52.魔女と呼ばれた女の覚悟(4)
五分ほどそれが続き、やがて芽衣子は静かになった。
「そろそろ、私は行きます。メーコ様、この世界で幸せになってください。アルキアスに戻ったら古代門は壊します。もうこれ以上、アルキアスのために傷つくことはありません」
ジンは微笑んでから、再び歩きだした。直後にイナビカリのような光が奔り、ジンはパタリと倒れる。
「あー、すっきりした!」
「えっ!」
「さて、帰ろーと」芽衣子はあっけらかんといい、ジンが背負っていたリュックだけ、魔法で浮かせる。
陽介はため息の後に気絶するジンを見た。
「いいのか? 正直、俺としてはジンにのっかりたい」
「いいの。もう、決めた。私はパイントルタと一緒に消える。何を犠牲にしても」
「パインがなくなったとしても、アルキアスでは地球と同じような戦争の歴史が待っているかもしれない。ジンのいう『抑止力』があるほうが、より平和な未来になる可能性は高い……と、俺は思っているのだが……」
「だとしても、私はアルキアスにとって、異物なの。異物は同じ異物であるパイントルタもろとも、いなくなったほうがいいの。その先は、本当のアルキアスの歴史がはじまる」
「そうか……」陽介は一度月を見てから、芽衣子に視線を戻す。「芽衣子。このタイミングでいうのもどうかと思うが、俺から一つ、お願いがあるんだ」
「……鬼塚さんのこと?」
「ああ。鬼塚主任を助けたい。俺の身体を使って、古代魔法を打ってくれないか?」
「その前に、一つ忠告しておくわ。片腕が無くなるだけだとか、甘いこと考えていない?」
「多くても両腕ぐらいだと思っていたが、違うのか?」
「『アユルの緩和』なんてものを使うのは初めてなの。私の身体だと指一本で済んだものが、ヨースケだと二本になるかもしれない。少なくても、私の身体よりも多く削れるのは間違いないわ。さらに削る場所も危ういの。左小指を捧げようとしても、ちゃんとその指を削るようにするのって大変なの。自分の身体でも削る位置のコントロールは難しいのに、他人の身体ならどうなることやら……。指を削るつもりが、心臓になってしまうかもしれない。だから、まったく命の保証ができないの。ていうか、死ぬ覚悟でいてね」
「そうか……」
「で、どうするの?」
「想いは変わらない。俺の命を使って、古代魔法を打ってくれ」
「そう……。わかった。でも、一つだけ教えて。死ぬのは怖くないの? それとも、死ぬほど鬼塚さんのことが好きなの?」
「よくわからない。でも、そうしたいんだ」
芽衣子は何もいわず、ただ頷いて石段を下りていった。その後ろに一円玉の入ったリュックが続く。
「ジンはこのまま放置か?」陽介はいったが、芽衣子はふり向きもしない。
ため息の後、陽介は芽衣子を追って石段を降りる。
家に戻った。しんとしており、やたらと寂しく感じる。
「ミオリさんとシグゥアさんは、まだ戻っていないようだな。どうする? 今から魔法で探すのか?」
「今日はいいわ。一晩で餓死するわけでもないでしょ」
そう残して、早々に芽衣子は階段をあがっていった。
陽介はシャワーを浴びてから、自室に戻った。椅子に座り、タバコに火をつけた。手持無沙汰なのだろう。スマホがないのはわかっているが、尻ポケットをまさぐる。
陽介も鬼塚も今日は出社していない。電話かメールか、何かしらの連絡はあったはずだ。
「そういえば、あの呑み会から一日しかたっていないのか……」陽介はつぶやき、煙を吹きあげる。
明日は朝一で、鬼塚主任を探しに行こう。そう決意し、タバコを消してから、ベッドに転がる。
ずいぶんと疲労しているはずだが、眠れぬまま一時間がたった。陽介は身体を起こし、明かりをつけてタバコに手を伸ばす。
それと同時に、視界がモノクロに変わる。陽介は目を剥き、跳び起きた。
「残るは、長男のキクマルか……」
東京タワーサイズのキクマル相手にどう戦えるのだ……。そう茫然とする中、部屋の扉を開けて入ってきたのは鬼塚だった。
「鬼塚主任! ついにキクマルが!」
叫ぶように陽介はいったが、うふふと鬼塚は笑う。
「この世界を造ったのは私よ。それにキクマルはまだ、地球にはきていないわ。規格外のサイズだから、来たら大ニュースになるわよ」
「そう、ですか……」
陽介はため息を落とし、だったらなぜと、いいかけるも、ごくりと飲み込む。
レディーススーツだった鬼塚が、それをするりと脱いで下着だけになったのだ。
その下着も躊躇なく剥いで、裸に。
「好き」鬼塚はベッドに転がり、眼を細めた。「タバコ臭い……」
「え、あの」陽介は固まる。
「私の世界では、結婚みたいな制度はなくて、女性側が夜這いかけちゃうのよね」そういい、鬼塚は顔を背けた。「ちなみに私……初めてだから……」
数瞬は戸惑った陽介だが、すぐに自分の想いに正直になる。
俺は、鬼塚美姫が好きだ!
服を脱いで鬼塚に重なった。一回目は情熱的に、三回目にもなると愛を語らうように。こんなにも満たされた気持ちなるのは、初めてのことだった。
朝、目覚めると、鬼塚の姿はなかった。『ゴメンね』との、書置きだけが残されていた。




