起動<ウブゴエ>
僕、菅田正毅に母親はいない。 母親の顔なんて見たこともない。 父親だけだ。 ……その父すら、もう僕の前にはいない。
「正毅 一人で本当に大丈夫か?」
「はい、もう決めたことですから」
駅のホーム 僕のことを七年面倒をみてくれた叔父は改札の向こうから話しかけてきた。
大人とは大変なものなんだな。 本当は僕が一人暮らしすることをうれしく思っているにもかかわらず、こんな風に声をかけて建前を立てないといけないんだから。 僕が改札を通ってから声をかけるあたり、思いつきでやったに違いない。
僕はわざとらしく腕時計に目を配った。
「もう時間ですから」
噓だ。 まだ20分はある。
だけど叔父はあたかも本当に哀しんでいるかのように目を細めた。
「そうか… 元気でな」
叔父は僕の言葉が噓であることを知っていながらのこの言い様 叔父も相当僕と一緒にいたくないにだろう。
「では」
僕はそう言ってから背を向けて叔父から離れる。
―――やっと、か。
朝の通勤する人々の足音に呑まれそうだったが、叔父のその言葉は確かに僕の耳に届いた。 それについては同感ではあるが、言われっぱなしは好きではない。 その場で歩みを止め、素早く振り返る。 同時に、叔父はビクッと肩をあげた。
僕は皮肉をたっぷりと乗せた言葉をいってやる。
「吉田大貴さん 経済面を支援していただき、ありがとうございました」
〆
第三月面都市 ライティア
僕はこの都市の建設現場の社員として就職することになった。 今日中にシャトルに乗って行けば、明後日には到着できるはず。
人類の人口増加に歯止めが掛かる事はなく、地球は人類で溢れた。 結果 各国がこぞって宇宙開発に乗り出した。 米国が中心に宇宙ステーションの増設したが、間に合わない。 そして決まったのが月面移住計画
しかしこれには問題が山積みだった。 その中でももっとも頭を悩ませたのは隕石 地球と違って月では大気が無い。 故に隕石が燃え尽きることも無い。
つまり何が言いたいかと言うと、危険なのだ。
危険だから労働者が集まりにくい。 だから僕のような中卒の子供でも就職できたとも言えるのだけどね。
第一、第二都市ではもう隕石迎撃体勢が確立したから良いものを、ライティアはまだ建設途中
隕石が落ちてきたら一環の終わり。
そんな場所でも、叔父家族と一緒にいるよりはいいというのが僕の判断だ。
………そのはずだったんだ。
〆
「……どうなってるんだ?」
気づけばどこかのワンルームのベットに寝ていた。
僕の記憶が正しければ、リニアモーターカーの指定座席で一眠りをしただけで、こんなところに来たはずは無い。 まして、こんなところに連れてこられる原因もないはずだ。
ベットの上で思考を巡らしていたところで突然ドアが開き、僕の思考を中断させる。
入ってきたには中年の男 ボサボサの頭に無精髭、しかし鋭い目つきがだらしなさを一切感じさせない。 そして極めつけはその手に握られた銃
「………!!」
血の気がサッと引いていくのがわかった。 それとは反比例に状況が余計にわからなくなる。
「もう起きたか」
男は感情の起伏が乏しい声音でそう言った。
「な―― あ――……」
言葉が出ない。 振り絞ろうと力んでも、喉か発せられたのは掠れた声と荒い吐息 男から離れようと必死に手足を動かすが、ベッドの端である壁に背がぶつかっただけだった。
男は僕の様子を見てから銃を胸にあるホルスターに入れて両の手を上げる。
「落ち着け、俺は味方だ」
「は………?」
銃がしまわれたことで少しだけ余裕が生まれた。 今のうちにゆっくりと呼吸して冷静になるように努めた。 そしてゴクリと喉を鳴らしてから意を決して言葉を発する。
「貴方は、誰ですか? どうして僕を…ここに? 味方ってどういう意味ですか?」
「塚本大河だ。 お前の父、菅田義樹と同僚だった。
ここに連れてきたのはお前の安全確保のため 味方というのは言葉通りに受け取れ」
「意味が、わかりません………」
「言葉で理解してもらえるとは思っていない。
今はただついてくればいい」
塚本と名乗った男はそう言って部屋を出る。 逃げようか? ふと、そんなことが思い浮かんだが、やめえておこう。 この場で下手なことはしない方がいいと僕の本能が警鐘を鳴らしたからだ。
凄く不本意であったけど、僕は塚本の後についていった。
ここは多分かなり古い建物の中なのだろう。 僕が歩いている通路には太陽の光など無く、今では製造数の限られた蛍光灯の光によって足元が照らされていた。 音も歩くたびにカツーン、カツーンと反響して聞こえてきて、それがとにかく不気味でしょうがない。
「怖いか?」
塚本は歩みを止めることなくそう言った。 その通りだが、認めるのはかなり癪だ。
「…なにが?」
「借りてきた猫みたいに静かだったが、そうやって他人に弱みを見せたがらないのは母親似だな」
「母親?
翔子さんのことですか?」
塚本は歩みを止めて、僕の顔をうかがう。
そして尋ねてきた。
「自分の母親のことをなぜ他人のように呼ぶ?」
「僕にとっては他人です。 名前だけで顔も見たことない人を親とは思えません」
本当に、僕は菅田翔子のことを知らない。 父さんが名前を教えてくれただけで、写真すら見たこと無い。
「じゃあ、翔子が今どうしているかも知らないのか?」
「えっ…? まだ…、生きてるんですか?」
意外だ。 てっきり僕が生まれてすぐに死んだものだとばかり思っていた。
「義樹の奴………」
僕のリアクションを見て塚本は額に手を当ててうな垂れた。 塚本は初めて僕の前で感情ある表情を見せたが、すぐにまた無表情に戻る。
「母親のことは後で俺から教えよう。 今はお前自身のことが先だ」
塚本はまた歩き出した。 こころなしか、さっきよりも歩調が速い。 なんとなくだが… なにかを焦っているようにも思える。 遅れることのないように、僕も歩調を速めてついて行った。
そして歩いて階段を降りて行き、広い空間に出た。 暗くてよく見えないが、魚臭いところから察するに、ここは元々鮮魚の保管とかをやっていたのかもしれない。 しかしすぐにその考えはオイルと火薬の臭いで掻き消された。
塚本は壁づたいに歩き、照明のスイッチを探す。 そしてスイッチをみつけたのか、突然とまる。
ガチャン
その音が響くと同時に照明がついた。
「うっ」
あまりに突然のために目が眩む。 光彩が網膜に適した光量に調節するまでに多少時間を有したが、すぐに見えるようになった。 そして最初に目に入ったのは 銃
塚本が胸のホルスターにさしてる物とは違う。 アサルトライフルやスナイパーライフルと呼ばれるものが中心で、奥にはバズーカなどもある。
「…………………………」
絶句 ただただ絶句
いちおうここはまだ日本のはずだ。 腐っても法治国家 その国でこんな大量の銃など見るはずがないのに、この状況 やはりというか、なんというか…
僕は塚本からジリジリと距離を取った。
「言っておくが、テロリストではないからな」
僕が考えていたことを塚本はため息混じりに否定 僕は食いついてやる。
「これだけの武器を保管していて、テロリストじゃないなんてよく言えますね」
「言いたいことは分かるが事実だ。
それにこの武器は全て国で管理しているものばかりだ」
「公務員だとでも?」
「近いな。 とにかく来い。 それですべて理解できるはずだ」
アホらしい この一言が口から出なかったのは塚本の言葉に含まれる妙な自信があったからだ。
塚本に促されながらも奥に進むと、明らかに他の兵器を圧倒するものを見つけた。
見た目は西洋 それも中世の頃の甲冑を模した蒼く、5、6メートルはある目の前の鎧を見て僕は呟く。
「蒼い、IMTAS……」
Impulse 神経系電流
Motion 動作
Transfmation 変換
Armored 装甲型
System 装置
略してIMTAS
12年前に世界の軍事産業の常識を根底から覆した最新型の兵器だ。
「ナイトブレード type α 【空牙】
お前は12年前にもこれを見ているはずだ」
「そんなこと………」
否定できなかった。 目の前にあるIMTASを僕は初めて見たはずなのに、記憶には無いのに、懐かしい。 そう感じてしまったのだ。
塚本は空牙の足に手を当てて僕にこう言った。
「正毅、お前にはコイツを使って義樹を救出して貰いたい」
〆
「救、出……?」
塚本の言ったことが理解できずに正毅はゆっくりと塚本の言葉を反芻していく。
「な…え?
父さんは七年前に行方不明になって…それで、死んだって…」
「実際は違う。
七年前に追われる身となった俺や義樹は家族や知人に被害がいかないように隠れた。
そのために周りにはそういう情報を流すしかなかったんだ」
現実離れしたことではあるが、正毅の中に納得している自分がいた。
菅田義樹 IMTASのプロトタイプを完成させた科学者
そんな今まで忘れていたことを空牙を見たことで正毅は思い出してしまった。 そうだった。と正毅は塚本とも会ったことがある事実を思い出す。
「塚本さん… 思い出しました」
「そうか、前は「おじちゃん」って呼んでたんだがな」
「茶化さないでくださいよ」
今までの無表情から一転 塚本は柔和な笑みを浮かべた。 しかしまたもとの無表情になり、気負いがちに目を伏せる。
「すまんな 本当なら巻き込むべきではないのだが、空牙のことが漏洩してな」
正毅は空牙を眺めた。
「僕しかこれを動かせないからですよね?」
「あぁ、幸い顔はばれてないからお前と同じ車両に仲間を何人も乗せて撹乱しておいたおいた。 だから向こうは誰が本物なのか血眼で捜しているだろうな。
とにかく、ばれたからには時間の問題だ。 だったらいっそのこと協力して貰うことにしたのさ」
「思い出しはしましたが、まだわからないことだらけなんですけど
塚本さんと父さんは何をしたんですか? この施設も、空牙も、いったい何が起き―――――」ビィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィ!!!!!!!
正毅が喋ってる途中でけたたましいサイレンが響く。
サイレンを聞き、塚本は顔をしかめた。 素早く空牙のハッチを開いて搭乗できるようにする。
そして正毅の肩に手を置いて言い聞かせる。
「正毅、事情は必ず話す。
だから今はコイツに乗って指定ポイントに向かってくれ」
正毅は戸惑いの色を浮かべ、ハッチの開いた空牙と真剣な面持ちで頼み込んでくる塚本を交互に見た。
しばし目をつぶって考えたが、顔をあげ、真っ直ぐに塚本を見る。
「わかりました」




