魔法検体11《照明》#1
日々、古代魔法を調べる俺でも、これは残らないだろうなという魔法がある。
古代魔法「照明」だ。今では魔道具でランプもあれば街灯もあるわけで、使うタイミングがない。遺跡や夜の森なんかではあるのかもしれないが、「灯火」もあるし、ランプもある。特に夜に働く者が少ないこの世界ではそれほど使う魔法でもなかった。
そもそも魔石灯で使われているのが、「照明」という魔法らしい。
夕方、ガス灯の火を灯すように、雇われている魔法使いたちが街灯に「照明」を使っているのを見て思わず声をかけてしまった。
「それって『照明』という魔法ですよね」
「ん? ああ、そうだよ」
中年魔法使いはローブの裾で酒を隠していた。仕事中でも呑んでいるらしい。
「でも、まぁ、ほとんど魔力を注いでいるようなものだね。街灯には『照明』の魔方陣が描かれていて、魔法を使わなくてもちゃんと魔力が補充される。なんだい? 副業としてやりたいのか」
「いえ、単純に『照明』について調べていて、ちょっとお酒奢るので取材させてもらっていいですか」
「いいのか。市民に言われたら断れないな」
冒険者ギルドの酒場で中年魔法使いに酒を奢っていろいろと話を聞かせてもらった。
「俺は中央の西側一画だけで、他の魔法使いたちは広範囲に仕事しているよ。街灯に明かりを灯すと言っても魔法使いってだけじゃ食っていけないばっかりさ」
要は学生たちの格安アルバイトのようなもので、副業と考えると、それなりにもらえるのだとか。
「そもそも魔力を安全に運用するだけでも、結構重宝されるんだ」
言われてみると、そうなのかも知れない。魔道具は多いけど、使っている人たちは限られているのか。魔石灯だけは広く普及しているが、大きな街だと夜でも十分に明るい。
「ちなみに『照明』という魔法は昔から変わらないですか」
「変わらないよ。魔力次第で長く保つってくらいかな。目潰しになるかというと、使い方次第だな。夜に狩りでもするつもりか。虫系の魔物は寄ってくるから気をつけろ」
魔法使いの先輩としてアドバイスをしてくれる。中年魔法使いから聞ける話はそれくらいだ。
「あ、そういや最近、街灯を消す悪い奴らがいるそうだから、見つけたら魔法使いを呼んでくれ。衛兵でもいいし、占いをやってる魔女でもいい」
「わかりました」
平和に見える街でも事件は起こっているらしい。
中年魔法使いと別れて、魔法図書館で魔石灯関連の本を読み込む。何度か調べているので、何かあったかの確認をしているようなものだった。古代魔法「照明」は虫も寄ってくるが、霊体も寄ってきたらしい。ここら辺は「灯火」と変わらない、と思っていたのだが、「灯火」が霊魂を導くのに対し、「照明」は見えるようにしてしまうのだとか。つまり幻覚魔法の看破、罠や不可視の存在を可視化するような効果があり、魔力の運用上、必要な周囲を明るく照らす機能だけが残っていったようだ。
こういうことが普通に本に書かれているのだから、別に証明する必要もないのだろう。
古代魔法「照明」を殺した犯人は、魔力の運用上、必要な機能だけを残そうとした時代の効率であり、失われたのは不可視の存在を可視化する機能だ。
使ったところで特になにかが変わるわけではないだろうと思っていたが、魔法図書館の入口には防火扉が隠されていたし、魔道具学の本棚の隅には、職人の霊が本を熱心に読んでいた。
見えていないものは多い。エルフ司書ことシルヴァと職人の霊については、害がないので一旦保留にしようという話をしてから、外に出た。
すでに夜更けで、繁華街の通りにいる酔っ払いも少なくなっていた。
唯一やっていた煮物を出す屋台で夜食を買い込み、宿に帰ろうと思ったら、通りの奥の街灯が消えていた。その時点で、冒険者ギルドの魔法使いを読んでもよかったのだが、せっかくなので古代魔法「照明」を通りの奥に放った。
明るく光る玉が、通りを照らし、黒い人型の影が見えた。影の本体がいないので、魔物であることはわかる。魔物は「照明」を避けるように、通りの影に隠れて逃げ出した。
当然、「道標」で追跡できるようにしておく。
一旦、俺は冒険者ギルドの中に入って、大きく息を吸った。
「すみません! 街灯の明かりを消していた犯人を見つけました。腕に覚えのある方はご協力を、現在、古代魔法で追跡可能ですが、効果が切れてしまうと追えなくなります」
大声で呼びかけると、ギルド職員たちが慌ただしく動き始めた。
「緊急依頼です! セイチさんは少々お待ちを。聞こえている冒険者は準備を!」
「教官たちを叩き起こして!」
すぐに魔物の討伐隊が結成され、魔物研究所で解体作業をしていたランパリまでやってきた。
「私は衛兵に連絡しておく」
ランパリは冒険者ギルドから出ていって、通りを巡回中の衛兵2人に部隊を呼ぶように指示を出していた。案外、軍では偉いのか。
「とりあえず、今いる人達で追跡をお願いします。深追いしないように、部隊を編成してから接敵しますから、戦わないように」
獣人職員のミラに言われて、入口に固まっていた冒険者たちは外に出た。夜更けまで冒険者ギルドの酒場にいて、深酒していない冒険者など、熟練のシーフ(斥候職)しかいない。言ってしまえば、追跡のプロだ。そのプロが3人いる。
「すみません。居場所は追跡できるんですけど、新人なので足音など危険だったら止めてください」
小走りで魔物を追いかける。プロたちは、酒が入っているのに全く足音がしない。
「大丈夫だ。元はと言えば、街中に魔物を入れた衛兵のミスなんだから」
「まさか街灯を消していたのが魔物だなんて、本来なら、もみ消し案件だ」
「ちょっと待て。あれは亡霊じゃないか」
さすがに目がいい。古代魔法「照明」で、建物の壁から亡霊が出てきたのが見えた。すぐに、酒の空き瓶に「収納」して「清掃」してしまう。
「今の、お前がやったのか」
「アンデッド系ならどうにか対処できますから、見えたら教えてください」
「追っている魔物はどんな魔物だった?」
「影ですね。黒い人型の魔物です。滑るように移動してました」
「ああ、そいつはシャドウィックかもな。亡霊の中でも上位のちゃんと現世に影響を与えていくタイプの魔物だ」
「防呪の魔法は知らないか」
俺は走りながら、3人に「保温」をかけた。
「しばらく状態異常にはなりませんが、体温も変わりません」
「優秀だな。俺たちもスキルを使っていくぞ」
「魔物の位置はわかるか」
「いいにくいんですけど、水路ってありますか。川から地下に向かっています」
「ある。防水と水中呼吸はできるか」
「俺はできませんよ」
「今度教えてやるよ」
川の近くまでくると、4人全員が空気の膜に包まれているような感覚になった。
「全員、呼吸は問題ないか」
「問題なしです」
「じゃあ、なるべく音を立てないように飛び込んでくれ」
3人は躊躇もなく、川に飛び込んでいた。俺もローブを脱ぎ捨て着水する。夜中の水の中なのに、プロの誰かが暗視効果のあるスキルを使ってくれたようで、昼のように見える。
町外れ近くから、地下へ向かう地下水路へと向かい、奥へと進んでいったところで、魔物が止まった。
「止まりました」
「繁華街の外れの下だな」
「奥に水害対策の部屋があったはずだ。魔物の根城にされたか。最後に清掃したのはいつだったかな」
「半年以上前だろ。まともな清掃員を雇わないからつけ込まれるんだ」
かすかに魔物たちの声がするが、俺には聞き取れない。
「何人いるんだ? 3人か」
「いや、もっといるんじゃないか。何を喋っているかはわからないな」
「聞きますか」
俺は「翻訳」で魔物の言葉を聞こえるようにした。
「お前、便利なやつだな」
「俺には遠すぎて聞き取れないので」
「作戦があるらしい。魔法書かなにか盗みたいんだそうだ」
魔王にでもなるつもりだろうか。
「十中八九、アンデッドだな。どうする? このまま倒しちまうか」
「いや、無理です」
「ヤバい。勘付かれた」
プロたちの逃げ足は早い。俺は周囲に「接着」を撒いてから、水に飛び込んだ。




