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顔面偏差値で役目が決まる都で、僕らは徳札を復活させる  作者: 乾為天女


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第11話 会議室封鎖

 それは、晴れた朝ほど起きると腹が立つ種類の出来事だった。


 役場三階へ上がった泰雅は、西会議室の前で足を止めた。

 扉に縄が張られ、赤札が下がっている。


 『当室 無断使用につき閉鎖

 関係者以外立入禁止』


 字はやけに太かった。いかにも厳しいことが決まりました、という顔をしている。


 「関係者ですけど」

 泰雅は思わず声に出した。

 誰に向かって言ったのか、自分でもわからない。


 廊下の向こうから、徳信が桶を抱えてやって来る。

 「何だこれ」

 「封鎖です」

 「見ればわかる」

 「じゃあ聞かないでください」

 「朝から刺があるな」

 「刺にもなります」


 あき子、りゅうのすけ、友莉亜、桜都も順に集まり、扉の前はあっという間に人だかりになった。りゅうのすけは赤札を読んで青ざめ、あき子は縄の結び方を見て「雑」と呟き、徳信は「切ればいいか」と腕まくりを始める。


 「切らないでください」

 泰雅が即座に止める。

 「どうせお前が止めると思った」

 「止めますよ。止める役ですから」

 「じゃあ解く」

 「もっと駄目です」

 「じゃあどうする」

 「正式に文句を言います」


 そう言い切ったものの、役場で正式に文句を言うのは意外と体力がいる。文句を言う相手に会うまでに別の窓口を三つ通ることもあるし、通った先で「担当外です」ときれいな顔で返されることもある。泰雅はその道筋を頭の中で並べただけで、少し胃が痛くなった。


 そこへ、階段を上がる革靴の音がした。

 碩樹だった。


 彼は縄と赤札をひと目見て、眉間に深い皺を寄せた。

 「……やったか」

 「ご存じだったんですか」

 桜都の声は冷えていた。

 「昨夜、案だけは出ていた」

 「止めなかったんですね」

 「止めきれなかった」

 碩樹は短く言った。

 「会議室の無断使用、未登録の投書箱設置、祭礼運営への私的介入。名目はいくらでも作れる」


 友莉亜が腕を組む。

 「で、作られた」

 「そうだ」

 「うわ、最悪」

 「自覚はあります」

 碩樹の返しは固いままだったが、逃げる声音ではなかった。


 泰雅は赤札を見たまま言う。

 「板は」

 「中にある」

 「布も」

 「かけられた」

 「送風絡繰は」

 「移送の手配が出てる」

 あき子が一歩前へ出る。

 「それは困る」

 「困るで済まない」

 桜都が続く。

 「今動かしているところでしょう」

 「だからだ」

 碩樹は扉を睨んだ。

 「『怪しいことをしている』と訴えるには、動いているところを押さえるのがいちばん手っ取り早い」


 徳信が、低く息を吐いた。

 「つまり、効いてるってことだな」

 「効いてるから潰す」

 友莉亜が言う。

 「わかりやすっ」


 そのわかりやすさが、泰雅には腹立たしかった。

 町のために役立つことをしているかどうかではなく、誰の都合を崩したかで止められる。顔面偏差値の貼り紙もそうだ。きれいに見える仕組みほど、誰かの都合に沿っている。


 廊下の向こうでは、他の役人たちが気づかないふりで通り過ぎていく。

 目は一瞬こちらを見る。けれど足は止まらない。巻き込まれたくない顔だ。泰雅はその顔を責めきれない。自分も今朝まで、こういう場面で立ち止まれる側だとは思っていなかった。


 桜都は縄の前へ立ち、赤札を見上げた。

 「無断使用」

 静かな声だった。

 「徳札箱を置いたことは、確かに役所の手続きに沿っていません」

 「桜都さん」

 泰雅が止めようとする。

 「でも、手続きに沿っていないことと、町に要ることは、別です」

 「それはそうだけど」

 「別です」

 念を押すように言い切った。

 「だって、いまこの町では、手続きに沿って顔を測っている。私はそちらのほうが、ずっとおかしいと思っています」


 碩樹は言い返しかけて、やめた。

 おそらく反論はいくつも持っている。だが、どれを出しても、この扉の前では軽く見えるとわかったのだろう。


 そのとき、下の階から若い役人が上がってきて、碩樹へ封書を差し出した。

 「勘定奉行補佐殿。看板商会の仁藤様と、祭礼方の評定が本日の昼に」

 「わかった」

 受け取りながら、碩樹の顎が少しだけ固くなる。

 商会の名が出たとたん、徳信が鼻で笑った。

 「出たな、看板屋」

 「顔のいいやつを前に並べりゃ、見物が増える。見物が増えりゃ売上も増える。単純な話だ」

 友莉亜が言う。

 「単純に腹が立つ」

 あき子がぼそりと足す。


 泰雅は赤札の端へ手をかけそうになって、やめた。

 今は剥がせる。だが剥がせば、ただの感情論として処理される。それではだめだ。町の中で働いてきたぶん、彼はそういう負け方をよく知っている。


 「碩樹さん」

 「何だ」

 「昼の評定、何を言われるかわかりますか」

 「おおよそは」

 「じゃあ、ひとつだけ先に伝えてください」

 泰雅は自分でも驚くほど落ち着いた声で言えた。

 「会議室を閉めても、町は止まりません」

 みんながこちらを見る。

 徳信の眉が上がり、友莉亜がにやりとし、桜都の目が細くなる。


 「どういうことだ」

 碩樹が問う。

 「板が使えないなら、町そのものを掲示板に変えます」

 「は」

 「神守社の石段。橋番小屋。鍛冶場の壁。菓子屋の軒先。学問所の廊下。人が通って、紙が置けて、礼を書きやすい場所なら、どこでも投書口になる」

 「許可は」

 「取りに行きます」

 泰雅はきっぱり言う。

 「役場の会議室ひとつの許可が出ないなら、町の人ひとりずつの許しをもらいます」

 「数が違うだろ」

 「違います。でも、その数のほうが、もともと必要だったんです」


 りゅうのすけがはっと顔を上げた。

 「設計図」

 「はい」

 泰雅は頷く。

 「役場だけじゃなく、町の各所に投書口があった。なら、まず形からでも戻せます」

 「形からでも、じゃない」

 桜都が言う。

 「入口は形からです」

 その声は、不思議と明るかった。

 「言葉は、人が立ち寄る場所にあったほうが書かれます」

 「橋で書けて、神社で書けて、菓子屋で書けたら、つい書く人増えそう」

 友莉亜が言う。

 「学問所には筆と紙がある」

 りゅうのすけが続く。

 「鍛冶場には箱作れる」

 徳信が胸を張る。

 「私は留め具と蓋を直す」

 あき子が即座に乗った。


 碩樹だけが、まだ険しい顔を崩さない。

 「勝手に町じゅうへ広げれば、今度はもっと強く止められる」

 「止められる前に、必要だと見せます」

 泰雅は答えた。

 「会議室の中だけでやっているから、怪しい集まりで済まされる。町の人が実際に助かる形にしたら、同じ言い方はしづらくなるはずです」

 「はず、か」

 「はずです」

 「頼りない」

 「でも、やります」


 頼りないと自分でも思う。

 だが、今の自分に言えるのはそこまでだった。できるかどうかは、やってからしかわからない。それでも、何もしないまま赤札を見上げているほうが、よほど嫌だった。


 碩樹はしばらく黙り、封書を握り直した。

 「……会議室の縄は、俺の権限では外せない」

 「はい」

 「だが、町の石段に箱が置かれていても、それを取り締まる規定は今のところない」

 友莉亜が目を丸くする。

 「うわ、言い方」

 「役人の応援って感じする」

 徳信が言う。

 「応援とは言っていない」

 碩樹は顔をしかめた。

 「ただし、騒ぎになるな。祭礼方が本気で潰しにかかれば、俺も庇いきれない」

 「騒ぎには、なります」

 桜都が正直に言う。

 「でしょうね」

 「でも、黙って潰されるよりは、ましです」


 碩樹は小さく息を吐いた。

 それは諦めにも似ていたが、同時に腹を括った人間の息でもあった。

 「昼の評定には行く。そこで時間を稼ぐ」

 「助かります」

 「まだ礼を言うな。通る保証はない」

 「それでも助かります」

 「……面倒な書記補だ」

 「今さらですね」


 碩樹が去ると、廊下に残ったみんなの顔が、一斉に動き出した。


 「箱だ」

 徳信が言う。

 「五つ、いや六つ」

 「蓋は雨避けつき」

 あき子が答える。

 「紙が吹かれない留め具要る」

 「神守社には私が話します」

 桜都が言う。

 「石段の下ではなく、手水舎の横に置きたいです。立ち止まりやすいから」

 「橋番小屋は私」

 友莉亜が手を上げる。

 「喜助さん、たぶん二つ返事」

 「学問所は僕が」

 りゅうのすけはもう半分走り出している顔だった。

 「筆も紙も余ってる教室あるから!」


 泰雅は、まだ赤札の下がった扉を見ていた。

 布をかけられた掲示板も、奪われかけている送風絡繰も、その向こうにある。悔しい。とても悔しい。

 でも、会議室は部屋だ。町は部屋より広い。


 「行きましょう」

 彼が言うと、みんなが動いた。


 その日の午後、真澄津のあちこちに、小さな投書口が生まれた。


 神守社の手水舎の脇に、白木の箱。

 橋番小屋の軒下に、風よけつきの箱。

 鍛冶場の壁には、徳信が打った丈夫すぎる金具つきの箱。

 菓子屋の軒先には、氷菓の札の横へ並ぶ箱。

 学問所の廊下には、紙束と筆を添えた箱。


 どの箱にも、桜都の字で同じ紙が貼られる。

 『上手に書けなくてもかまいません。届けたい相手の名がわかるなら、どうぞ一枚』


 夕方、橋番小屋の箱へ、最初の紙が入った。

 次いで神守社。次いで菓子屋。学問所では子どもが面白がって何枚も入れようとして先生に止められた。


 西会議室の扉は閉まったままだ。

 けれど、町の側で口が増えたぶん、言葉の行き場まで消えたわけではなくなった。


 日が沈むころ、泰雅は役場の裏口に立って空を見た。

 会議室の窓は暗い。だが、神守社の石段のほうには、箱の横で立ち止まる人の影が見える。

 閉じられた場所から、外へ出る。

 それは追い詰められたからでもあるが、同時に、最初から必要だった広さへ戻っていくことでもあった。


 泰雅は小さく笑った。

 「会議室、負けてませんよ」

 誰にともなく言う。


 返事はない。

 その代わり、役場の床下のどこかから、ごく微かな風の音がした気がした。



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