58.最後の呪文
目が覚めた。視線の先には芽衣子がいた。
「芽衣子……」とつぶやく。
芽衣子は微笑みを返した。
ここはどこだ、との質問はしなかった。ヤニで茶色くなった見慣れた天井だ。自室のベッドで寝ているのは、間違いないだろう。
「今は何時だ……いや、それよりも、あれからどれくらい経った?」
「大丈夫。一日半しか経っていない」
「それだけで、すんだのか……」
陽介は安堵の息を落としたが、よく考えれば自室にいるのだから千年どころか百年も経っていないはずだ。
「ちなみに、一日半はヨースケがこの世界で寝ていた時間。鬼塚さんの世界にいたのも一日半だけど、この世界では一秒も経っていなかったわ」
心あらずで相槌を打ってから、そういえば、とつぶやいた。
「俺は生きているのか……」
「なにをいまさら」芽衣子は笑い、続けて早口でまくし立てた。「ホントすごいのよ、わたし! 『アユルの緩和』なのに、私の身体とほとんど変わらない量ですんだし、場所だって思いどおりに腕からはみでることなし! 私の古代魔法のスキルって、爆上がり中なのかもね!」
「じゃあ、キクマルの子孫は倒した、ということでいいんだな」
「もちろん」芽衣子はピースサインを作った。
「よかった」いいながら起きあがろうとしたが、うまくいかない。両腕がないからだと、今さらながらに気づき、ぼやいた。「そうか……腕がなかったんだな。両方とも」
「後悔してる?」
「慣れてないから、少し驚いただけだ。もともと、生きていること自体が、もうけもんだしな」
いいながら陽介は、首を傾けて机の下を見た。一円玉を詰め込んだリュックはない。
ジンはうまくやったのだろうか……。
「どうかしたの?」
「ジンはどこにいった?」
「ジン?」
「ああ、ジンだ。どこにいる?」
「ジンも、ミオリもシグゥアも、もちろん無事よ。その日のうちに、全員帰ってきたわ。笑えるのよ。ミオリったら、一晩中、サラリーマンとカラオケしてたんですって」
「ミオリさんのことはわかった。それよりも、ジンはどこだ?」
「ジンジン、うるさいわね。ホモなの?」
「隠すなよ。ジンはいなくなったんだろ。違うか?」
「どうして、そう思うの?」
「いつからジンはいない?」陽介は答えず、質問で返した。
「ざーんねん。ヨースケの企みはバレちゃってるよ」
「なんだと!」
「ヨースケのメモが見つかっちゃったの。ミオリの趣味は他人の靴の中身を確認することなの。そして、メモを見たミオリは机の下の一円玉を発見!」
「なんだよ、その趣味……」
他にいうべきことはあっただろうが、まずはそうぼやきながら、嘆息した。
「ふふ。変なやつでしょ、ミオリって」
「じゃあ、一円玉は没収されたのか?」
「そうよ。さらに、ジンの計画を私がばらしてやったら、ミオリは大激怒!」
「今度はミオリさんの電撃魔法にやられて、ジンはダウン中ってわけか?」
「電撃じゃなくて、悪夢をみせる魔法でお仕置き中。ミオリは巫女だから、アルキアスの民を直接傷つけるのはタブーなのよ」
「悪夢か……。ミオリさんの見せる悪夢だったら、可愛いオバケに追いかけられたりしているのだろうな」
芽衣子は首をふった。
「ジンの娘さんがパイントルタで死にゆくさまを何度も見せられているらしいわ。それって、私への当てつけでもあるわね」
「ミオリさんは巫女じゃなく、魔女なんじゃないか?」
「ほんとね」芽衣子はふふふ、と笑った。
陽介もつられて笑ってから、真顔になっていった。
「なあ、芽衣子」
「ん?」
「お願いが、あるんだ」
「なに?」
「パインを壊すのに、俺の身体を使ってくれ」
「いや」
「後生だ、頼む」
「絶対に、いや」芽衣子は立ちあがり、陽介の額に指をあてた。「眠って。……起きたら、全てが終わってる」
「魔法か? でも俺は、絶対眠らない! 眠らないぞ! 芽衣子!」
陽介は叫び、全力で頭を振り、足をばたつかせた。
寝るもんか、絶対寝るもんか。集中しろ、一瞬も気を許すな!
そう鉄の意思で決意したものの、顔を寄せてきた芽衣子が耳元で、「ありがとう。お兄ちゃん、大好き」なんていうものだから、一瞬だけ気が緩んだ。




