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「少しばかり驚いたが、どんなに仲間を増やそうとお前の剣はわしには届かん。だが、堪忍袋には届いた、な――」
ゴルシェンは口の端をひん曲げて笑うと手印を組む。
大技を出される前に自分がやるんだとヒスイは剣を握りしめ、薄く開けた口から息を吐き出すと足にグッと力を入れて駆け出した。ベルガモットも追随する。
どんな大技がきたってマリナ防いでくれる。例え怪我をしても聖女が必ず治してくれる。後はヒスイとベルガモットで攻撃を届かせなければならない。
匿ってくれていた数日で何度も手合わせしたが、ベルガモットの剣術はユーベルと瓜二つだ。お互いを邪魔することなくうまく攻撃を掛け合わせることが出来るはず――ヒスイが右から、ベルガモットは左から、示し合わせることなくとも当たり前のように動く。
ゴルシェンはヒスイたちどんどん近づいてくるのも構わずどっしりと構えていた。ようやく口が動く。
「――異界転移」
「な!?」
真っ白な空間に飛ばされる。ゴルシェンの異界だろう、後数センチの距離にあったはずのなのに一気に距離ができていた。
「今更なぜ異界に……?」
聖女塔全体が騒がしく、あちこちで爆撃音がしていた。今更異界に飛んだところで隠蔽出来そうにない。全員移動してきているので仲間と分断するためというわけでもなさそうだ。
「不思議そうだな」
ゴルシェンの声が反響する。
「密閉系だよ」とマリナが呟く。
「密閉系?」
「音が反響してる。現実と重ね合わせた異界じゃない。何かあるんだと思う」
言われて見渡して見れば、確かにこの結界の壁を発見し狭い空間だと実感した。
「そうだ正解だ。だからこういうことも出来る」
突如ヒスイの足に痛みが走る。ゴルシェンからでなく、真下から光線が走ったのだ。飛び退いたヒスイの足から血がどくどくと流れ出る。ゴルシェンが両手を広げた。
「三六〇度から迫りくる光線を相手に、どのくらい持つかのう……楽しみだ!」
その言葉を皮切りに、いくつもの光線がヒスイたちに降りかかる。
足の怪我に構っている暇はない。ヒスイとベルガモットは必死に避ける。
マリナはヒスイとベルガモットにも結界を張ろうとしたが、聖女の結界と同時維持が出来ず、危ないところへポイントで結界を張った。あると無いとでは大違いで、マリナのおかげでなんとか戦況を崩さずゴルシェンと対峙出来ていた。
なんとか耐えているがこのままじゃ埒が開かない。
ヒスイは垂れてきた血を拭って視界を維持すると注意深くゴルシェンを見た。ゴルシェンは冷たい目でヒスイを見下ろしている。
「……聖女の記憶を返せ、なんの罪もない女の子を聖女に仕立て上げるのは止めるんだ。こんなのは神の奇跡でもなんでもない」
「――では、助かるはずの命が失われていくのは見過ごすのか? 聖女が逃げた日から今まで、聖女がいたら助かった命が二つ失われた」
聖女が息を呑む。
「たった一人を犠牲にしたら大勢の命が救われるというのに――いいことを教えよう、正義には犠牲が――」
「付き物って言うんだろ? そんなわけねーだろ! 聖女という犠牲を許容する国民は一人もいない。元々がおかしかったんだよ、運命を捻じ曲げて生かしていただけじゃねーか! お前人の体奪ってまで生きるのは間違っている! 何もかも間違ってるんだ!!」
ヒスイはベルガモットに合図を送るとゴルシェン目掛けて走り出した。
光線を掻い潜ってゴルシェンに接近する。戦闘を重ねるにつれて昔の感覚を思い出したヒスイの神経は、かつてないほど研ぎ澄まされていた。
どう避けたらいいのかなんとなく分かる。右に体を捻った後は僅かに頭を下げて、正面からくるのは剣で弾いたらいい――。
そんなヒスイの予想を裏切っていきなり目の前に光線が現れた。
「グッッカハッ!!」
「ヒスイ!!」
正面からくらったヒスイは吹き飛んで地面に転がった。聖女が素早く回復する。
ヒスイはゴルシェンが答えるはずはないと分かりながらも「今のは転移魔法か? それとも時間魔法か?」と問いかけた。
通常の攻撃があんなふうにいきなり現れるわけがない。そう思っての問いだったのだが、ベルガモットが驚愕しているのが視界に入る。
今そんなにおかしなこと言ったか? と訝しんでいるとベルガモットが口を開いた。
「ヒスイ、今、君……記憶が――」
――記憶が?
嫌な予感がした。ヒスイの顔色が青ざめたのを見て、ゴルシェンが機嫌よく喋り出す。
「忘れてしまった人のためにもう一回説明してあげよう。わしが記憶を抜くには大掛かりな魔法陣が必要だと思っていたようだが、あれは全ての記憶を抜くとき用――ところで、戦闘中に直前の記憶がなくなったらどうなると思う?」
ゴルシェンが今までと打って変わって優しげな笑みを浮かべる。
「今のお前のようになるんだ」
攻撃がくる直勢で記憶を抜かれまくったヒスイは続け様に何度も光線をくらってしまう。聖女がほとんど悲鳴のように叫びながら回復魔法を施すが、記憶がないヒスイには対策の立てようがない。
いつの間にか変わっている体制、地面に現れた血――ヒスイは記憶を無くしながらも何かが起きていることは理解していた。
なんとかしなければと距離を取ろうとするも、そう思ったことすら忘れて不自然に動きが止まる。ベルガモットがヒスイの前に出て光線を弾く。
「ヒスイ!! 今君は記憶を飛ばされてる! とにかくやっている動きを止めるな!!」
そんなのありかよと驚きながらヒスイは剣を構え直す。
血だまりから見るに今ので聖女に相当回復させた。後どのくらい過剰に貯めた命が残っているのか分からないが、なくなってしまえば魔力勝負になる。
回復魔法が使えるのは聖女以外の三人。マリナは結界維持でもう殆ど魔力がない。ベルガモットは光攻撃魔法で使っている。そしてヒスイのは言わずもがなヘボだ。
もはや助けが来るまで時間を稼げばいいという話ではない。ヒスイたち四人でなんとかしなくてはならないのだ。
「今までよく堪えたが全て無駄だ。わしに敵う人間なんているはずもない――もう終わりだ」
ゴルシェンの上空に巨大な光が集まっていく――あれが降りかかってきたらとても避けられない。
――なんとかってどうすんだよ!!




