魔法検体12《修復》#1
遺跡の水源を清掃したあと、森の薬草畑に石を積む。そうして土地との関係を築いていく。依頼の薬草採取は、ついでだ。
不労所得の初期投資にはかなり時間がかかる。水源をきれいにして石積をしていけば、古代魔法「道標」で土地の霊魂が薬草を俺のもとに送ってくれる予定だ。俺は薬草を売るだけで、必要経費もかからない。
俺はチートが欲しいとか、歴史に名を残したいという気持ちはないが、経済的自立は達成したいと前世の頃から思っている。
魔法図書館で、俺はシルヴァに正直な胸の内を明かしていた。
「街中でリッチを見つけて倒した新人冒険者として話題になっているというのに、今やりたいことがそれですか」
「いけませんか。経済的自立を達成すれば、古代魔法を心置きなく研究できますし、シルヴァさんとも毎日会えますからね」
「ま、毎日ってまさか私のこと……! と言うとでも思いましたか。エルフは長寿なんです。くだらないこと言ってないで、とっとと探したい本を教えてください。なければ帰ってください」
シルヴァは俺の英雄譚を聞きたかったらしい。リッチを討伐して調子に乗るかと思ったのに、レベルが上って、冒険者として名も売れたというのに大人しくしている俺を見て「何をやっているのだろう」と思っていると直接言ってきた。
「どうせ人の心は移ろいやすいのだから、信用のある内に確かな商売の地盤を固めようとしているんです。ということで古代魔法『修復』についての書籍はありますか」
「もちろん、あります。ただ、ほとんど魔道具師たちが借りていっていますから、残っているのは基礎的な本しかありませんよ」
「構いません」
俺は木工や鍛冶の本棚から、『工房で使う魔法(基礎)』を手に取り、読み始めた。手先の火傷を治すまじないや切り傷を防ぐ魔法などがあったが、手の感覚が鈍くなるらしく、手袋に使うように注意書きがされていた。
修復魔法についても記載されていたが、事故が起こるらしい。つまりそもそも不良品を修復しても意味がなく、戦争で手足を失った兵士たちの義手や義足などで大変な騒ぎになったという。また、記憶を失った兵士たちの暴動などもあったとか。また、修復魔法と回復魔法の違いについて、物質に対して使うのが修復魔法で、生物や死者に対して行うことは禁止とされていた。
「つまり誰かが試したのか」
いや、もしかしたら動く死体や骸骨などは、修復魔法や回復魔法を中途半端に受けてしまった者たちなのではないか。魔物化すると討伐対象となるため、さらなる悲劇が起こるということか。
隣の椅子に中年男性が座り、大きなため息を吐いた。かなり思い悩んでいるのか、メモ帳を手にしているが、まるで椅子から動こうとしない。
「工房の魔法について探してますか」
俺は本の表紙を見せながら、中年男性に聞いてみた。
「いや、魔法図書館にきたはいいけど、何を調べればいいのかちょっとわからなくなっちまって」
「随分、難題にぶち当たってますね」
「ああ、古い銀細工の修復をしているんだけど、中でなにか動いているみたいなんだ。古代ドワーフの代物なら危ないし、獣人海賊の方位磁石だなんていう学者もいてさ。なにがなんだかわからなくなっちまって、手を出せないでいる」
「中身をこじ開けたりはしなかったんですか」
「開けた瞬間に壊れると困るだろ」
「修復魔法は使わなかったんですか」
「今の状態が正しい状態なのか、壊れている状態なのかもわからなくてよ。だいたい修復魔法を使える魔法使いもいないしな」
「試してはいないんですか」
「ああ、街灯を点けてる魔法使いに頼んでみた方がいいかな」
「俺は一応、古代魔法『修復』なら使えるんですけど、やってみましょうか」
「あ、古代魔法なら、いいかもしれない。上手くいったら報酬を出すから工房に来てくれないか」
「ああ、はい」
あれよあれよという間に俺は工房へと向かい、中年男性の頼みを聞いてしまっていた。
工房は街の北側にあり、職人街として金物店や雑貨屋などが並ぶ中にあった。
「こっちは武具屋と違って、生活雑貨が多いだろ。唯一アクセサリーなんかも置いている俺の工房に仕事が回ってきたんだよ」
店先にはネックレスや指輪だけでなく、食器や籠、香炉なんかも置かれている。
「手広くやってますね」
「いや、他の店で扱ってないようなものを作らないと街では売れないんだよ」
店の奥が工房になっていて、3畳ほどの空間で、作業をしているらしい。
「このブローチなんだけど、見てわかるか」
「全くわかりません」
確かに銀細工のブローチに見えるが、模様が書かれた蛍石のようなものが嵌め込まれている。
「とりあえず、魔法で『修復』してみましょうか」
「頼む。なにから手を付けていいやらわからないからな」
俺はブローチに向けて古代魔法「修復」を使ってみた。外側はほとんど変わらないが、中身から金属がこすれ合う音がした。そもそも魔法の仕組みとしてどうなっているのだろうか。しかも、どれくらい続ければいいのかもわからない。
ただ、ブローチが開いたので、俺は魔法を止めた。
「開いたな」
「これで直ってるんですかね」
中年男性こと細工職人がブローチを開いたり閉じたりしながら確かめている。
「特に素材以外は特別何かあるわけじゃないな。ああ、でも、台座みたいな物があるけど、これはなんだと思う」
細工職人が聞いてきたが、俺にはさっぱりわからないので首を横に振った。
「魔石かなにか嵌めてみるか」
細工職人は小さな魔石を台座に嵌めて、使おうとしていたが、なにかが起こるわけでもない。
「この蛍石が関係しているんですかね」
「たぶんな……。ああ、魔石灯かもしれない。光を当てられるか」
「ああ、できますよ」
忘れていたが「清掃」を使って呪いを解いて「照明」を台座の魔石に使ってみると、蛍石が輝き始めた。
「こりゃ、たまげたな」
細工職人は、部屋の明かりを消して、蛍石の光を壁に当てた。
模様だと思っていたものはどうやらどこか遠くの地図だったようだ。
「これは宝石じゃなくて樹脂か。地図だよな」
「そうみたいですね。この赤くバツ印が付いているところにお宝があるんでしょうね」
「まぁ、もうないだろ。これだけ古いブローチなんだから、盗掘にあってるに決まってる」
古さから逆算すると盗掘にあっている可能性は高い。
「しかも、どこか辿れないだろ」
そんなこともない。追跡できる「道標」を使えば辿れなくはないだろう。
「まいったな。儲かる予定だったんだけど……」
「取らぬ狸の皮算用と言うやつですね」
「いや、この地図を羊皮紙に複製して冒険者に売ろう」
細工職人の言葉に思わず笑ってしまった。
「それは、宝があってもなくても売れそうですね」
「夢を売ってるだけだ。文句を言ってきてもこれだけ出来が良けりゃ、俺も騙されたって言える」
確かに、ブローチの中に地図を隠すなんて手が込んでいる。しかも火だと樹脂が溶けるが、「照明」であれば熱もなく照らしだされるようになっている。だから小さな台座に魔石が置けるようになっていた。
「実際のところ、ここはどこだと思いますか」
「わかるわけない。昔と今じゃ違うんだからさ。でも、これ港だよな」
船が近づきやすい港であれば、今も残っている可能性は高い。地形まで変わることは珍しい。
「なんだ? 夢を追いかけてみるか」
実はこの時、すでに「道標」を使っていて方角はわかっていた。
「一週間くらい貸してもらえるなら」
「一週間か。羊皮紙を用意して画材を用意するのに、4、5日は掛かる。それまでに戻ってくるんなら、貸してやってもいいぞ。それで今回の報酬はチャラにしてくれればいい」
「じゃあ、ちょっと借ります」
旅というのは、こんな風に突然決まるものなのかも知れない。




