第19話 【幕間】ラピスが塔を出た王宮では ①
※ラピス以外の人物視点、番外編です
新王の戴冠式と、その祝祭が終わった翌々日。ラピスが王都を出て五日目だ。
祝祭が終わり、宮廷は昨日からやっと動き出したのだが――。
錬金術師塔、魔術師塔、魔導具師塔は大騒ぎになっていた。
「――おい! 『基本調合液』が足りないぞ!! どうなってる!」
「『基本調合液』が足りません! これじゃまともに作れませんよ!」
「昨日頼んだ『基本調合液』が来てない!? ありえない……!」
誓約の錬金術師ラピスが作る『基本調合液』は、今はなくてはならない素材だ。
あって当然。足りなければ発注し、翌日には届く。そういうものだった。
だが、祝祭前日の夕方から、祝祭明けの昨日に頼んだ分が届かないのだ。
「おいおいおい! これでは実験が進まないぞ!!」
「錬金術師長。このままでは騎士団に納品するポーションが作れません!!」
「祝祭で酷使した魔道具の補修ができません!! ど、どうしましょう!?」
「誰か! 誓約の塔に行ってこい!!」
「い、嫌ですよ!」
「担当文官のところへ行け! 早く『基本調合液』を持って来させろ!!」
ラピスがいなくなった影響が、じわじわと出始めていた。
そんな中、国王付きの文官で、『誓約の塔』のラピス担当を押しつけられている男――イレネオは、昨日から引き続き忙殺されていた。
山積みの書類を処理する中、提出期限遅れの書類が届きまた積み上がっていく。
「休み明けはいつもこうだが、三連休ともなると凄いですね……というか、なぜ皆、休前日の終業ギリギリに書類をねじ込むのか……」
何人目か数えるのをやめたが、提出期限遅れの書類を持ち込んだ文官を見送り呟いた。
確かに提出期限は連休前だった。ギリギリ間に合ったと言えるかもしれない。しかしこの、祝祭の間に提出されたものたちは、絶対に合っていない!!
「何が『連休前の終業までが提出期限なら、実質、連休明けの朝までが締めきりでしょう?』だッ!!」
抑えきれずに出た言葉に、同僚たちが「うんうん」と頷く。
皆、同じように思っていたのだ。しかし口には決して出せない。
なぜなら提出期限を守らない者は、高位貴族の高官が多いからだ。
しかし持ち込むのはその秘書官たち。悪いのは処理を怠った貴族であって、イレネオと同じ文官の秘書ではない。
訪れる秘書官の多くは平謝りするが、中には上司の名の下、または自身も貴族だと、イレネオへ高圧的に対する者もいる。
先の抑えきれずに出た言葉は、そんな貴族のボンボンへの、決して伝えられない言葉だ。
「……はぁ。まあ、中には誰が相手だろうが変わらない貴族もいますがね」
イレネオはチラリと窓を見る。
王宮の北。魔術塔と錬金術師塔のある方角だ。
「錬金術師・アストルムに、昼までには依頼書を持っていく予定がズレてしまいましたね」
イレネオは、『誓約の錬金術師』ラピス・アストルム嫌われていると自覚している。いつも言い合いになるからだ。
だが、イレネオ自身は、実はラピスを嫌ってはいない。むしろ好ましく思っている。
ラピスは正真正銘の貴族、建国から続く錬金伯アストルム家の令嬢だ。そして本人は、若くして天才と言われる力量を持つ錬金術師。
宮廷錬金術師で唯一、王に直接仕える特別な錬金術師だ。
「皆、あの方のようだったら助かるのですが……」
はぁ。イレネオの口からまた溜息が零れた。
すると同僚たちが、揃ってこう口にした。
「いや、イレネオ。『誓約の錬金術師』と言ってもあれは……『魔女』だぞ? 皆があれじゃ困るだろう」
「お高くとまってはいないが、呪いを欲しがるような女性はちょっと……なぁ」
「優秀で美人でも、あの方はどうにも口が悪いというか、あけすけというか……僕は苦手ですね」
「いや、それは我らと同じ高さで、対等に話をするからだろう?」
何を言っているんだと、イレネオは同僚たちにそう言う。
「それにあの方の立場は、どちらかと言えば我らに近いかもしれない」
各塔から求められる、山のような基本調合液の依頼書。その他に、慣例として誓約の錬金術師が行ってきた、王室が使う魔道具のメンテナンスや、王室が口にする薬、サプリメント、肌に触れる化粧品なども用意する。
古からの誓約により、絶対に裏切らない『誓約の錬金術師』だから任される仕事だ。
だが……と、イレネオは塔の錬金術師の顔を思い浮かべる。
青白い顔、目の下のクマ、適当に括っただけの髪に、ヨレヨレのローブ。侍女の一人、護衛も、秘書官も専属事務官も、料理人や素材の管理人も持たず、側に置いているのは使い魔の猫だけ。
『誓約の錬金術師』には、大きな魔力と権力がある。そんな理屈から、時代が移るにつれて、誓約の塔から人がいなくなっていった。
「あげくに『魔女』か……」
「ん? 何か言ったか? イレネオ」
「いいや、なんでもない。さて……さっさと昼食をとって仕事を片付けよう」
そして、慌ただしく昼食をとったイレネオが戻ると、部屋には魔術師塔、錬金術師塔、魔道具塔、それぞれの事務官と、なぜか王宮の侍女頭や執事、メイド長までが揃っていた。
「何事ですか、これは」
午後からも仕事が山積みだというのに、さらに面倒事が発生したのか?
イレネオは眉間に壮大な皺を刻み、言葉を絞り出した。
「ああ! やっと戻ったか、イレネオ!」
「王妃殿下と王女殿下の、本日分のお支度の品が届かないのです。どうなっているのでしょうか」
「追加の基本調合液がまだ届かないのだが!?」
「誓約の錬金術師は何をしている!」
「納品されないなど、王命違反ではないか!?」
彼らは誓約の錬金術師が納品を怠っている! と、ラピスを担当するイレネオに苦情を言いに来たのだった。
話を聞いてみると、祝祭前に依頼した分は全て納品されているが、連休明けの朝にねじ込んだ分が届かないと言う。
勝手なことばかり言うな。イレネオは腹の中でそう呟くが、彼らにそんなことは言えない。
彼らは藤が咲き誇るあの塔の錬金術師とは違い、イレネオと対等に話をしようとはしない者たちだからだ。
「分かりました。誓約の錬金術師殿を窺って参ります。あの方もお忙しいのだと……」
「誓約を破るなど、今代の誓約の錬金術師はどうなっているのか!」
「前陛下が甘やかしてらっしゃったのですよ!」
「新王陛下には、もっと厳しくしていただきませんと!」
誰も彼も好き勝手言いやがって。そもそも錬金術師やら魔術師、魔導具師なら、『基本調合液』くらい自分で作れ! イレネオは微笑みの下でそう毒づいていた。
◆
「ど……どういうことだ!?」
イレネオが『誓約の塔』を訪れると、そこは空っぽ。
ラピスの姿も、使い魔の猫二匹もいない。それどころか工房に残されていたのは、壁に貼られた『済み』の文字が書かれた依頼書と、机の上に置かれた『調査依頼書』だけ。
イレネオは『調査依頼書』を手に取り確認する。
これは自身が、報告資料の一部として渡したものだ。なぜ、その依頼書にラピス・アストルムの署名がある?
「行ったのか……!? 『愛が叶うダンジョン』なんて馬鹿馬鹿しい場所に!?」
信じられない。
イレネオの頭は混乱していた。
押し掛けた各塔の術師たちにどう説明するか。
基本調合液の供給元がいなくなってしまった。
そんなことが頭をよぎったのは一瞬で、イレネオはすぐに顔色を変えた。
「私の……せいか? 誓約の錬金術師殿は、無事でいられるのか?」
あの調査依頼書を渡したのはイレネオだが、調査を依頼した覚えは一切ない。ラピスが塔を離れて調査に行くなんて、そんな発想がなかったからだ。
〝天から星が降る日まで、決して命に背かずお仕えする〟と誓った『誓約の錬金術師』が、王命である仕事を放り投げ、宮廷を去るだなんて有り得ないこと。
「有り得ない……そうだ、有り得ないんだ」
誓約の錬金術師は、王に仕え、宮廷に仕えることを『誓約』している。それは魔術によって結ばれた、固い誓約だと聞いている。
「待て。では、誓約の錬金術師殿は今、王命に背いている状態ではないか?」
ゾッと血の気が引いた。
『誓約』を破った場合はどうなるのか。少なくともイレネオは知らない。噂では、『誓約の錬金術師』の名を継ぐ者だけが知っているという。が、定かではない。
「彼女のことだ。無鉄砲に勢いだけで出奔したのでは……いや、それはないか」
ああ見えて、ラピスは優秀な錬金術師。理性的で知性的な人間だ。正直、普段のラピスを知ってしまったイレネオには、あまりそうは思えないが、彼女は古から続く『誓約の錬金術師』の継承者。
「塔を出ても誓約に違反しない確信があったはずだ……」
誓約に背く決め手は何だ? どこにある? イレネオはガランとした部屋を見つめ考える。
残されていたものは、サイン済みの調査依頼書だけだ。
「なぜこれ見よがしに調査依頼書だけ置いていった……? 依頼という仕事……というていを取るためか?」
退職はしていないから、王に仕えるという誓約はまだ守られている?
しかし、戴冠した新王からの『錬金術師アストルムに、基本調合液、他、求められる基本素材の作成を命じる。』という命には背いている。
「誓約に背いた場合のペナルティはなんだ? ないということは考えられないが……いや、待てよ?」
それ以前に、『王の命に背く』行動ができるものなのか?
「誓約の錬金術師が縛られる『誓約』とは、一体どんなものなのだ……?」
イレネオは、空っぽの工房で呟いた。
名無しだった、真面目ゆえに嫌味になってしまっていた文官イレネオ目線でした。




