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捻くれ勇者と七つの紋章  作者: Yuma
第一章
9/11

捻くれ少女、怒らせる



 火炎魔法を避けながら、リタはあることに気づいた。



(……このまま火炎魔法を打たれ続けたら――この廃墟、燃えるんじゃ……?)



 カーテンに火が燃え移り、部屋は徐々に灰と化していた。

 女盗賊フォーリンはそのことに気づいていないらしい。


 ムチを避けた後にまた、炎がリタを焼かんと迫る。



 しかしリタ相手に、それは遅過ぎた。

 簡単に避け、反撃に移る。


 後ろからは部屋の燃える音が聞こえていた。



「ねぇ、そろそろ気づかないの?」


「何にだい?」


「……部屋、見てみなよ」


「ハンッ! そう言ってあたいが部屋を見回した瞬間、攻撃するつもりだろう?

 そんなお馬鹿な考え、あたいには通用しないよ!」


(……本当の馬鹿は気温の変化に気づけないらしい。このアフォーリンめ……)



 どうすれば目の前の女を落ち着かせられるだろうかと思案する。避けることは忘れずに。

 ――しかし何度考えても、辿り着く結論は一つだった。



(倒した方が早いな、うん。そうだそうしよう)



 判断した後は早かった。



 一瞬でフォーリンとの間合いを詰め、彼女が避けるよりも早く、斬り上げる。


 心臓を斬ったと思ったのだが、手応えはなく……。

 よく見てみると――




 服の胸元を、斬り裂いていた。



「あ」


「い、いやああああ!?」



 フォーリンは破けた服を押さえ、座り込む。

 リタは赤い顔をした彼女に睨まれるが、事故だから仕方ないと目をそらす。


 背後からはむせる音が聞こえてきた。このむっつりめ。



 ……いたたまれなくなったので、仕方なく服を貸してやる。さっき脱ぎ捨てた臭い服を。



「くさっ!? な、何よこれ!!?」



 やはり相当臭かったらしい。

 服はすぐに投げ捨てられてしまった……。服に罪はないというのに可哀そうである。



 胸元を押さえたまま、フォーリンは震える足で立ち上がった。

 そしてリタの顔を、人も殺せそうな眼力で睨む。



「あんたはこのあたいを……怒らせたわ……! 乙女の怒り、その身に受けてみなっ!!」




「いや、あんた乙女って年齢じゃないから」


「ムキーーーーッ!!!」




 怒りに満ちた火炎をぬらりくらりと避ける。

 冷静さのない攻撃を読むことなど簡単で、欠伸が出そうなくらいだった。


 ――だが、放たれる度に威力は増してゆく。


 弾けた火の手がリタを撫で、頬が僅かな痛みを訴える。

 直撃は免れたものの、火傷してしまった頬を押さえ、リタはフォーリンを睨む。とても冷たい瞳で。



「いい気になるんじゃないわよ、このおばさんが!!」



 大きく踏み込み、一瞬で間合いを詰める。



「なっ……!(速いッ!?)」


「うらぁッ!」



 剣は固い物を弾き、その衝撃でフォーリンは尻餅をついた。


 ……どうやら彼女は悪運が強いらしい。

 懐から放った斬撃だというのに無傷なようだ。



 リタは足元に転がってきた物を拾い上げ、それをじっくりと見る。


 “F”とイニシャルの刻まれたバッジはきっと、彼女の物だ。

 ある単語が頭に浮かび、リタは口端を歪める。



「こんなバッジまで着けて……子供のごっこ遊びなの? あんたのいるフォエルバ盗賊団って。

 よし、これからはバカ盗賊団って呼んであげるわ」




 何かの、切れる音がした。




 脳が警鐘を鳴らし、本能のままに身をよじる。



 瞬間、何かが爆ぜる音が響き、焦げた臭いが鼻を突く。

 その臭いの元を辿ってみると……自身の髪の毛先が焦げていた。



 ……どうやら本気にさせたようだ。



「……まだ千歩……いや、一万歩譲って、あたいを馬鹿にするのはいい。

 けどね――誇り高きフォエルバ盗賊団を貶すことだけは、絶対に許さないよ……!」


(どれだけ譲れないんだよ……)



 先ほどよりも連続で、休む間もなく繰り出される火炎。

 そしてそれを避けてもムチが待っているという二段構え。

 正直これをさばくのはとても面倒である。


 彼女を宥めようと、口を開く。しかし――



「そんなに怒ると、しわが増えるわよ」


「余計なお世話よ!!」



 火に油を注ぐだけだった。


 どうして怒らせてしまったのだろう、とリタは真顔で考える。

 きっと彼女がその答えに辿り着く瞬間は、一生来ないのだろう……。



「り、リタ!」



 ロイの呼びかけに、振り返ることなく答える。

 こっちは忙しいというのに何の用だ、と考えるリタの耳に――物音が聞こえてきた。



 いくつもの足音。悲鳴を上げる床板の音。恐らく、援軍だろう。



 表情が柔らかくなったリタにフォーリンは首を傾げる。が――



「動くな!!!」



 鋭い牽制けんせいの声に、フォーリンは動きを止めてこちらを睨む。

 リタはその視線に肩をすくめ、背を向ける。


 まさか連日戦闘する羽目になるとは……あの国王、許すまじ。



「小娘……いつか絶対、あんたをギャフンと言わせてやる!!」


「ぎゃふん。これで満足した?」


「ムキーー!! ほんと、人をおちょくることしかできないんだねっ! このひねくれ女!!」


「捻くれで結構。おばさんは牢屋でわんわん鳴いてな」



 騎士に連行されながら喚くフォーリンに舌を出す。

 未だに気絶する盗賊も連行され、ようやくリタは周囲を見渡した。


 火の手はすでに、騎士たちの手によって消されている。


 リタの視界に、褒めてほしそうにこちらを見つめる青髪がチラつく。だがしかし、そいつは放置だ。



「神像はどこかに隠されてるみたいね」


「ゆ、勇者さま! 無視なんてひどいですよう!」



 さすがにうるさいので棒読みで褒めてやる。

 こちらは神像を見つけるのに忙しいのだ。



「すごい適当な褒め方……! でもわたし、めげませんよ! 褒めてもらえるまでは!!」


「ロイ、そっちに神像はあった?」


「えっ。えっと、こっちには……あれ?」



 何かを見つけたらしいロイに近寄る。

 後ろからはしょぼくれた様子のコーネリアもついて来ていた。


 二人でロイの指差す先を覗き込む。


 そこには布をかぶせられた箱が。


 これは……もしかしなくても、きっとそうだろう。

 二人と顔を見合わせあった後、かぶせられていた布を取り払う。


 さすがバカ盗賊団。隠すこともできないなんて。




 ……そう思っていた数秒前の自分を、全力で殴ってやりたい。



 何かが開くような、高い音が響いたと同時に――リタの頬を、生温い何かが伝った。



「……何よ、これ」


「び、びっくり箱かなぁ……?」



 リタは手の甲で頬を拭う。

 少量の血がついていたことに、口端が震える。

 こんなおっかないびっくり箱があってもいいのだろうか……?


 頬の傷をロイに治してもらい、コーネリアとともに自身を傷つけた正体を探す。


 それはすぐに見つかった。

 リタの背後に、メッセージカードが突き刺さっていたのだ。



「おい、なんで紙が壁に刺さんのよ。普通落ちるでしょ。どういうことなの、このカード……」


「世の中不思議なカードがあるんですねぇ」


「そんな一言で済ませていい物じゃないと思うんだけど」



 コーネリア、顔だけはいいのにな……。顔だけは……。

 頭はとても残念である。


 カードを拾ったロイが、書かれている言葉を読み上げた。



「うーんと……『ふふん、かかったね! 普通、こんなわかりやすい場所に隠すわけないだろ? ばーかば――』」



 グシャリ、とカードは握り潰された。

 誰にかって? それはもちろん、我らが勇者リタ様の手によってだ。


 カードを奪われたロイとコーネリアは、戦々恐々とした様子で一歩距離を取る。


 しかしリタには、そんなことよりも耐えがたいことがあった。



「あんなアホなやつに……バカって、バカって言われるだなんて……!!!」



 もはや原型を留めていないカードを、八つ当たりするように床へと投げつける。

 床に飛び散り、本来とは違う使われ方をされたカード。その様はどこか物悲しげだった。


 それを踏みつけた後、まるで何もなかったかのように、リタは再び部屋を探索する。



「もしかしてもう、違う場所に運ばれたのかもね」


「そ、そんなぁ……!」



 神像探索には騎士も加わり、全員で手分けして探す。

 時折聞こえる笑い声を気にしないようにして。






「あ、あった……!」



 一昔前の騎士を象ったのであろう甲冑かっちゅうの中に、神像が隠されていた。

 しかもその甲冑は正面玄関に堂々と飾られている。

 ……ということは、わざわざ乗り込まなくても奪還できた、というわけだ。


 神像が見つかったことに、リタは喜ぶことなく――怒りや、後悔の色に染められた表情で、拳を握る。



「あんな……あんなバカな連中にまんまと騙されるだなんて……!!」


「ま、まあまあ。神像が見つかったんだし落ち着こう、ね?」


「そうですよ、勇者さま。今回の件は二人のお手柄なんですから!」



 賛辞の言葉など求めていないリタは、そっぽを向いて屋敷から出る。

 その足はオヴェリアへと向けられていた。


 後ろからはロイやコーネリアだろう足音が、リタのことを追いかけてくるのだった。






 ヴェルモンド神殿に神像が運ばれたのを見届けた後、リタは神像の前に立つ。

 横にはロイとコーネリアが並び、目の前には老婆の神官が。


 今から彼女に祈りの捧げ方を教わるのだ。



「勇者様、この祈りがいつから捧げられてきたか……ご存知ですか?」


「……歴史に詳しくないからわからないわね」



 リタの素っ気ない返答に、神官は目尻にしわを寄せ笑う。その笑みはまるで、孫を見つめるようなものだった。

 生温かい視線から逃れるように、目線を逸らす。


 逃れた視線の先には、水瓶みずがめを持つ女神ヴェネラの神像が。


 もしこの石像に色彩があれば、今よりもさらに美しいものへと変貌していたのだろうか?

 ふとそんな疑問が頭をよぎる。



「ヴェネラ様の御神体は、このお方が女神として迎えられた時に作られたそうですよ」


「へぇ~。ヴェネラさまにも、女神さまじゃない時があったんですね!」


「ええ。人として暮らしている時代、最高神パルメキア様に迎えられたのだとか」



 何を勘違いしたのか、頬を染めるコーネリア。どうせ嫁として迎えられた、とか考えているのだろう。

 妄想の世界へと旅立ったコーネリアを無視し、神官に祈り方を尋ねる。

 彼女は微笑んだ後、手を組んで神像に向き直った。その目は伏せられている。



「水の女神ヴェネラよ、我が祈りに答えたまえ。切なる願いを聞きたまえ。

 我が祈りをって、汝に求む。汝の加護を、汝の聖なる力を――我に授けたまえ!

 ……これが祝詞のりとで、祈る時に唱える言葉です」



 祈る度にこれを唱えなければいけないのか、と気が遠くなる。

 世界には水の大陸以外にも、四つの大陸が存在するのだ。



 見るからに落ち込むリタの肩を、誰かが叩く。

 少し目線を上げれば――どこか照れたように笑う、神官の姿があった。



「……実は、言わなくてもいいんですよ。今の言葉」


「えっ。じゃあなんで今言ったのよ……?」


「初めて勇者様の祈りに立ち会いましたので……。つい年甲斐もなく、はしゃいでしまいましたわ」



 ホホホ、と上品に笑う淑女に怒る気力さえ奪われてしまう。


 祈りを捧げる時は、想いがもっていればそれだけで十分らしい。

 気を落ち着かせ、自然体で祈ることがポイントだとか。



「……じゃあ、祈ってみるわ」



 ロイとコーネリアの声援を背に、神像の前に立ち、手を組む。

 そしてゆっくりと、深呼吸して目を閉じた。



(――そういえば、いつまでこうしていればいいのよ)



 時間を間違えれば両隣のアホどもに怒られ、遅過ぎても寝たと勘違いされそうだ……。

 素直に目を開けるべきか、否か。


 しばらく熟考した後、リタはようやく決心した。



(私は……私は――!)


「勇者様、もうそろそろ大丈夫ですよ」


「寝てや――、……あ」


「今何とおっしゃられたのでしょう? 最近歳なのか、聞こえが悪くって。ほんと、歳は取りたくありませんねぇ。

 すみませんが、もう一度おっしゃっていただいてもいいでしょうか?」



 笑っているのに目が笑っていない彼女に、なんでもないと無心で首を振る。

 女は怒ると怖いということが身にしみてよくわかった。



 ニッコリと元の笑顔に戻った神官に礼を言われ、船着き場まで見送ってもらうことに。

 もう夕方ということもあって、オヴェリアへと帰る客が多かったのでとても助かる提案だ。

 リタは彼女から距離を取っていたが。


 自身と背が同じくらいであるロイの後ろに隠れる。気配を消すことも忘れずに。

 ロイから拒否されようが、隠れなければならないのだ。

 あの笑みを見た後……彼女と話したいと思うやつなどいるだろうか?



(いや、いるはずがない……!)



 リタの視界の端では、コーネリアが楽しそうに神官と談話していた。



「さあ、船着き場に着きましたよ勇者様」


「えっ。あ、うん。お勤めご苦労様デス……」


「どうして片言……?」


「余計なこと言うなバカロイ!」



 ひどい! と泣くロイを放置して魔導船に乗り込む。まるで脱兎の如き速さだった。


 ロイとコーネリアも神官に別れを告げながら乗船し、リタの後を追ってくる。

 お礼も言わずに去ったことをコーネリアに叱られ、隣のロイには苦笑いで見られた。



 コーネリアから逃げるリタは気づかない。




 一粒の小さな闇が、光を覆い尽くそうとうごめいていることに――




ブックマークしてくださった方、ありがとうございます!

小説は恐らく、週末~週明けの投稿になると思います。

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