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アクマテキ  作者: なん
二章
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『血発』

 揉短は絶望した。絶望するとはこういう事を云うのだと悟った。


 陀付の特性はテレポートではなかった。本当の特性は恐らく複製。

 調べたカメラの映像はどれも鮮明なものは無く、一体が隠れ別の一体が出てきた映像を見てテレポートだと断定した。


 デーモン探知機の反応も見たのだがデーモン探知機は範囲が小さい。範囲を外れた瞬間別の陀付が離れた探知機に反応したと考えれば納得がいくか。

 いくら時間が無かったとはいえ熟考して特性を判断したのだ。まるで陀付が考えて特性が分裂だと悟られない様に行動したとしか。


「あーーーデーモンって意外と頭良いんですよね」


 唐突にそんなことを云う伊達寺。そんな事は聞いたことも感じたことも無い。

 デーモンは人を襲う化け物で人を欺くなど……。

 揉短は多くの経験をしてきたのだ。

 今まで沢山の苦労をしてきたし努力もしてきた。

 自分は器用な方だが努力は怠らなかった。常に上を目指したかったから。上を目指す自分が好きだったから。



 放逐官に成りたいと思ったのは高校三年生の時だった。

 勉強は出来るし公務員にでもなろうかと思っていたある日デーモンに襲われた。正直人生に面白味が無かったので何を思ったのかそのデーモンに立ち向かった。そして放逐してしまったのだ。

 自分の才能に酔いしれた。周囲はもてはやした。

 自分は特別な存在だと知った。一般人がデーモンを放逐するなど稀有な事象だ。

 放逐官に成って英雄になってちやほやされたい。そんなことを考えていた気がする。


 放逐官に成って様々な功績を挙げた。

 実力のない人間は可哀想だと思った。才能のない人間は可哀想だと思った。

 才能が無ければ努力しても実力に還元されない。

 家が貧乏だった自分は家族を楽にさせようと父の裁縫を手伝った。しかし裁縫の才能が無く躍起になって努力したが結局上達しなかった。才能が無いならやめて出来ることを伸ばした方が良い。

 他人を見下した事もあった。実は昔はヰ丁班長を寒い目で見ていた。年の割に出世していない、放逐官に向いてないおじさん。

 まあ調子に乗っていたわけだ。自分は才能があると思っていたから。

 直ぐに第三種放逐官に成った。

 数日後に幻想はぶっ壊れた。


 死にかけたのだ。

 第三種級デーモンだった。予定通りに放逐出来る筈だった。

 実力を過信した自分が勝手に突っ込みフォローに入った仲間が死んだ。

 自分も死んだと思った。

 デーモンの鋭い爪に八つ裂きにされる。

 直前に助けが来た。

 ヰ丁班長だった。当時は未だ自分より階級が低かったヰ丁班長が第三種級デーモンを放逐した。満身創痍だった。


 ヰ丁班長は毎日トレーニングをしていて日課のランニング中に援護に来てくれたらしかった。

 今でも思い出す彼の太刀筋。洗練され鍛え上げられたワンアクション。彼の階級が低いのは自分の実力を過小評価して階級の低いデーモンばかりを放逐しているから。

 実力を疑い驕らず努力を続ける。

 どれだけ歳を取ろうとどれだけ若い者に抜かされようと努力を止めない。

 才能だなんだは努力を諦める言い訳だ。苦手なことはどれだけやっても苦手なまま。そう思い込んで俺は諦めていただけだった。逃げていただけだった。


 ヰ丁班長のお陰で目が覚めた。目を背けなくなった。

 それから死に物狂いで努力した。毎日トレーニングをした。知識をつけた。経験を積んだ。調子に乗る自分をぶん殴った。

 努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して努力して。

 第二種放逐官に成った。班員を持った。

 遅れてヰ丁班長が第二種放逐官に成った。成ると思っていた。確信していた。彼は諦めなかったから。

 実力を決めるのは努力の質量だ。

 俺はもっと上に行く。努力をすれば何処へだっていけることを、何にだって成れることを証明する。才能が無いからと諦めている人の標と成る。

 だからこそ。


「こんなとこで死んでられっかよ……!」


 刹魔を握り締める。

 ヰ丁班長を見る。彼は諦めてなどいない。


「ヰ丁班長ォ。あれやりますか」


 ギラっと笑う。


「やむを得ないな」


「大丈夫です。ヰ丁班長が制御ミスっても絶対俺が止めますから。……あなたは必ず生きて帰らなければならないから」


「そうだな。死んだら女房に殺されてしまう。子供にも泣かれてしまうな。絶対に生きて帰る。其の為に使う」


 意を決した。十五体の陀付達を全て睨み付ける。

 漏れなく放逐する。確実に。

 十五の陀付が砲弾の如く一斉に突進してくる。


 ド!ド!ド!ド!ド!ド!——。


 地面が幾度も爆散し大きな土煙が生まれる。

 辛うじて避ける放逐官達。

 体勢を崩した一人に陀付達が近付く。

 恐怖一色の表情で後退る。


 バギチ。


 生物的な硬い音が響いた。

 陀付達が一斉に音の方向を向く。

 土煙が晴れ班長達の姿が露わになる。

 血を垂らした二人が刹魔を構えていた。

 使用者の血液を刹魔に与えて真価を引き出す機能。


「「血発(ぢっぱ)」」


 両者の刹魔が血を吸い刃の淵が紅蓮に煌めく。

 ヰ丁の刹魔の刃が八つに別れ浮遊する。

 揉短の刹魔の刃は煌々と輝く。

 二人の意志に呼応する様に紅蓮が一際輝いた。


「行くぞォ!」


「応!」


 二人の班長が突進する。

 絶望を打開する様に突き進む。

 ヰ丁の浮遊する刃が獲物の臭いを嗅ぎとった様に一斉に陀付の方向を向く。

 十五の陀付達は次々と突進し二人の班長を圧殺しにかかる。

 突進を一撃でもを受ければ必死。其れが十五。近付くのは自殺行為だ。

 ヰ丁も揉短も死の恐怖を忘れた様に嬉々として死地に飛び込む。


 七つの浮遊する刃が立ち向かう様に発射された。最後の刃はヰ丁の近くを浮遊している。

 高速で接近する陀付と刃。それらが交わり血を生む。

 四体の陀付が地面に打ち付けられ十一の陀付が迫る。


「左足!」


 ヰ丁が云いながら飛び退き揉短は陀付の突進の隙間を縫う様に身体を捻じる。


「ふっ!」


 すれ違いざまに陀付の左足を斬り付けた。


 斬!


 左足に五つの創が描かれ其の陀付は沈黙した。

 揉短の刹魔は『血発』することで不可視の刃を形成する。振るうことで同時に五つの斬撃を生むことが出来る。

 ヰ丁の『血発』は刃が分裂し自律して駆動する。一つ一つの刃が大きな殺傷力を秘めている。

 両者とも第二種級デーモンの素材を用いた第二種級の刹魔である。

 一気に計五体の陀付を沈黙させた。

 ヰ丁の刹魔は陀付の弱点と思しき部位を穿った。左足を穿たれた陀付が斃れたのを見て左足が急所だと判断した。デーモンは他の生物とは構造が違う。デーモンを放逐する為にはデーモンの急所を暴く必要が在るのだ。


 陀付達は残り十。放逐官は九。いける。放逐出来る。

 いきなり五体の仲間を失った陀付は動揺しているのかぴくぴく痙攣している。

 班長以外の放逐官達も体勢を立て直し後ろで構えている。


「打ち漏らしは頼んだぜえ」


 冷や汗が頬を伝う。

 先頭で数を削り残りを班員達に任せる。気に食わないが伊達寺は放逐に関しては頼りになる様だ。

 陀付の数の力は脅威だが一体一体の力はそこまで高くない。

 ド!一斉に突進する陀付。

 陀付は執拗に突進を繰り返している。攻撃手段が其れしか無いのかも知れない。

 ここで揉短は伊達寺の「デーモンは意外と頭が良い」を痛感することになった。


 八つの刃を発射するヰ丁。

 不規則な軌道で弾丸の如く駆ける。

 陀付達と交わる寸前、陀付達が一斉に躱した。

 十の陀付達が全て違う避け方をした。それぞれが邪魔にならない様に避けたのだ。


「なっ!?」


 戦慄する放逐官達。

 ヰ丁の刹魔の軌道を学習してお互いの妨げにならない様に躱した。


「成長してやがるのか」


 躱した勢いのまま六体の陀付が班長を跨ぎ後ろの班員たちに飛び掛かった。


「不味い!ヰ丁班長!」


「分かってる!」


 飛行する刃が方向転換し後ろの陀付達へ突進する。

 目の前には二体の陀付。ヰ丁班長の前にも二体の陀付が立ちふさがる。


「どけよ」


 揉短が刹魔を振りぬく。

 左足に刃が当たる寸前に自身の右足で庇う。


「はあ?」


 傷付いた足を軸にして左足で回し蹴りを見舞う。

 咄嗟に刹魔を挟み込み致命傷を防ぐ。

 衝撃が走り骨が軋む。

 勢いを殺しきれず吹き飛んだ。


 硬い地面を転がりながら受け身を取る。

 もう一体が既に接近しており咄嗟に構えた。

 上半身を捻じり短い両腕を交互に叩き付けてくる。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!


 白い腕と赤い刃が激突する。

 単純な攻撃だが速度が尋常じゃない。いなすことも叶わず唯受ける事しか出来ない。

 このまま受け続ければいずれ圧し潰されて死ぬ。

 必死に耐える。

 回し蹴りを行った陀付が揉短に接近する。


 二体に挟まれれば即死だろう。ヰ丁班長も二体の陀付に攻撃を受け徐々に傷を負っている。

 ヰ丁の飛行する刹魔の軌道を完全に読み切った陀付達は完璧に避けつつ攻撃を仕掛けてくる。

 ジリ貧だ。

 逆転の目は無い。

 班員達は六体の陀付に袋叩きに遭っている。

 六体で一人を狙いいとも簡単に圧殺していた。


 このままでは此方の人数が減りどんどん不利になる。まして陀付は成長していく。長引くほど全滅の可能性が大きくなっていく。

 ヰ丁班を全員潰し終わった陀付は伊達寺に照準を定めた。

 四人の放逐官の抵抗の甲斐あって二体の陀付を放逐していた。だがこの場にいる放逐官の数は六、デーモンの数は八。四体の陀付は班長を攻撃しているので残りの四体を揉短班員二名、田擦、伊達寺で放逐しなければならない。


 生き残った揉短班員は二人とも第三種放逐官。田擦と伊達寺は第四種放逐官。

 無理だ。第二種放逐官が二体の陀付に嬲られているのだ。

 いくら反応が速くても第四種放逐官である伊達寺が四体の陀付の攻撃に耐えられる訳が無い。


 必死。必死。必死。必死。


 このまま死ぬのか。

 俺には夢が在る。特別な才能が無くても努力で特種放逐官に成り上がる。果てしないが諦められない夢。諦めなければ何だって出来ると証明したい。

 ヰ丁班長には家族がいる。怖いけど夫を愛している奥さん。やっと歩くことが出来る様になった子供。


 死ねない。俺もヰ丁班長も。

 まだあんたを超えてないんだ。ヰ丁班長。

 諦めたくない。生きることを諦めたくない。死ぬことなんか許容して堪るか。

 でも分かっている。諦めなければ何にでもなれると信じている。其れと同じくらい確信していることがある。実力がなければ試合で負ける。実力がなければ死合いで死ぬ。諦めるとか諦めないとか関係なく力がなければ死ぬんだ。


 二体の陀付の拳を受け揉短の身体は限界を迎えていた。

 朦朧とする意識。滲む視界。痛みに悶える皮膚、肉、骨。虚ろう瞳。

 死にゆく揉短は見た。

 それはまるで天が寄越したデーモンを殺戮する人形。

 起死回生の事象。

 伊達寺削鍬を囲む四体のデーモン。躰を捻じり放たれる高速の拳。

 四体の拳が激流となり伊達寺削鍬を覆う。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ!!!


 伊達寺削鍬は。

 其の尽くを弾いていた。

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