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「うおおお!」


 雄叫びを上げ、ショーマはドラゴンの正面に躍り出る。ギラリと鈍く光る突き立った剣のような牙の群れは恐ろしいが、どんな巨大な生き物だろうと、体の構造はそう変わらない。強靭な鱗に守られていようと、頭さえ捉えることが出来れば意識を揺らすことくらいはできるだろう。

 ドラゴンがのそりと巨大な口を持ち上げた。

 だが、その速度は遅い。

 こちらを舐めているのか、力を量っているのか。なんにせよ、好都合だ。

 出鼻をくじくように、ショーマは飛び出した勢いそのままに、ハンマーを大きく振るった。遠心力と速度を乗せたまさに鉄槌の一撃はゴォと風を切り、ドラゴンの無防備な顎に吸い込まれる。

 ガツン、と腕に衝撃が走った。


「マジかよ……!」


 ハンマーを振り切ることができなかった。いや正確には、渾身を込めた一撃は、綺麗に顎に止められてしまっていた。

 顎を揺らすための一撃は、けれどもその顎をビクリとも動かすことができなかった。

 

 ――まずい。

 咄嗟に、ハンマーを引く時間すら惜しむように、ショーマは転がるように後ろに飛んでいた。 

 それを追うように、ドラゴンが一度頭を振るう。

 ハンマーをまとわりつく蝿程度だと思っているかのような、何気ない動作。

 だが、それだけでハンマーはショーマの腕から弾き飛ばされた。ハンマーごと持っていかれた腕と肩が、ゴキリと嫌な音を立て、吹き飛ばされたハンマーはショーマから十メートルは離れた家の外壁に突き刺さった。

 ショーマはその弾き飛ばされた勢いを殺さず利用し、さらに大きくドラゴンから距離をとる。


「思った以上にやっかいだな……」


 生物である以上、頭部が弱点である。などという考え方は、今この時に限っては完全に間違っていたらしい。

 強靭な鱗と、それを支える筋肉。もしかしたら、何かショーマの知らない特殊な力でも働いているかもしれない。

 ドラゴンからできるだけ目を離さないように、壁に突き刺さったハンマーを引き抜く。ひび割れた外壁が、ガラガラと音を立てて崩れた。

 ズキリと右腕に痛みが走る。何度か手を握ってみると、そのたびに鈍い痛みが腕を襲った。

 だが、動く。動くならば、無理に動かすだけだ。

 さて、どうするべきか。

 考える時間はあまりないだろうが、それでも出来る限りの速度で頭を回す。

 狙うべきはどこか。頭、手足、心臓、腹、翼、尾。……どれも微妙だ。明確にダメージを与えられるビジョンが浮かばない。

 ならばスキルを絡めた力を押しならどうだ。

 ショーマには、まだ温存している切り札がある。だが、それを使う気にはあまりならない。最後の切り札だ。出し惜しみしている、というよりは、それを使うことによってショーマの精神にどんな影響があるかわからない。怖くて使えない、といったほうが正しいか。

 とにかく、切り札以外にもスキルはある。中には、単体に強大なダメージを与えるものもある。だが、戦ったことのない相手に向けて使ったことのない技を使うのはやはり躊躇われた。なにせ、使ったことでどんな隙ができるか分からない。もしそこにできた隙が決定的なら、ゲームオーバー。町は全て灰燼に帰してしまうだろう。気軽に使うわけにも行かない。

 やはり、なぜもっと早い段階でスキルを試さなかったのかという後悔が浮かぶ。

 しかし、後悔している時間などない。

 ドラゴンが全身に力を漲らせた。前肢が持ち上がる。


 ――早い!


 先程までの緩慢な動きではない。

 風を切る音を響かせ、ドラゴンの前足が空を覆い隠した。

 断頭台の刃のごとく、命を断ち切る凶悪な爪が迫る。逃げる時間などない。

 ショーマは咄嗟にハンマーを横に構えそれを受け止めようとする。

 グルンと視界が回り、一瞬目の前が真っ白に染まった。音という音が、世界から消し飛ばされたようだった。それが、あまりの衝撃に自分の感覚が狂っただけだと気づいたのは、石畳の上に押しつぶされ、口から真っ赤な血を吐き出した時だった。


「があああっ!」


 肺の空気は全て吐き出され、カエルをすり潰したような異音が口から漏れる。

 痛みはあまり感じなかった。それは、自分が感じられるレベルの痛みを超えてしまったからか、それとも痛みを感じる器官がおかしくなってしまったからなのか。

 それでも目に涙は浮かび、視界が真っ赤に染まっていく。どうやら、涙に血が混じってしまったらしい。

 ドラゴンが吠える。それは、獲物を仕留めた喜びか。

 実にあっけない幕切れ。


 ――このまま死ぬのかな。


 ショーマは頭の隅で、圧倒的な感覚に押しつぶされる思考の端の端で、冷静にそんなことを思っていた。

 この体になってからの数週間が、頭をよぎる。

 走馬灯。

 死の間際、ベタにそんなものを見てしまった自分に苦笑する。

 だが、それでもいい。

 こんな体になってしまって、様々に苦悩して、絶望して、頑張って。短い時間ではあったけど、それでも様々なことを体験した。

 頭をよぎっていく映像を傍観しながら、ショーマは、鈴科翔馬は思う。


 ――そんなに、悪くはなかったかな。


 楽しかった、とは言えないかもしれない。この体になってよかった、なんてとても言えない。

 でも、それでも。

 そんな日々も悪くなかったと、思える自分がいた。

 それだけで、ショーマの体に力が戻る。

 自分を認めてくれた人の姿を脳裏に浮かべるだけで、口元には笑みが浮かぶ。

 グッ、と腕が持ち上がる。

 押しつぶされ、骨は砕ける寸前の軋みを上げて。だが、それでも決して砕けることはない。

 ゆっくりと、両手に握りしめたハンマーごと、ドラゴンの前足を持ち上げる。


「う、おお」


 ビキリと、腕の内側から嫌な音が響いた。ごぼりと口から血の塊が流れ落ちる。

 だがそれでも……諦めない。いや、諦めたくない。

 この世界に来たばかりの頃なら、このまま諦めていたかもしれない。死んでもいいか、なんて考えていたかもしれない。

 でも、ショーマは知ってしまった。

 どんな世界でも、どんな環境でも。そこには楽しいと思えることがある。だから、


「おおおおおおおおっ!!」


 スキル、発動。


狂戦士の咆哮(バーサーク)!」


 こんなところで、死ぬわけには行かない。

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