1
男主人公の異世界恋愛です。クズ神官×メスガキ聖女です。どうぞよろしくお願いします。
「ん……」
窓から朝日が差し込みヒスイは眩しさに顔を歪める。
固く目を閉ざしたが眩しさは変わらず、ヒスイは諦めて薄く目を開けた。視界に最初に映り込んだのは知らない女の裸体――。
くっそ頭いてぇ……記憶ねーし誰だよこいつ。
ヒスイはガンガン痛む頭を抑えながらゆっくり体を起こす。
ファンシーなぬいぐるみが飾られた棚や、白いふわふわのカーペット。明らかにヒスイの部屋ではない。
「おはよう」
「ああ、おは――」
とりあえずおはようと返そうとしたヒスイの口を女が塞ぐ。グイッと腕を引っ張られまたベッドへ沈んだ。
そのままそういう流れになりそうだった時、ヒスイの目に入ったのは六時を指す時計――。
意識がはっきりと覚醒する。
「ヤッベ、俺仕事行くわ」
「仕事?」
まとわりついてくる女の腕をひっぺがして、ヒスイ起き上がる。
「ねえ、ヒスイくんってなんの仕事をしているの?」
「……内緒」
こんな生活をしておいて自分の職業を言えるわけがない。
ヒスイは適当に女をあしらって、まだ薄暗い冷え切った朝へ乗り込んで行った。
*
「ヒスイ、神官長様が呼んでる」
「ヒスイ、今週末の西の丘討伐の同行者、リストアップしてくれない? なるはやで!」
「ヒスイくん、明日の勉強会の資料、配っておいてくれるかな」
「ヒスイ!」
「ヒスイ」
「ヒスイ――」
「あーーーークッソやってられるか! どいつもこいつもちょっと大人しくしてりゃ俺に仕事押し付けやがって!」
すっかり暗くなった空の下、きっちりとしたまとめ髪にメガネ姿のヒスイは、タバコをふかしながら愚痴を吐き出した。
もしこんなところを誰かが見ていたのなら、見た目の真面目さと、行動のヤンチャさのアンバランス感に困惑するだろう。
そう――ヒスイはこの、聖神教国で神官をしている。
聖女を祀るこの国での神官の立ち位置は非常に重要で、いわゆる国家公務員的な存在だ。
神官になるには、回復魔法が使えることが絶対条件。かろうじて回復魔法が使えたヒスイが給金のいい神官職に目をつけるのは必然だろう。
だがこの時、ヒスイは失念していた――神官になるためには素行も重要になってくるということを。
ヒスイは生粋のドクズだ。
酒、女、タバコをこよなく愛し、毎夜の如く繁華街で飲み歩いては、今朝のように女を引っ掛け夜を過ごしていた。呆れた親には勘当されかけ、兄弟とも疎遠になるほどヒスイの生活は腐っている。
そんなヒスイが神官としてやっていけるわけがなかった。
神官は聖女様のための忠実なる僕――聖女様の近くにいるに相応しい存在になるべく、自身も清らかに生活する必要があり、酒、タバコ、ギャンブル、性行為、一切禁止なのだから。
そこでヒスイは、適当に見た目を真面目くんスタイルに整え、付け焼き刃の演技で適当に純真な青年になりきってみたのだが、教会の人間は人を疑うってことを知らないのか、案外バレずに今ここで働けている。
本来の自分を押し殺した二面生活は窮屈だが、バレないように昨夜のような息抜きをガッツリしているし、一番下の位の三級神官でもそこそこ給金がいいのでヒスイは満足していた。
今の生活を続けるためにはヒスイの素行は誰にもバレてはならない――はずだった。
ガタン。
喫煙中であることを思い出し、ヒスイは物音がした方を慌てて見やる。
教会の裏。ジメジメした地面に生える苔や、先がクルクルした少し長めの雑草で荒れている通路の先に突然の輝き――。
ヒスイは自分がいた場所をそんなに暗いと感じていなかったのだが、彼女が現れると対比で暗いと感じてしまう。
それほど強烈な輝きを放つ、虹色に輝く瞳。
――この国で虹色の瞳を持つのは聖女以外にあり得ない。
ホワイトプラチナの髪を風に靡かせ颯爽と歩いてきた聖女は、ヒスイの目の前で立ち止まるとその小さな薄桃色の唇を開いた。
「貴方、神官の方よね?」
お、終わった……。
手に持っていたタバコは今更隠しようがなく、ヒスイは勿体無ねぇと思いながら地面に擦り付けた。
なぜこんな所に突然現れたのか――しかも寄りによって教会のトップの一人である聖女。
ここは聖女が住んでいる聖都中央教会なのだから居てもおかしくはないのだが、聖女が居るのはいつだってあのバカ高い塔の上なのだ。
あの塔は聖女塔と呼ばれる聖都中央教会の敷地内にあるこの首都のシンボル。
塔を降りてくるのでさえ稀なのに、教会の裏の薄汚れた小道に居るのは一体どういう事なのか――。
あまりにも運が悪い。
一人でフラフラ出歩くなよと不敬にも心の中で悪態をつくヒスイだったが、一人である事に僅かな勝機を見出し顔を上げる。
一人……ってことは、つまり、俺の素行の悪さを知ったのは聖女ただ一人――。
まだ諦めるのは早いと、ヒスイは戦略を巡らせる。
神の遣いであるお優しい聖女様のことだ、涙ながらに情に訴えればもしかしたら内緒にしてくれるかもしれない。そう考えたヒスイは膝をつき、必死に聖女様へ語りかける。
「あの、出来心なんです。確かに悪い事だと分かってますが、息抜きが欲しくて……どうかクビだけはお許しください! 病気の母に僕が仕送りしないといけないんです! 食べ盛りの弟達もいて……もう二度と吸いませんので!」
そんな母はいない。もちろんそんな弟もいない。
出てくる言葉がこの上ないほど薄っぺらいが、磨きをかけた演技で乗り切ろうとする。
来年剣術学院に入学する弟の学費も必要で、更には父の新事業の資金調達もしなくてはならないなどと適当なことをぬかし、ヒスイは両手を擦り寄せて拝み倒す。
「聖女様、何でも僕に出来ることならいたしますので、どうかご容赦いただけないでしょうか?」
聖女を騙すような真似ができる神官はヒスイのほかにはいないだろう。
ペラッペラな信仰心を持つヒスイは、今の生活を死守するためなら、どんなにみっともなくても縋り付くと覚悟決めて口を回し続けた。
今まで何も言わずに聞いていた聖女がゆっくりと口を開く。
「貴方、神の巫女である私に罪を見逃せと仰るの?」
ああ! そうだよちくしょう!
下を向いていた顔を勢いよく上げると、聖女と目が合い、ヒスイはその美しさに息を呑む。
七色に輝く聖女特有の宝石の瞳――見る角度によって何色にも見える不思議な色合いの瞳は、白く長いまつ毛に縁取られている。
いつも遠くから見ていたのでイマイチよく見えなかったが、なるほどこれは美しいと、ヒスイは演技するのも忘れ見とれてしまった。
しばらく見つめ合っていると、聖女の目が三日月型に歪む。
――歪む?
「ふーん、じゃあ黙っててあげる♡」
「は?」
ヒスイは何をみているのか理解が追いつかず、ポカンと口を開けて間抜けな声をあげる。
豹変――その言葉がピッタリ当てはまる。
たおやかな笑みを浮かべるはずの聖女の顔には、小馬鹿にするような印象を与えるにんまりとした下品な笑みが浮かんでいる。
口元に手を当て上がりきった口角を隠しつつも、見下したように蔑む目。
新しいおもちゃを見つけた子供のような、獲物を見つけて興奮を隠しきれない捕食者のような、そんな様子の聖女様の顔面をヒスイは食い入るように見つめる。
「なんでもしてくれるんでしょう?」
「え、あ、はい」取り繕うことを忘れたヒスイは受動的にただ返事をする。
聖女はしゃがみこみんでヒスイと目線を合わせた。
「私、してみたいことが沢山あるの! 手伝ってよ」
聖女は有無を言わせずヒスイの手を取り歩き出す。
ヒスイは訳の分からぬまま引っ張られた。
羽織っていた外套のフードを深く被り直した聖女がこちらを振り返って言う。
「これからよろしくね、不良神官さん?」
眩い光を放つ聖女の瞳が真っ直ぐにこちらへ語りかける。ヒスイはなんだかとんでもないことに巻き込まれたような気がしながらも乾いた返事をした。
冗談じゃない。
自分が言えたことではないのはわかっているが、裏表が激しすぎるのではなかろうか――そんなことを考えながら、ヒスイは手を引かれるまま聖女の後ろを歩く。
聖女は人通りがない道を選んでいるようで、時折左右を見渡しては壁に張り付いたりしゃがみこんだりと、忍者のように身を隠しながら進んでいる。
正直怪しいことこの上ない。
「おい、どこ行く気なんだよ」
「私、夜遊びしてみたいの。今日はその第一歩なのよ。手伝ってくれる人も確保できたし幸先いいわ!」
聖女がやってみたいことというのはどうやら夜遊びらしい。
自分がそれに付き合う羽目になっていることをヒスイはようやく理解した。
「ち、ちょっと待て、いいか、待つんだ」
「何よ」
止められた不満からか、聖女は唇をつんと突き出し上目遣いでヒスイを見た。
美女を見慣れたヒスイといえども、あまりの破壊力に喉の奥からグッと変な声が出そうになるのを堪える。聖女の虹色の目を見て話すのは緊張するが四の五の言っていられない。
「これ、脱走だよな? いつも張り付いてる近衛聖騎士はどうしたよ?」
「そ、それは……なんだっていいじゃない」
「よかねーよ!! え? 俺これ、誘拐犯みたいになってない? タバコ吸ってたからクビっていうより、聖女誘拐で物理的に首飛びそうになってない!?」
「……なんでもするって言ったじゃない」
「なんでもするっていったけどよ、これは流石におかしいだろ!」
「しっ! 声がでかいわよ」
聖女はヒスイの口を手で塞ぐと、口元へ指を当て静かにというジェスチャーをする。
左右を確認した聖女は手をパッと退けると、片眉を跳ね上げてヒスイを見下すように言った。
「全く、とんだお間抜けさんだこと。そんなんだから私にバレちゃうのよ」
「クッソ……このアマ……」
ヒスイの額に血管が浮かぶ。
今のヒスイの態度はとても、国の象徴である神の巫女である聖女に向けられたものではない。
聖女にばれたのはタバコだけだというのに動転で性格までバラしてしまっているが、そんな細かいことを気にしていられなかった。
「いいじゃない。あなたの秘密をバラさない代わりに、あなたは私の望むことをなんでもする。そういう契約を結んだじゃない。あなたがそう望んだから私は答えたまで。違う?」
足元に縋りよって頼み込んだのは自分だったと思い出し、ヒスイは苦虫を噛み潰したような顔を浮かべる。
いつの間にか契約などと大事にされていたが、神官をクビになるのはどうしても避けたい。
酒大好き、ギャンブル大好きなヒスイは、毎夜飲み歩く酒代もバカにならず、先月は競馬で大金を擦ったばかりだった。金遣いの荒いヒスイの生活が成り立っているのは全て、神官職のおかげ。
伯爵である父にクビになったことが知れたら、今でさえ勘当寸前なのだから縁を切られるのは間違いないし、クズな自分がかろうじて自存心を保っているのは神官というまともな職に身を置いている安心感ゆえ――居場所を失えば自分はただのクズだ。
――ちょっと聖女様のわがままに付き合えばいいだけ。
夜遊びならいつも自分も寮から抜け出して行っているじゃないか。いつもと同じことをしたらいいだけ――。
それにバレない自信もある。
「乗ってやるよ。聖女様」
覚悟を決めたヒスイは、あまり使いたくはなかったが、自身と聖女に気配遮断魔法を施すと片側の口角を上げてニヒルに笑った。
「そう来なくっちゃ! 改めてよろしくね! ……えっと名前は?」
「ヒスイ」
「ヒスイね! よろしく!」
歯を見せて普通の少女のように笑う聖女。いつもの人間離れした神々しい微笑みよりもよっぽどいいとヒスイは思った。
「ああ、よろしくな」




