46.絶対に負けられない戦い(2)
「お前ごときにできるかな。妹相手に勝つ自信がないから、こんなことしてるんだろ、卑怯め!」
陽介は挑発的にいってすぐ、悲鳴をあげた。触手が胴に巻き付き、上に抱えあげられたのだ。何本もトゲが刺さっている。
「危ない危ない。目をやられた怒りで、簡単に殺してしまうとこだったよ。君が挑発してくれたおかげで、ただ殺すだけじゃすまさないってことに、あらためて気づけた。妹だけじゃなく、君にも存分に楽しんで貰うよ。ああ、そうそう。ついでにいっとくけど、僕が妹より弱いなんて、ありえない。僕の術は最強なんだ。こんな白い世界を作ることもできるし、トーキを無効にする霧を発生させることもできる。特にこの白い世界は、術が得意な妹でも干渉はできない。妹の助けを待っているなら、あきらめたほうがいいよ」
「あ、そう。それより挑発に乗ってくれて、ありがとよ。触手が近くに来るのを待っていたんだ」
陽介はいいながら、ポケットからライターを取りだして、触手を炙る。ジジジと焦げた匂いがするだけで火はつかない。
「なにをしている!」
ラカマルの言葉を無視して、「燃えてくれ!」と、陽介は祈るように叫ぶ。
直後に吐血したが、同時にパンと触手の棘が破裂して炎が広がる。
陽介の身体も一瞬は炎に包まれたが、身体を締め付ける触手が緩んで、下に落ちる。二階以上の高さから落ちて全身を打ちつけ、さらに血を吐いて悶えながらもラカマルを見る。
孔雀のように広げた触手に火の手がまわっていた。
「許さない許さない!」と、炎にまみれたラカマルが裏返った声で叫びながら、踊るように火をはたいていた。
チャンスは今しかない!
身体がバラバラになりそうな痛みに耐えながら、最後の力をふり絞って走る。いたるところに刺さっているトゲを一本引き抜き、身体ごと突進するようにラカマルの首に突き刺した。
ぐぇ、と声をもらしたラカマルはふらふらと後ろに後退し、やがて倒れる。その上に火にまみれた触手が重なって落ち、ラカマルを呑み込んだ。それはジャングルジムほどの山となり、とろとろと燃え続けている。
「やった……」
陽介はその場に崩れた。数えるのもおっくうな数のトゲが刺さっているが、致命的な箇所と深さではなかったのだろう。その証拠にまだ生きている。
それでも痛みと出血は酷く、陽介は浅い呼吸のまま、指先一つ動かす力もなく炎の山を眺めた。
五分ほど経ち、この世界からはいつ出られるのだろうと、不安がちらつき始めた。
早く治療しないと、失血死もありえると危惧した直後、空にひび割れのような亀裂が生じ、ほっと息をついた。
眼前の炎の山が、すっと消える。これも元の世界に戻る予兆だと思ったが、にやけ顔のラカマルが目に入り、絶望した。
「何を深刻そうにしているのだい? 僕が本当に死んだとでも思ったのかな。いくら僕が弟や妹より頑丈じゃないといっても、人間じゃあるまいし、この程度の傷や炎で死ぬわけがないから」
呼吸すらままならず、視界も薄暗くなっていくのを自覚しながらも、なんとか陽介は立ちあがる。
「どう? がっかりした? わざわざ、この世界にヒビを入れてまで、演出したんだよ!」ラカマルは満面の笑みでいい、指を鳴らした。「さあ、続きだ」
ラカマルの背後で触手が次々に生まれていく。今度は孔雀どころではない、見渡す限りの壁だ。見た目でおおよその数を予想できるのは百ぐらいまでだろう。今は触手の数が何千ですむのか何万となるのか、もうよく分からない。
ただ一つ確実に理解できるのは、もう自分は助からないということだけだ。そして、これからラカマルが自分に行うだろうことを想像し、その恐怖で脳が痺れるような感覚になった。
いや、せめて鬼塚主任だけは……。
陽介は足元を見た。肩と腹の傷から流れた血が伝い、白い地面を赤く染めている。足を動かし、メッセージを書き込む。
意図が伝わり、なるべく書き易いようにと、平仮名とカタカナと漢字を織り混ぜた。
『しんでル 仇 タノム』
読んでくれさえすれば、俺が人質になっているなんてウソには騙されないはずだ。陽介はそう納得しかけたが、ダイイングメッセージなど、消されたら全く意味がないことに気づいた。
鬼塚主任のためにも、ここでは死ねない……。
陽介は歯をくいしばり、踵を返して逃げる。足を引きずっているので、歩くより遅いありさまだ。後ろからラカマルの小バカにした笑い声が聞こえてくる。
「あはははっ、頑張れ頑張れ。ほらほら、背中を押してあげようか?」
背中に刺すような痛みが走った。言葉どおりトゲだらけの触手で押されたのであろう。
呻き声を漏らして、陽介はふり向いた。一〇本ほどの触手が追ってきている。その一本に足をはらわれ、白い地面に血を塗り付けるように転がった。
悲鳴とも嬌声ともつかぬ声をあげたラカマルが、自らこちらに歩いて来るのが見える。
陽介は身体に刺さったトゲを一本引き抜いた。自らの喉に突きつけるも、ダメだ、と首をふる。
自殺は俺が楽に死ねるだけ……。主任が地獄に落とされるのを回避することができない……。
身体が急に冷えていくのを自覚しながら、震える手を地について、なんとか上半身だけ起こした。朦朧としながらも、ラカマル向けてトゲをかまえる。
そのラカマルが、奇妙な格好に変わっていることに気づき、目を細めた。セーラー服を着ているようなのだ。
いったいなにが……幻覚か?
混乱気味な陽介の耳に、「お兄さぁまぁ!」とミオリの声が響き、視界がパッと明るくなる。
セーラー服を纏ったシグゥアが、首だけとなったラカマルを手に持つ姿がはっきり見えた。




