ハッピーエンド ①
「……なんか静かだな」
「そうね……」
「なのです……」
オタンコを見送ってから5分は経過しただろうか。 私たちが立つ塔の頂上からでは、すでに隕石の上まで回り込んだオタンコの様子はうかがえない。
それでもシャベルの打突で飛び散る隕石の破片もなく、真空を貫通して伝わってくるオタンコ特有の騒がしさが鳴りを潜めているのはかなり異常だ。
短い付き合いながらこの場にいる誰もが知っている共有認識が警鐘を鳴らす。 「あいつが黙っているときはろくなことが起きない」と。
「おいバカピンク! 何かあったなら報告しろ!!」
「一回降りてきなさい! もしくは顔を見せなさい、抵抗は無駄よ!!」
「なのですー!!」
《んん、モモ殿は信用されてないでござるな》
「ある意味これは……信頼されているともいうが……」
「戻ってくるのサ、ピンクちゃん!! 何か取り返しがつかないことが起きる前にー!!」
一番付き合いが浅いはずのヌルでさえあの認識だ、オタンコという人間のろくでもなさがよくわかる。
まあ、そんな人間に我々は命運を託してしまったわけなのだが……
「――――……?」
「ん……いや、後悔はしていない……我々が登っていたら、ケチがついていたからな……」
神を形作る人間を守れ、神に仇成す人間を殺せ。 私たちの中にはいまだその二律背反の使命が渦巻いている。
もしこの矛盾を抱えたまま、隕石の上に立っていたら何をしでかしていたかわからない。 やはり人類の行く末は人類が決めるべきなのだ。
何より私は、こんな出来損ないの私たちを最後の最後まで見捨てようとしなかったあのオタンコが作る未来が見たかった。
「だのにあいつは何やってるんだ……オタンコォ……」
「――――……」
「ん……? ああ、何か落ちてきたな……」
隕石の上から投げられ、私たちの足元にガランガランと音を立てて“それ”が落ちてくる。
柄の部分からバッキリ90度以上折れ曲がったそれは、たしかオタンコが隕石へ乗り込む前に託された……
「ごめんなさーい!! 壊しちゃいました、ウォーちゃんのスコップ!!」
「な゛の゛で゛す゛ー!!?」
――――――――…………
――――……
――…
「あわわわわどうしようどうしましょう、絶対怒ってますよウォーちゃん……」
「ぽっきり折れてましたからね、シャベル」
つい手を滑らせてしまったけど誰にもあたってないみたいでよかった、いやよくない。
隕石を削るためのスコップがダメになってしまったんだ、もう時間もあまり残されていないのに。
「くぬぬ、こうなったらまた素手で……!」
「いえ、今までの手ごたえからしてこの隕石は外殻よりも堅いです。 モモセさんの腕では時間切れが先になるかと」
「じゃあどうしたら……!」
「――――バカピンク!! 受け取れェ!!!」
「むっ、ラグナちゃんの声!?」
たしかに聞こえた、怒り半分呆れ半分入り混じったラグナちゃんの声が。
呼ばれた方へ反射的に走り出し、隕石の端まで到達すると、舞い散る石の欠片を弾き飛ばしながらなにかが飛んできた。
思わず受け止めた衝撃であやうく身体が明後日の方向に飛んでいきそうなほどの重み、ジンジン痺れる掌で掴んだのは私の背丈に並ぶ長さのでっかいハンマーだ。
「こ、これってラグナちゃんの……!?」
「ウォーの貧弱な武器じゃ持たねえ気はしてた、そいつを貸してやる! 思いっきりぶん殴ってやれ、楔は打ち込んであるだろ!!」
「お前ー!! 誰のシャベルが貧弱で軟弱なのですか、あれは私の身長でも取り回しやすい特別誂えで……!!」
「だぁーうるせえ! ンなお気に入りならあいつに託すんじゃねえよバカ!!」
「喧嘩するんじゃないわよバカどもォ!! ってかちゃんと聞こえてるのよねこれ!?」
「っ……! はい、大丈夫です! 聞こえてます!!」
この宇宙の中、どれだけ距離があってもラグナちゃんたちの声を聞き逃すわけがない。
彼女たちは私に託してくれたんだ、ここで決めなきゃあの世で師匠にも顔わせできない。
「……ところでロッシュさん!!」
「はい、なんでしょうか」
「楔ってなんのことでしょうか!? 心当たりがありません!!」
「さすがモモセさん、期待を裏切りませんね。 では後ろを振り返ってみてください」
「ありがとうございます! って、後ろ後ろ……」
言われた通りに振り返ってみると、そこにはこれまで私がスコップで傷をつけてきた痕跡が残っている。
壊れる限界まで酷使して隕石を掘ってきた痕、そこにテオちゃんが撃ち落とした小粒隕石がめり込んで小さなヒビも刻まれている。
そして点々と刻み込んできたヒビを視線で辿っていくと、それは円を描くようにこの隕石の上をぐるりと一周している。
「……あ……そういう?」
「お察しの通りでございます。 あれらが楔、トドメの一撃はどうぞそのハンマーにて」
「はい、わかりました!!」
ピンと来たらこっちのものだ、ラグナちゃんから託されたハンマーを振り回して思いっきり助走をつける。
目指す場所は1つ、この隕石を囲うヒビのど真ん中。 私が知らない間に準備は終わっていたんだ。
ひび割れて脆くなったところに強い衝撃を与えれば、あとはヌルちゃんが開けた穴にすっぽり収まる様にこの隕石はくり貫かれる。
「ロッシュさん、真上に足場作れますか!?」
「足場ではなく障壁なのですが……まあ、お安い御用です」
「ありがとうございます!」
ロッシュさんを信じて思いっきりジャンプして空中で体を反転させると、見えない壁が足の裏に触れる。
これで宇宙の彼方にすっぽ抜けることもなく飛びこめる、私が持てる全力の力で。
「万が一にでも粉みじんにならぬようこちらで威力は逃がします、モモセさんは何も考えずハンマーを振るってください」
「最高ですロッシュさん! 終わったらデラックスジャンボデリシャスグレートパフェ奢っちゃいます……ねッ!!」
障壁を足蹴にして、急降下。 手にしたハンマーにすべての力を込めて――――叩きつけた。
ビリビリと隕石全体の振動が走るのが伝わってくる。 同時に打ち込んだヒビから亀裂が広がっていく感覚もだ。
準備時間は10分しかないぶっつけ本番、成功するかもわからないし成功してもそこから先どうなるかわからない。 それでも私たちは一番いい終わり方を願ってこの方法を選んだんだ。
やがてハンマー越しに伝わってきたバキリという感触を最後に、最後の賭けは終わる。
たぶん10分という制限時間は過ぎたはずだ。 どうなったのか、目を開けるのが怖い。
「……モモセさん。 大丈夫ですよ、モモセさん」
「ろ、ロッシュさん……どうなりましたか?」
「ええ、成功でございます。 見事、巨大な隕石はすっぽりと収まってしまいました」
ロッシュさんの拍手を聞きながら、恐る恐る目を開ける。 足元は何も変わっていない、ハンマーを中心に大きなクレーターができただけだ。
ただ上を見上げると、ドーナッツみたいな穴をあけた隕石の外側だけがプカプカと宇宙に浮かんでいた。
「う、うわー……! すっごい綺麗に引っこ抜けましたね! あれはあれで放っておいて大丈夫ですか!?」
「まあ、じきに亀裂が広がって自壊するかと。 少なくとも惑星に墜ちて人類滅亡、という可能性はなくなりましたね」
「ってことは……やったー! やりましたよみんな、ヌルちゃんも見てますかー!」
作戦は成功だ、嬉しくってハンマーを振り回しながら隕石のフチまで走って下を覗き込む。
ヌルちゃんたちにも成功が伝わったのか、塔のてっぺんで思い思いに喜んでいるところが見下ろせた。
よかった、全員無事だ。 これで万事解決……で終わったなら、どれだけよかっただろう。
喜ぶヌルちゃんたちの足元に小さなヒビが見える。
それは頭上に浮かぶ隕石の抜け殻と同じように、ビキビキと彼女たちの足場を侵食していった。