40.アルキアスの刺客(3)
「だからですねぇ。エンゾの結びが、アユルの緩和によって……」
「もういいっ!」ついに陽介の感情が爆発した。
ミオリは敵だ! 倒すべき刺客だ! そしてこのままでは、鬼塚主任の命も、芽衣子の命も危ない!
陽介の中で『戦う覚悟』が芽生え、それはすぐに『捨て身の覚悟』に昇華した。
「鬼塚主任、俺にかまうな! やってくれ!」
陽介は叫ぶが、鬼塚はミオリと対峙したまま、こちらを見ようともしない。
「で、どうするの? 佐藤君は助けるの?」
「はーい。そうするしか、なさそうですねぇ」
「おい! ちょっと待て!」陽介は割り込むが、鬼塚は話を進める。
「佐藤君が助かるという保証は?」
「創造神ララマナに誓いますぅ」
「神に誓うのが、保証になるの?」
「巫女が神に誓うのですよ! その約束が破られるわけないでしょ!」
「そう……わかったわ。では、契約成立としましょう」
「ふざけるな! ていうか、俺を無視すんじゃねぇ!」再び陽介が叫ぶと、「ごめんね」と鬼塚はつぶやいた。そして、トーキは霧散してしまった。
「はーい。では、鬼塚さん。消えてください」ミオリは眼を閉じ、なにか囁くように口元を動かす。
「待ってくれ、ミオリさん! 待て! ……鬼塚主任を殺したら、俺がお前を殺してやるからな!」陽介は怒鳴るが、ミオリの詠唱は止まらない。
なにか策はないのかと、陽介は必死で考えた。だが浮かんでくるのは、ミオリに対する罵倒だけだ。
なにが巫女だ、人殺しの魔女め! 殺人鬼! メスブタ! Fuck!
汚い言葉が脳を駆けめぐるなかで、不意にある案が頭をかすめる。芽衣子相手では失敗したが、ミオリのほうが効果ありそうだ。それに、とっておきの言葉も見つかった。
もう時間はない、陽介は賭けにでた。たとえ効果なく、ただの憂さ晴らしとなったとしても、いわずにはいられない。ミオリに最大限の侮辱をくれてやる!
「オーガム! オーガム! ミオリをオーガム!」
陽介が叫んだ直後、ミオリは茹でタコのように真っ赤になって目を開き、「あわわ、あわわ!」と叫びながら、気でもふれて踊り狂うかのように手足をばたつかせる。
風の魔法の効果も消え失せたようで、陽介は二メートルほどの高さから落下した。腰と肩を酷く打ちつけたが、痛みなど感じる猶予もなく、「今だ!」と叫ぶ。
すでに鬼塚はトーキを放ちながら駆けており、光の防壁と衝突。その衝撃で閃光と轟音を放ちながらも、防壁を突き抜けた。
すぐさまミオリの首を片手でつかみ、吊りあげる。ミオリは大口を開けながら涎を垂れ流す間抜けな表情で、ぐぇぐぇと呻いた。
大逆転だ。
「このまま、首を握りつぶしても……いいのよね?」
鬼塚がふり向き、いった。
勝利を喜ぶ暇もなく決断を迫られ、陽介は固まった。
先のピンチではミオリと戦う覚悟を決めたのに、いざ勝利が確定すると、ミオリを殺す覚悟はしぼんでいた。『雨降って地固まる』的な解決はないのかと、模索をはじめてしまう。
数秒後に、「早く!」と鬼塚に急き立てられる。
「私にあずけてくれない?」と返したのは芽衣子の声だった。
陽介は白黒の世界を見渡したが、その姿はない。「芽衣子、どこだ!」
「ここよ」と声のする方を追うと、『遺書』の茶封筒が落ちており、その上で線香の煙のようなモノが揺れている。
「ヨースケ監視のために仕込んでいた精霊と、やっと通信できた」
いつから監視してやがった、と毒づきたかったが、今度ばかりは助かった。
「ミオリに殺されかけたが、何とか無事だ。今はミオリを捕らえて無力化しているけど、対応に困っている」
陽介は簡潔に状況を伝えた。
「だいたいの状況は把握しているわ。そこで、鬼塚さんにお願いがあるの。ミオリを解放して、その疑似空間を解除してほしい。私たちはすぐ近くにいるから、ミオリをあずかるわ」
「私だけじゃなく、佐藤君も殺されるところだったわ」鬼塚は冷たい声で返す。
「身勝手なお願いだと自覚している。大きな貸しだと思ってくれていいわ」
ため息を一つ落としてから、鬼塚は答えた。
「いえ。こちらの世界の都合で、皆さんを生命の危機にさらしたのは、私が先です。貸し借りはこれでチャラにしましょう」
モノクロの風景にガラスのようなヒビが入り、砕け、崩れていく。鬼塚のツノは引っ込み、トーキも消え失せていた。
鬼塚の手からミオリの首はするりと抜けて、尻餅をつく。
「いたぁーい! お尻、打ったぁ!」
「そんなことで、騒ぐな!」芽衣子がミオリの背中を蹴り押す。
芽衣子の後ろにはシグゥアとジンがいた。
「戻ってきた。生きている……」
陽介は呟き、両手を広げて夏の日差しを感じた。直後に駅前の喧騒と無秩序な色彩が流れ込む。けたたましい車のクラクションさえ、生の喜びを実感させてくれた。
だが、その喜びはいったんおさえて芽衣子を見る。
「これはいったい、どういうことなんだ? 本当にミオリさんは刺客なのか?」
「ちゃんと説明するわ。まずは家に戻りましょう」芽衣子がいった。
陽介は頷き、鬼塚の手を握る。「一緒に行きましょう」
「気安く触らないでくれる」
鬼塚の冷たい視線を浴びた陽介だが、その手は離さなかった。




