25. 無駄な希望
(確かに、かわいいけど……)
セラフィーナは一人きりで、中庭のベンチに座っていた。
自分が抱えているのか、それとも抱えられているのか、わからなくなりそうなほど大きなぬいぐるみを抱えて。
(こんなつもりで、見たわけじゃなかったのに)
思い起こすのは、ほんの少し前の出来事。
アルバートとともに、順番に見て回っていた学園祭の出し物。
そんな中、セラフィーナの目に止まったのが、一際おおきなくまのぬいぐるみだった。
ふわふわで、手触りもよさそうで、かわいくて、セラフィーナはしばらくじっと見つめていた。
すると、欲しがっているのだと思ったアルバートが、買ってしまったのである。
(別に、欲しくなかったわけでは、ないけれど)
しばらく眺めていたくらいだから、買って貰ったことが嬉しくなかったわけではなかった。
ただ、結果的に強請ってしまったような気がして、セラフィーナはただただ申し訳なかった。
一方で、ぬいぐるみを買って満足気な表情を浮かべたアルバートは、今は飲み物を買いに行っている。
セラフィーナはその間、ベンチのある中庭で、ぬいぐるみとともに待つことになったのである。
「セラフィーナ様、また会いましたね」
ふわふわな手触りを楽しんでいたセラフィーナの元に届いた、そんな声。
残念なことに、振り返らずとも誰のものなのか、セラフィーナにはすぐにわかってしまった。
こうして小さくなる前に、嫌というほど聞いていた声だったから。
(わたくしも、逃げていてはいけないわね)
思い浮かぶのは、少し前のアルバートの対応。
セラフィーナは少し名残惜しく思いながら、抱えていたくまのぬいぐるみを隣に置いた。
そして、ベンチから立ち上がると、背筋を正して、声の主であるミラベルの正面に立った。
「先ほどの殿下のお言葉、もうお忘れになったのですか?」
「何のことですか?」
セラフィーナの問いかけに質問で返したミラベルは、最初こそ余裕の表情を浮かべていた。
しかし、その余裕な表情が崩れ去るまで、そう時間はかからなかった。
「オールディス、公爵令嬢……」
セラフィーナはただ無言で、じっとミラベルを見つめただけ。
だが、その視線は子どもには思えないほど強く鋭いもので、ミラベルはその視線に狼狽え気づけば呼び方を変えてしまっていた。
(なんだか、はじめて呼ばれた気がする)
もしかしたら、以前どこかで呼ばれていたかもしれないけれど。
そう思ってしまうほどに、ミラベルから出たその呼び方は、新鮮味を帯びていた。
「それで、わたくしに、何か御用ですか?」
「あ、た、たいしたことでは、ないんですが……」
「なら、もうよろしいですか?私はここで、殿下をお待ちしないといけませんので」
たいしたことない話なら、耳を傾けたくはない。
そんな思いから、セラフィーナはくるりと背を向けた。
もっとも、それで話を終えられるとは、思っていなかったけれど。
「ま、待ってくださいっ」
セラフィーナの予想通り、すぐに後ろから慌てた様子の声が聞こえてきた。
先程、自身でミラベルにも告げた通り、セラフィーナはここでアルバートを待たなければならない。
この場から、立ち去るつもりなどないのに、その声は必死に引き留めようとしている。
「セラフィーナ様……っ」
またか、そう思いながらセラフィーナが振り返れば、ミラベルはその視線にまたも狼狽えた。
「あ、いえ、公爵令嬢……」
目を伏せ、ばつが悪そうな様子で、ミラベルは呼び方を正した。
セラフィーナの名を呼べたのは、一時的とはいえセラフィーナの視線から逃れられたからなのかもしれない。
「公爵令嬢は、その……アルバート様がかわいそうだとは、思いませんか?」
「どうしてですか?」
「だって、王族というだけで、結婚する相手を勝手に決められるんですよ!?ご自分で、選べないんですよ!?」
最初はおそるおそる、といった感じだった。
しかし、ミラベルの言葉は徐々に勢いを増し、強い口調へと変わっていく。
(似たような台詞が、小説にもあったわ)
思い浮かぶのは、流行っていると噂の小説である。
平民の間で流行った恋の物語は、やがて貴族の間でも話題になっていった。
全てではないけれど、セラフィーナもかつていくつか手に取ったものだった。
まるで、そんな小説に出てくるヒロインそのものだ、とセラフィーナは思った。
「殿下がご自分で選びたい、と仰ったんですか?」
「いえ、そうではありませんが……」
アルバートはきっと、言わないだろう。
セラフィーナはそう確信している。
それは、こうして幼い姿へと戻る前から、変わらない。
「王族だけではなく、貴族だって、結婚相手を決められることはよくあることです。皆、かわいそうに見えているんですか?」
アルバートがそうなら、セラフィーナだってそうである。
そして、貴族なら大半がそうであり、自分で結婚相手を選べる方が少ないのだ。
「そ、そういうわけでは、ないですが」
「では、殿下だけが、かわいそうだと?」
そんなこと、あるはずがない、おかしな話である。
セラフィーナはそんな思いを込めて言った言葉だった。
けれど、なぜだかそれは、ミラベルには助け船のように感じられてしまったようである。
「そう、そうですよっ!だって、アルバート様は勝手に決められた上に、10歳も年下じゃないですか。きっと、もっと気のあう方がいいはずです」
目を輝かせてそう言ったミラベルに対し、ため息をつきたくなるのをセラフィーナはなんとか耐えた。
(これが1回目だったら、わたくしも彼女に賛同したのかしら)
そう思うと、同い年であった期間を経験した後の、10歳差であることに感謝すべきかもしれない、とセラフィーナは思った。
だからこそ、年齢差があろうとなかろうと、彼女の言い分はさほど変わりはしないだろうと思えるから。
(他にも決められた婚約者がいる貴族令息や令嬢が多数いる中で、彼女の目に止まったのは、あくまで殿下だけ。それは、つまり……)
セラフィーナはゆっくりと目を閉じた。
すると、同い年だった頃に見た彼女の姿が、瞼の裏に蘇る。
「殿下は、あなたの好きな物語の王子様ではありません。重ねて見るのは、もう、やめてください」
その方が、よっぽどアルバートがかわいそうだし、失礼だ。
そんな思いを込めて放った一言は、セラフィーナにとって、ようやく言えた、と感じられる一言でもあった。
「な、なんのことですか?」
ミラベル本人がそのことに気づいているのか、それとも気づいていないのか、セラフィーナにはわからなかったし、どうでもよかった。
ただ、セラフィーナとしては、こうして関りを持つことを、これで最後にしたかっただけだ。
「私に、婚約を解消しろ、と仰りたいんですよね?殿下が、かわいそうだから」
ミラベルは何も答えなかった。
ただ、図星だったからか、はたまた10歳の少女に言い当てられたからなのか、非常に驚いた表情を浮かべていた。
「もし、私と殿下の婚約が解消されたとしても、あなたにとって、状況は何も変わらないと思いますよ」
セラフィーナとアルバートにとっては、大きな変化かもしれない。
国にとってもまた、大きな変化かもしれない。
だが、ミラベルにとってはきっと、些細な変化としか感じられないだろう。
「殿下はきっと、他の高位貴族のご令嬢と婚約なさるだけでしょうから」
それはきっと、いや間違いなく、ミラベルの望む結果ではないだろうから。
「あなたが望む、王族と平民の恋物語は、現実では永遠に始まりませんよ」
アルバートがその道を選ぶことは、決してない。
もしも、アルバートがその道を選ぶ人物であれば、きっと今、セラフィーナはここに立っていないだろうから。
「ですから、無駄な希望をお持ちになるのは、おやめください」
セラフィーナは表情を変えることなく、淡々と告げた。
それが気に入らなかったのか、それとも言われた言葉そのものが気に入らなかったのか、はたまたその両方か。
セラフィーナの視界には、顔を歪めるミラベルの姿があった。




