47.絶対に負けられない戦い(3)
陽介は声にならない声を漏らして、崩れた。
「ご無事ですか!?」シグゥアがラカマルの首を放り投げて駆けよる。
シグゥアの問に答える力なく、陽介の視界は白濁していった。身体がふわふわと温かくなり、このまま意識を失うのだろうと思ったが、なかなかそうはならない。
陽介は先ほどよりも楽に、半身を起こした。かたわらにシグゥアとミオリがいる。
「動かないほうが、治りが早いですよぉ」
陽介は薄白く光る球体の中にいた。視界が白く濁ったのは、ミオリの魔法だと理解した。
「ミオリ……さん……。俺なんか助けてもいいのかい?」
「それなんですけどぉ、聞いて下さいよ、お兄さまぁ! 私が神に誓ったのは、お兄様を殺さないことです。だから、別の誰かがお兄様を殺すのかまわないのですよぉ! それなのに、シグゥアちゃんが、『お兄様を助けないとミオリ様を許さない』、なんていうんですぅ。巫女にそんな無礼なことをいうなんて、ありえませんわ!」
「……そうかい。とりあえず、見殺しにしないでくれたことに、感謝するよ」
「それとぉ、お兄様を助けた理由は、もう一つありますのぉ」
「もう一つの理由?」
「それはですねぇ。私がお兄様と結婚するからです」
「はい?」
「お兄様に汚されてしまった私は、巫女を長く続けることができません。パイントルタを破壊した暁には、巫女を引退し、お兄様と結婚します」
ミオリの魔法から逃れるために、『オーガム』という性的侮辱の言葉を投げたことをいっているのだろう。
陽介は、「わかった」と返した。半分死にかけてる今の状態でミオリの機嫌を損ねて、『見殺し』の方針に舵を切られるリスクを避けたかったのだ。
「ご婚約おめでとう、との言葉を送らせていただこうかしら」
鬼塚の声がして、陽介はびくりと肩を震わせた。ふり向くと、すぐ後ろに睨むような視線の鬼塚と、安堵した表情のジンがいた。
「いや、その、これは! 誤解です!」
鬼塚の厳しい顔が、ふっと緩んだかと思いきや、涙を流しはじめた。
「どれだけ心配したと思っているのよ! ああ、ほんと、よかった……」
鬼塚は膝を落とし、陽介に抱きついた。さらに、嗚咽を漏らす。その震えが心の芯に響き、陽介も泣きだした。
「鬼塚主任……俺……頑張りました。だって、あいつ、主任を酷い目にあわせようとしてたんです! あいつは……」
「あのクズがやりそうなことなんて、いわなくてもわかるわ。だから佐藤君は、こんなにも頑張ってくれたんでしょ」
陽介は胸がいっぱいで声がでず、何度も頷いた。
数分の間そうしていたが、合図するでもなく自然と離れ、陽介は立ちあがった。まだ、痛むところあるがずいぶんと回復したようだ。
「ミオリさん、ありがとう」
「いえいえ」ミオリはにっこりと微笑む。
「シグゥアさんも、ありがとう」
「とんでもございません」と早口で答えたシグゥアには、緊張感が漂っていた。
「そのセーラー服は芽衣子のおさがり?」
「はい。この世界の軍服ということで、メーコ様にいただきました」
嘘ではないにしても多少の勘違いはあるようだったが、「似合っているよ」と、別の事実をいうだけにとどめた。
次に陽介はジンを見た。「外でのことを説明してくれないか?」
「ええ。陽介君がいなくなり、鬼塚さんはすぐに、次男のラカマルのしわざだと感づきました。救出に向かうために、ラカマルの造った擬似世界に干渉できないかと試みたのですが、上手くはいきませんでした」
「たしかにラカマルも、この世界には妹でも干渉できないと、いっていた」
「時間が経つにつれ、こちらも焦りました、そんななか、ミオリ様とシグゥアさんがさきの小料理屋に来ました」
「ミオリさんの魔法で、なんとかココに入れたのか?」
「いいえ、魔法でどうこうできるものではないとのことです」ジンは宙を指差した。空に亀裂が入っている。「ほら、あれです。理由は分かりませんが、この世界にヒビが入ったので、そこを通って中に入りました」
「あのヒビから中に入ったのか……。ラカマルのいきすぎた嗜虐性が、自身の首をしめる結果になったな……」陽介はつぶやく。
「中に入るには鬼塚さんの術の力も必要だったので、シグゥアさん、ミオリ様、私、鬼塚さんの順となりました。私が入った頃には、既に鬼の次男は殺されていて、陽介君は治療中でした」
「なるほど」と陽介は頷いてから、「それで、他には? それだけではないはずだ」
ジンは眉をあげ、鬼塚は視線をそらす。次に、陽介はシグゥアを見た。
「シグゥアさんには、ただただ感謝の言葉だけをいいたかったが……」そう前置きしてから続ける。「俺たちの後を追ってきた理由を教えてくれるか?」
しばらくの沈黙のあと、無表情のままシグゥアは答えた。
「鬼塚様を殺すためです。この世界に入る前にひと悶着がありましたが、お兄様の危機ということで、そちらを優先しました」




