未亡人のマリーゴールド 五幕 花言葉の裏
男は稀華子に花束を渡した。嬉しかった誕生日に花を貰えるなんて、黄色を基調とした花束はとても美しくカスミソウやスズランの差し色がまた、黄色の花の美しさを際立たせている。
この時私は幸せの絶頂だった、この先もこの人と一緒にお互いの誕生日を祝える。そう思っていた……。
看護師が音に気付いて病室に向かう。
「桂さん?どうしました?……え!」
そこには、割れた窓と居るはずの病人が居ないことに慌てる。
「……」
「……」
匡人と安斎に連絡が入り間もなくして二人が到着する、明と新井、桜がいなくなった部屋を見聞する二人。
先に話を切り出した安斎は肩を落とした。
「はぁ、やられたな。……思ったより早く動いたな」
「…………」
匡人は黙々と部屋を見渡し痕跡を探している。
「まさ……」
呼びかけに答える事無く血痕の跡と窓を真剣に調べていた。
「………………………………………………」
「…………相変わらずだな」
安斎は事情を聴くために部屋を出た。
「(……争ってはいない、壊れているものは窓しかない血痕も少ない。考えていた通り明、新井の二人は操られていたか。そして桜は大人しく付いていったところか)」
「しかしどこに行ったんだ?痕跡がこれ以上無い…………か……」
「匡人」
「静かにしてくれないか……集中した」
「匡人!」
大きな声で我に帰った。そこに居たのは安斎の頭に拳銃を突き付けた佐藤刑事がいた。
状況を整理しよう。俺達は昏睡状態になった明くん、新井くんがいきなり行方不明になってしまった。様子を見ていた桜も連絡が付かなる。そして俺たちは、病院から連絡を受けてやってきた。
何か痕跡が残っていないか、いなくなった三人の病室を捜索している。なのに何故俺の友人は今、自分の部下に、拳銃を頭に突き付けられているのだろうかそれだけしか分からない。
「…………」
彼は顔をうつむきながら茫然と、安斎の頭に拳銃を押し付けている。彼はあえて喋らない、ここは匡人に任せてじっと様子を伺う。
「……佐藤刑事?……どうしたの?」
「……………………………………………………………………」
「と、とりあえず。それ下そう?危ないから」
「あなたが夕済匡人か」
「そうだけど、なにか用ですか?立花さん?」
「!?(じゃあ今の新井は容疑者の立花稀華子か)」
「刑事さん動かないでください。手首を折りますよ」
安斎が動こうとしたら、後ろで掴まれている腕を尋常でない力で握られて、痛みの余り小さな悲鳴をあげる。
「ぐっ!……うぅ」
「安斎」
「…………すまない」
額から冷や汗が流れる。この場を掌握しているのは立花稀華子だ下手をしたら死ぬ、気を付けねばならない。
「…………。話を戻しますよ、探偵さん……”原本”を渡してください」
「やっぱりそれか、なんで?」
「あなたが持っていると、あの人は言っていました!だから渡してください!」
匡人は顔色を全く変えない。むしろ表情が無くなっていってる。
「もし。持っていたとしても、お前たちには絶対渡さない」
「!?この人質を殺すぞ!それでもか!」
「殺すなら殺せ、……例えこいつと俺が死んだとしても”原本”は渡さない」
立花は憤ったのか発砲した。近くでの発砲音に耳が耐えられなくて、咄嗟に目を閉じた。再び瞳を開けると匡人は肩を抱えて床にうずくまっていた。
「…………もう一度言います。”原本”を渡してください!今すぐ!」
掴かんでいた俺の手を放し、立花稀華子は匡人に歩み寄り、頭に拳銃を強く擦り付ける。
「……次はこの距離で撃つ」
「あの本の何がいい?」
痛みに耐えながら匤人は答えた。呆れたように笑う顔はまるで、虚無の中にいるような笑顔だった。
「…………」
立花は依然と動かない。
「あんた今自分の感情をコントロールできていないんだろ?使いすぎだあの本を、今からでも遅くはない捨てろあれを」
「うるさい、うるさい、うるさい!”原本”があればこの症状は治まるって……ぜぇ、はぁ!…………あの人が言ってたんだ!それにあれは私が持ってる本より次元が違うとも言ってた!現実をも変えられる力が”原本”にはあるって!……いってた……はぁ!はぁ!」
新井曰く立花の様子が段々おかしくなってきた。息が荒くふらふらしている。安斎はゆっくり手を動かしてスマホを取り出した。通話中にして画面を隠してして床に置いた。
「……可哀想だなあんた」
「……え」
「だってあんなのに執着しなかったら、こんなに苦しい思いしないだろう?」
立花は思いっきり匡人を殴った。窓の方に吹き飛んで壁にぶつかった、大きな衝撃と共に壁と窓がひび割れた。
「あんたに!私の何がわかるのよ!この辛さはあんたには分かんないでしょう!分かってたまるか!」
「匡人!」
安斎は匡人に駆け寄った。尋常でない人間の力で吹き飛ばされて、無事な筈はない。生きているか?腰に掛けている、銃を抜いて立花に向けて構えた。内心撃ちたくない。
操られていているだけで佐藤には罪はない。だから撃たせないでほしい、焦りと焦燥で隙間風が寒い。
「……仕方ないな。……連れて行くか」
「止まれ!発砲するぞ!」
「うるさいなぁ」
頼む間に合ってくれ。
廊下の奥から無数の足音が聞こえてきた。立花は驚いて動きを止める、足音の正体はこの病院を警戒していた警察だった。瞬く間に彼女を取り囲んだ警官達は、入口を塞いで全員銃を取り出し立花稀華子に向けて構えた。
「……いいんですか安斎警部。あいつは新井です」
「…………あいつも警察官だ……無関係の人間を殺した後では…………遅い……何かあったら、撃て」
「分かりました……」
立花は自分の周りを見渡した後、溜息をついた。
「ここは私の結界が張ってあったのにどうやって……」
床に転がっているスマホが目に入った、そうか衛星携帯を使った奴がいたのか。納得した立花は高笑い声を上げた。
「ふふ、……あは…あははははははははははははははははは!!」
匡人は笑い声で目が覚める、人垣の向こうにいる立花と目が合った。
「ゴホッ、今からでもまだ間に合う!あの本を捨てろこのままだと死ぬぞ!…ゲホッ!……痛!」
匡人の言葉を聞いた立花は笑ったまま答える。
「底の見えない沼がある、一度その沼に嵌ったら二度と明るい地上には戻ってこられない…………さようなら。探偵さん」
魂が抜けたように新井は倒れた。