ぶ大陸の双璧──リラ大王国の、イザベラ王女である。
今回の候補者たちの中ではおそらく最年少であろうが、流石は大王国の正統なる王女。その佇まいは凛としており、幼さを感じさせない圧倒的な威厳さえまとっている。ちなみにダリス大王国には現在、王女(姫)が一人もいないため、彼女は参加者の中で唯一の「大王国の王女」という、言わば本命中の本命であった。
ルリネットは珍しく、その少女に興味を惹かれて声をかけた。
「リラ王女殿下、ごきげんよう」
イザベラ王女は読書の手を止め、チラリとルリネットを見ると、大王国の矜持を感じさせる所作で小さく頭を下げた。そして、本を閉じながら冷徹な声音で問いかけてくる。
「……ヴェルヴァス王女。明日からの『孤児院の視察』にお持ちになる手土産は、もう決められましたか?」
王女たちは一通りの座学を終え、明日からはダリス国内の様々な公共施設を視察して回ることになっている。名目は視察だが、そこは各国の王女だ。訪問先に自国の財力や影響力を刻み付けてアピールしなければならないため、他の王女たちは皆、血眼になって贈答品の選定に頭を悩ませていたのだ。
「ええ、まあ。おおよそは決まりましたわ」
向けられた氷のような無表情に、ルリネットは心の中で少し凍えそうになりながらも、努めて優雅に微笑んだ。
「流石はリラ王女殿下。差し支えなければ、何をご用意されたのかお伺いしても?」
イザベラ王女は小さく、吐息のような溜息を漏らした。
「我が国の、もっとも高名な名産品にしようかと考えております」
「まあ、名産品ですか。それは素晴らしいわね。それで、具体的にはどのようなものを?」
今度は、隠そうともしない大きな溜息がイザベラ王女の口から零れ落ちる。
「私の国、リラ大王国では……ルビーが最高の名産ですので」
普通であれば、ここで「まあ、流石は大王国ですわね!」とおべっかを使うのが社交界の常識だ。たとえ王太子妃になれずとも、世界屈指の大王国であるリラとのパイプを作っておくことは、自国の利益に直結するからだ。
しかし、ルリネットは違った。
「……ルビー、ですか?」
彼女は小さく首を傾げ、不思議そうにオウム返しに呟いた。
イザベラ王女の整った眉が、ぴくりと不快そうに跳ね上がる。
「何か? ルビーが我が国の特産であることを、ご存知なかったようですね」
「いいえ、存じておりますわ。鉱山から採掘される、最高級の美しい紅玉でしょう? ……ですが、ルビーですか? 王女殿下が明日訪れるのは、『孤児院』の視察でしたよね?」
怪訝そうな表情を隠そうともせず、イザベラは鋭い視線をルリネットに向けた。
「それが何か問題でも?」
「いえ、問題などございませんけれど……」
「けれど、何よ?」
言葉を被せるように問うイザベラの強い瞳が、まっすぐにルリネットを捕らえて離さない。ルリネットはそっと息を整え、穏やかに言葉を続けた。
「はい……孤児院には、身寄りのない幼い子どもたちがたくさん暮らしているのでしょう? その子どもたちは、その……ルビーを贈られて、心から喜ばれるでしょうか。私の見当違いであれば申し訳ありません。ですが私は、自国の美しい絵本や、手軽に遊べる折り紙などを用意しようと考えておりましたので」
「絵本に、折り紙……?」
イザベラが呆然と呟いたその時。
タイミング悪く、庭園の向こうから他の王女たちが群れを成してやってきた。ルリネットたちの会話が聞こえていたようで、扇で口元を隠しながら甲高い笑い声を上げる。
「まあ! ヴェルヴァス王女、そんな貧相なものをお持ちになるおつもりですの?」
「ヴェルヴァス王国といえば大陸有数の富裕国と聞き及んでおりましたけれど、お財布事情が随分と厳しいのですわね?」
「イザベラ王女、そのようなお国の一風変わったご意見など、真に受けてはとんだ恥をかきますわよ!」
三人三様、ピーチクパーチクと実の無いお喋りが賑やかに響き渡る。
ルリネットは怒る風でもなく、「あら、そうなのですか」と受け流すと、静かにその三人に問いかけた。
「ちなみに、皆様はどのような素晴らしいものをご用意されましたの?」
待ってましたとばかりに、一人の王女が胸を張った。
「私は、我が国の最高級の毛皮をふんだんに使った絨毯を、現地に直接搬入いたしますわ!」
(……もはや手土産のサイズを越えている気がするけれど)
「あら、素晴らしいわね。私は我が国の誇る特大のサファイアを、ドンとお持ちしますの!」
(……孤児院に、宝石を鑑定できるような貴族の令嬢でも暮らしているのかしら?)
もう一人の王女がフンと鼻を鳴らす。
「まあ、皆様は立派な名産がお有りになって羨ましいわ。私の国には目立った特産品はございませんけれど、貿易には大変強いので、世界各国の最高級ヴィンテージワインをダースでお持ちしますわ!」
(……誰が飲むのよ、子どもたちに酒を煽らせる気かしら!?)
三人は言いたいことだけを言い合うと、再びキャッキャと「女子トーク」に花を咲かせながら、嵐のように去っていった。
静けさを取り戻したガゼボで、ルリネットは苦笑した。
「イザベラ王女殿下、お騒がせいたしました。私が出過ぎた真似を言いましたね」
しかし、イザベラ王女は去っていった三人には目もくれず、じっとルリネットの顔を凝視していた。そして、重い口を開く。
「……ヴェルヴァス王女。貴女は何故、そんな実利のない『絵本』など選ぶのです?」
ルリネットは、すっと背筋を伸ばした。その佇まいは、先ほどの三人の王女たちとは一線を画す、圧倒的な気品に満ちていた。
「私は純粋に、明日の『孤児院訪問』という機会をそのまま捉えているだけにございます。子どもたちが今、何を求めているか。また、親のいない子どもたちの成長にとって、本当に何が必要なのかをただ考えてご用意いたしました。
そこに、国の威厳や政治的な思惑など、必要ございませんわ。
だって、町の貧しい娘にどれほど高価で絢爛なドレスを与えたところで、それを着ていく場所などどこにもございませんでしょう?
空を自由に飛び交う鳥に憧れて、見事な翼を手に入れたとしても、私ども人間にそれを使いこなすことはできません。
そんなものは、持っていく側の独りよがり──ただの自己満足にほかなりませんわ。もし、そんな実用的な贈り物のせいで、我がヴェルヴァス王国が『ケチだ』と他国から恥をかくのであれば、おおいに結構。これは私個人ではなく、我が国の、ヴェルヴァスの民全体の考え方ですもの」
驚きに目を見開いたまま固まるイザベラ王女に対し、ルリネットは完璧なカーテシーを一つ捧げると、そのまま優雅に足取りで自身の部屋へと戻っていった。
◇
「……はあぁ、疲れたわ~! なんなの、あの王女たちは。頭が空っぽとはまさにあのことね!」
部屋に戻るなり、ルリネットはソファへ倒れ込み、ぐったりと愚痴をこぼした。そこへ、ちょうど部屋の扉が開く。
「ルリネット王女殿下、お戻りでしたか」
入ってきたエドワードの手には、明日からの過密なスケジュールが記載された書類が握られていた。
(うわぁ、見るからに面倒くさそう……泣)
「王女殿下、心の声がダダ漏れですよ。……さて、王女は明日、午後一番で孤児院の訪問が控えております。場所が場所ですから、あまり目立つ派手な装いではなく……いえ、その衣装の件は後で私がモニカと打ち合わせておきます」
「ねえエドワード。明日の訪問、貴方も一緒に来てくれるの?」
エドワードは当然だと言わんばかりに眉を上げた。
「当たり前ですが。何か問題でも?」
(……問題は大有りよ! だって私の用意した手土産、他の王女たちみたいな金銀財宝じゃないんだもの。これを知ったら、またエドワードの『お説教コース』が確定じゃない……!)
明日訪れるであろう嵐(小言)を予感し、マカロンを食べる手すら少し震えてしまうルリネットであった。




