Day.4 (注)これは喫茶店員の話
魔物の慟哭が薄暗い石の広場に響き渡る。
しかしそれさえも掻き消す轟音が高い天井を叩き、冷気が周辺一帯を駆け抜けていく。
理不尽では生ぬるい暴虐の吹雪が、文字通り抗うものどもを斬り裂き、凍らせ、粉砕する。
「やめられない止まらない、一騎当千♪」
「リズミカルに鬼畜だねお兄さん、流石に真似したくないわ。」
「カルビーもそんな替え歌にされるだなんて思ってもいないだろうなぁ、スナック菓子とはかけ離れた光景だし。」
「カズくん、空間そのものを壊すのだけはやめてね~。」
「あっはっは、気をつける~。」
「あぁダメだ、殺戮ブースター全開だもの、正直こっから逃げ出したい。」
失礼だな弟くん、お兄さんはただ前に進んでるだけじゃないか。
無限かと思ってしまうほど溢れてくる狼や熊や獅子などを模した黒い魔物。
あぁホントに、白漣を鞘に納める暇もない、困ったもんだ。
「ホントにそう思うならもう少し困ったって顔しなよお兄さん。」
「お前は人の心を覗くの止めなさい、もしかしてどこぞの枯れない桜が咲く島の奴と同じ?」
「いやいやお兄さん、めっちゃ口に出てたから。無双乱舞かましながら笑顔で。」
「あれ、そいつは失礼した。」
「…あぁうん、お兄さんがキモいくらいテンション高いのは解ったから、とりあえず倒すとき一瞥くらいしてあげなよ。」
「てへペロ?」
「おいコラバカゾノぉ!サボってねぇでさっさと出てこいコラァ!一人じゃツッコミきれねぇんだよボケェ!」
「何かキヨシくんだけ大変そうだねヒロトくん。」
「うん、まぁ兄を持つ次男ってあんなもんだから。それよりカオリさん、煙草くんない?」
「レッツぱぁぁぁぁりぃぃぃ!」
「あぁもう!やってやんよクソッタレー!」
やけくそになったキヨシが槍を回しながら走っていき、不幸にも新たな標的と勘違いした魔物たちが四方から襲い掛かる。
「八つ当たりさせろや!次男の苦労を思い知れ(ゲイボルグ)!」
軍艦の主砲を撃ちだしたような音を置き去りにして、対軍の魔槍が大気の壁を貫きながら、敵の群れへと飛来する。
激しい爆風が巻き起こり、魔物たちをその悲鳴ごと呑み込んで掻き消した。
魔物の欠片すら遺さずに消し飛ばした赤槍を拾う弟くんに、俺は拍手をしながら近づく。
「やるなぁ弟くん、俺も負けてらんねぇな。」
「いや、お兄さんがこれ以上頑張ったら流石にダンジョン自体がなくなっから。」
「妹の力を信じろ、きっと大丈夫さ!」
「あらゆる必然や摂理を力技でへし曲げといて何を言いやがるかこの兄は、お兄さんの理不尽の前に大丈夫だなんて言葉は接続されないの。」
「そうだよカズくん、魔物から不当な暴力を受けたって裁判起こされたら満場一致で有罪だよ?」
「いやいやカオリさん、兄さんはその結果すら破壊するから。知るかボケって一言で文字通り一蹴するから。」
「あのなぁお前ら、いくらなんでもそこまでやらないから。」
「ならお兄さん、仮に訴えられたらどうすんの?」
「きっと法廷に立ってるのは俺だけ。」
「ほらみろ、審議が始まる前に皆殺しですよ。裁判員に選ばれただけで三途の川を渡る羽目になるんだ、悪魔だってそこまでやんねぇよ。」
「うんうん、ウチもそう思う。兄さんはいつもやりすぎ。」
『出てくるタイミングを間違えたなクソがぁ!』
「ぐぼぉっ!?」
俺とキヨシの回し蹴りが、何食わぬ顔で現れたバカのみぞおちにブチ込まれる。
反対側の壁まで飛んでめり込んだバカに、すかさずカオリの六連装グレネードランチャーが撃ち込まれた。
ダンジョンが崩れそうなほど揺れて、凄まじい爆煙がもうもうと立ち込める。
本来なら全身複雑骨折の肉片が散らばるはずだが、奴は普通に歩いて来ながらニヤリと笑ってみせた。
「フッ、待たせたな。」
どこぞの蛇を真似て気取りやがったホカゾノに、俺たちは武器を構えて走りだす。
「待ちくたびれたぜゴリラぁ!ラスボス自らお目見えとは恐れ入るぜマヌケ野郎、拷問コースにご案内だコラァ!」
「ありえないくらい素敵笑顔の魔王がこっち来た!?」
「ゴミ溜めから生まれた蛆虫が、もう神様へのお祈りは済んでんだろうな?一瞬だけ時間をやるから生まれてきちまった謝罪くらいしておけよ!」
「ヘイヘイ、そんならキヨっちゃんも謝らなきゃだろう?」
「ねぇホカゾノ、ホローポイントとアーマーピアシングどっちが好み?」
「それどっちもエグイ弾丸ッスよねぇ!?」
「ホカ、煙草。」
『ヒロトはさっきからそればっかだな!』
思わずツッコミを入れつつも、手にした刀は真っ直ぐにバカの喉笛をかっ捌き、続けて四肢をバラしにかかる。
鮮血の花が散り石の床を濡らすと、立て続けにキヨシとカオリも攻めかかった。
あぁ…ったく、どうやら無意識に手を抜いてしまったらしい。
今頃床には真っ赤な湖と、バカの頭部が転がっているはずなのに。
「ちょっ、ウチが何かした!?ここは感動の再会にむせび泣くところでしょ!?」
「仕方ないんだよホカゾノ、俺だってお前を殺りたくはないんだ。」
「いやぁ兄さん嘘言うならせめて口元の笑みを隠して。」
「グフッ、いやだってラスボス倒さないとこのダンジョンから出られないらしいからさ。そりゃ殺るっきゃないなって。」
「絶対別にラスボス用意されてるから!ウチ、ラスボスとちゃうから!」
「やり込み系のRPGって必ず裏ボスがいるじゃないか、ラスボスがスライムに感じるくらいの強い奴。きっとお前は裏ボスなのさ、スゲーな!」
「誉めてるつもり!?そんな裏ボスを嬲り殺そうとしてる兄さんなんてチートじゃん!ウチを倒しても最強武器とかドロップしないからね!?」
「世界平和のためなんだ!」
「さっきと理由が変わってる!?」
「なぁもういいかこのやり取り、かったるくなってきた。」
「ウチの余命がかったるいってだけで激減した!?」
「あ、そうだ良いこと思いついた。」
俺は白漣に冷気を纏わせながら、この空間をモニターしているはずの妹に語り掛ける。
「おいリカ、戦いづらいからもうちっとこの空間を拡張してくれ。」
(決戦だね、わかった~。)
「おかしいな、仲間との再会を決戦って翻訳するのはおかしいな。」
バカの台詞を無視するように、空間がゆっくりと広がった。
武骨な石畳の薄暗い空間が、ステンドグラスを携えた広大な謁見の間へと変わる。
床には赤い絨毯が敷かれ、天井には豪華なシャンデリアが吊された。
そして一番奥の雛壇には、やたら背もたれが高い王座が据えられている。
「ほぉ、いい計らいじゃないか妹よ。」
(ふふふ~、もっと誉めて。)
「凄いなこれ、豪華すぎてバカの存在が浮いてる。一層みすぼらしさが増した。」
「うっさいぞキヨシ、お前らも明らかに浮いてるから!謁見に来た街人Aになってるから!」
「凄いねリカちゃん、壊すのが勿体ないよ。」
「何かカオリさんからスゲー台詞が聞こえた…。」
「確かに壊れるのは忍びないな、歴史を感じる荘厳さだ、今できたばかりだけど。」
「………プッ。」
「そこのウゼェクソゴリラぁ、つーわけだから自害しろや。な、難しくないからさ。」
「いや、急に子供を諭すような口調で言われてもやらないから、兄さんアホなの?」
「よし決めた、こいつ消すわ。」
「殺すのでは飽き足らず消すだと!?」
「リカ、俺がこいつを二度と解けない氷で動けなくするからさ、俺たちが脱出した後で空間ごと消滅させてくれ。」
「リカちゃんダメだぜ悪魔の言葉に耳を貸しちゃ、あれは真性の悪そのものだから。」
「そうだな真性のクズ。」
「シャラップ!」
(わかったよ………カズ兄ちゃん!)
「よっしゃ始めるとすっか!」
「クソッ、やはり悪魔の妹は同等の悪魔かよ。」
「諦めなホカ、もう殺るしかないよ。」
「凄いなヒロト、なんて軽々しく命を捨てろって言えるんだ。」
「仕方ないさホカゾノ。苦痛、悲壮、嫉妬、憤怒、破滅、憎悪、殺戮、そして死。あらゆる負のエネルギーを司るモノに出会った時点で……うん、お疲れ。」
「途中で面倒になるなら言うな。」
「お前ら俺を何だと…。」
(カズ兄ちゃん、いっそラスボスもここに喚ぼうか?何かもうダンジョンクリアするつもりなさそうだし。)
「いいなそれ、まとめて片付くなら手間も省ける。」
(了解。あ~、因みにホカゾノさん。)
「何だよリカちゃん、ウチは今理不尽に殺されそうなんだぜ?」
(ラスボスはホカゾノさんにも攻撃するからね?)
「この上まだ敵が増えるだと!?」
そんなホカゾノの叫び虚しく、奴の背後に据えられた王座に巨大な人型の魔物が現れた。
太く強靱な筋肉が紺色の肌を盛り上がらせ、巨大な翼と尾が後ろで動いている。
真っ赤な目が光る顔には角があり、そいつは偉そうに足を組みながら俺たちを見定める視線を送ってきた。
「良くきたな人間ども。」
『いや、間違いなく来たのはテメェだろ。』
「そこのヒロイ兄弟、話くらい聞いてあげて。」
「その力、我に届くと思っているのか?」
「おいホカゾノ、話を聞かねえのはあの青ゴリラも同じだぜ?」
「つーかさぁ、あのゴリラ何様なの?偉そうにふんぞり返って見下ろしやがって、軽くホカゾノよりウザいんだけど。」
「しかしここまで来た力は侮れぬな。では貴様らの力を試してやろう、来るがよい。」
『テメェが来いよクソッタレ!』
「足掻いてみせよ!フハハハハハ!」
『テメェこそ、せめて一撃くらい楽しませろよコラ!』
俺とキヨシが向かってくる青ゴリラを迎え撃つために、軽く構えた得物を回して笑う。
「弾け散れ!瞬閃・氷華!」
「刺し穿て!螺旋槍・翠嵐!」
俺が振った刀の軌跡に咲く氷の花弁を纏い、翡翠の輝きを放つ魔力の風が、嵐を巻き起こしながら赤い絨毯ごとラスボスを呑み込んだ。
そこには悲鳴も断末魔もなく、崩れた瓦礫の中に咲く氷華の墓標だけが静かに弾けた。
「ふん、せめて無詠唱でメテオを連続で召喚できるようになってから大口叩くんだったな。」
「雑魚が、ラスボスごときが喧嘩売る相手間違えてんじゃねぇよ。」
「なんていうか、二人の前だと呆気なく終わっちゃうね。」
「仕方ないですよ、あれはあらゆる事象のバランスを破壊するイレギュラーですから。」
(あぁ、やっぱりこうなっちゃったかぁ。ま、仕方ないね。)
「ふふ、そうだねリカちゃん。あまりに一瞬だったからさ、ウチが逃げ出す暇すら稼いでくれなかったよ。せめてもう少しあれば壊される覚悟もできたのに。」
(あはは~、ごめんね~。)
「反応が軽すぎる!人の命が懸かってるんだぞ!」
「ごちゃごちゃうるせぇな、いい加減諦めろよ。大人しく斬られるか、抵抗して粉微塵にされるか、テメェの人生だ、好きな方を選びな。」
「ウチが何したの!?」
「………まぁ、良くあることだよ、長い人生の中ではな。」
「ないよねぇ!そう何回も化物に命狙われるなんて起こらないよねぇ!結局ウチはただ迷い混んだだけだよねぇ!」
「うるせぇなぁ!俺だって殺りたくないさ!」
「だったらその笑顔と歓喜に震える右手をちったぁ隠せよ!」
「チッ、もうお前粉微塵決定な。」
「クソッ、せめて理不尽に壊されることへの遺書を!」
「三文字だけ待ってやる!」
「短いよ!?どっかのロリコン大佐だってもう少し待つよ!」
「いやアイツだって上官との電話が嫌すぎてすぐに電話線パッチンしてたろ?」
「短気なわけじゃないから!あれはそういう作戦だから!どんだけ曲解すんの!?」
「殺戮用意!」
『Yes,sir!』
「やっぱ問答無用かよ!あはははははは!待ってろよクソの神様、今からテメェをブッ飛ばしに行くからな!」
街が根こそぎ吹き飛ぶほどの破壊の渦が、きらびやかな謁見の間を呑み込んでいく。
聞こえるのは爆発と剣戟の調と、嘲笑いと悲鳴のコーラス。
やがて全ての音が止んだ頃、あまりにも一方的な暴力を見続けた空間は緩やかに消滅した。
魔力によって編まれた最後の一糸が、煙のように散っていく。
気づけば俺たち四人と一つは、静かなフラトレスのフロアで立っていた。
俺は足元でぐちゃぐちゃと気色悪い音を立てながら元の姿に再生しようとするゴミを力一杯踏みつけると、煙草に火を点けながら呟く。
「とりあえず一件落着だな。」
「そうだね、久し振りにカズくんも楽しんでたね。」
「まぁ暫くはのんびりしようぜお兄さん。」
「俺は煙草買ってくるわ。兄さんもいる?」
「あぁ、ならマルボロ、ソフトでな。」
「了解。」
「おいコラいつまで寝てやがんだクソ野郎、とっとと起きて明日の仕込みでもしやがれ!」
「えぇー、復活直後は消耗してるんだから休ませてよ。流石のウチもキツいわ。」
「うるせえ化物、一服したら働けよ。テメェのせいで随分無駄な時間を食ったんだからな。」
「酷い言いがかりだ、訴えたら絶対勝てるね。」
「スゲーなお前、裁判所まで無事に辿り着けると思っている辺りが。」
「兄さんを生み出した奴がいるなら是非とも会ってみたいね、何をどうしたらこんな理不尽が刀携えて歩き回る化物を生み出せるか問い詰めてやる。」
「あぁそうしろ、今から母上に電話してバカが無謀にも物申したいって叫んでるって伝えてやるから。」
「はっはっは、さーて仕込みでもするかな。」
「あたしも夕飯の買い物行ってくるね。」
「荷物持ちなら手伝いますぜカオリさん。」
めいめいが日常に戻っていき、俺は火を消すと掃除のために立ち上がる。
明日からまたいつもの楽しみを満喫するとしよう。




