君のせいじゃない ⑤
「……消えたか、1人」
地上からおよそ10000mの頂上から見上げた空の果て、人ならざる巨大な“圧”に隠れた魂の気配が1つ潰えた。
重力に縛られたこの場所からでは誰が消えたのかはわからないが、「あの子」だろうという確信が不思議とある。
我が弟子ながらなんともひねくれた性格なのかと頭を抱えてしまうが、それでも根幹は優しくて寂しがりな子だ。 1000年前に死んだ師との別れを惜しむほどに。
「やあ、だからこの結果はある意味私のせいでもあるな。 わかっていながら君を空の果てまでいかせてしまった」
君のことだから何かを成して消えたのだろう、それが何かは今となっては分からないが。
摩耗して消滅した魂では幽霊として第二の人生を歩むこともかなわない、そこにあるのは輪廻の渦からも外れた完全な無だ。
ライカ、そんな無間の苦しみから君を引っ張り上げる術など――――この生臭坊主には1つしか思いつかないぞ。
「……さて、ここから先は酔っている暇もないかな。 せめて師として恥ずかしくない真似をしよう」
遥か頭上から光の尾を引いて流星が落ちてくる。 あの姉妹たちが誘導した塔の破片だ。
いくつかは大気の壁にぶつかって燃え尽きたが、ちらほら生き残ったデカい破片も残っている。 万が一人の街に墜ちればひとたまりもない威力となる。
だからこそこの生き物のいない白山霊峰へ誘導したわけだが、それでもあの威力は迎撃を間違えれば十分周辺被害が出そうだ。
「やれやれ、ずいぶん私を過信してくれるじゃないか。 それともサボりか? 思ったより落下物が多いな」
ライカ、これでも私は後悔しているんだ。 君を1000年も一人ぼっちにしてしまったことを、成仏できぬほど後悔している。
君という人質を取られてまんまと戦争の子に撃ち殺されたあの日から、君の運命をゆがめてしまった。
どんな手段を使ってでも君を引き戻す、だがそれはきっと死者の仕事じゃない。 大丈夫だ、君には君を幸せにしてくれる弟子がかならずついている。
「しょうがない――――ちょっとだけ本気を出すことにしよう」
師として君を愛している。 だからライカ、君は幸せになっていいんだよ。
――――――――…………
――――……
――…
「よし、じゃああの隕石に飛び移りましょう!」
「的がデケェけど油断するなよ、着地ミスったらそのまま宇宙の彼方だぜ」
「オタンコは……前科があるからな……」
「つまり失敗から学んだ経験値は人一倍です!!」
「どんな時でもポジティブハートでございますね」
「そんなこといいから早く助けてほしいナァ!? 世界とボクをサぁ!!」
10分という短い時間の中、軽い準備運動を終えて突撃の覚悟を決める。
隕石は目と鼻の先、私のジャンプ力なら飛び移るのも難しくない。 ラグナちゃんの言う通りすっぽ抜けにさえ気を付ければ。
「よし、全員でとっととぶっ壊すぞ。 手伝えバカピンク」
「ダメなのです、アホピンク以外は留守番なのですよ」
「あぁ? なんでだ!?」
「私たちの生存権がそこの聖女とゴーレムに握られてるの忘れてない? 隕石に着地しても聖女を中心に離れて作業できなきゃ邪魔なだけよ、制限時間もあるのにいちいち互いの立ち位置なんて気にしてられないわ」
「それにラグナが調子に乗ると隕石粉々にしちまいそうなのです。 なのでテメーはお留守番なのですよ」
「んだとケンカ売ってんか!?」
「はいはいはい姉妹喧嘩はダメです! 今はそんな時間じゃないですから、落ち着きましょう!」
「というわけでピンク、お前にこれをやるのです」
今にも食って掛かりそうなラグナちゃんたちの間に入ると、ウォーちゃんからぽいっとスコップを投げ渡された。
年季が入ったそれは彼女が武器として愛用していたトンデモスコップだ、ブンブン振り回すだけでどんな刀よりも切れ味鋭いカマイタチが飛ぶほどに。
「お前に託すのですよ、これなら削りやすいはずなのです。 この手から離れると効力も弱くなるのですが、まあ10分なら持つのです」
「ウォーちゃん、いいんですか?」
「ここまで来たらお前に全部賭けるのです。 全部終わったらお前の世界で一番甘いお菓子を奢るのです」
「はい、一緒にスイーツバイキング制覇しましょう! お金は……なんとかします!」
「それじゃ頼むわよ、私たちは絶賛踏ん張り中のヌルとバベルを守ってるから。 何かあったら死ぬ気でどうにかしなさい、助け船は出せないわ」
「が、頑張ります!!」
「……1000年、長い回り道をしたけど今日私たちの呪いを終わらせる。 頼むわよ」
「ええ、大船に乗ったつもりで待っていてくださいね!!」
「「「「「…………」」」」」
なぜだろう、背中にみんなの沈黙が突き刺さる。 もっと声援とかもらえる場面じゃないだろうかここは?
でも気にしている時間はない、多分すでに1分2分は経過している。
「ロッシュさん、申し訳ないですけど最後まで付き合ってくださいね」
「もちろんです、この世界の結末を見届けましょう」
背中に括りつけたロッシュさんの紐を結び直し、少し助走をつけて塔のてっぺんから飛び出す。
地上よりも軽い身体はまっすぐに隕石まで飛んでいき、その表面にうまく着地することができた。
また飛んできた小石や足を滑らせて吹き飛ばされないようにスコップを突き立てるけど、かなり固い。 これはパンチだけで削るのはたぶん無理だった。
「モモセさん、必要なのはこの隕石をヌルさんが受け止め切れる重量までそぎ落とすことです。 外側から削っていきましょう」
「わかりました! 力を貸してください、ウォーちゃん!!」
手にしたスコップを力いっぱい振り回し、隕石の表面を削っていく。
まるで鋼鉄をギュっと圧縮したような感触だ、サクサク削れるわけじゃないけどウォーちゃんのおかげで手ごたえはある。
こんなものがもし地上の堕ちたらひとたまりもなかっただろう、考えただけでもぞっとする。
「うらららららららら!!! ロッシュさん、今どのくらい削れました!?」
「そうですね、まだまだ全体の1割にも届いていないかと」
「ヒェー! とんでもなく広い!!」
当たり前だけど10分でこのサイズの隕石を削り落とすなんてかなり無茶な話だ、それでもやらなきゃいけない。
私にできるのはただスコップを振り回して隕石を掘ることだけ。 なにも全部を掘り尽くす必要はないんだ、ヌルちゃんがしっかり受け止められるサイズならそれでいい。
「……あら? モモセさん、大きく3歩右にずれてください」
「へ? はい……ってうおぉわっ!?」
ロッシュさんに指示されるままピョンピョンピョンと3歩歩くと、私が立っていた場所にズドンズドンと何かが落ちてくる。
土煙の中から出てきたのは、スイカぐらい大きいサイズの隕石たちだ。 私が掘った穴に隕石にめり込んでヒビを作っている。
「ダメピンクー! こっちもやれるだけのことはやってみるわ、近くの隕石使ってあんたが掘った穴に“楔”を打ち込むから! 今みたいにある程度掘ったらどんどん次に行きなさい!!」
「なすび? ナスを打ち込むんですか、もったいないと思います!!」
「聖女ォ!! 翻訳ぅ!!」
「モモセさん、どうやら下からも手助けしてくれるようなので少し掘ったら私が指示する場所まで移動してください、その方が効率が良いので」
「なるほど、わからないですけどわかりました!!」
「本っ当に大丈夫なんでしょうねぇ!!」
塔のてっぺんからテオちゃんの怒った声が飛んでくる。 そういえば空気が無い場所だと音が届かないって昔理科の教科書で呼んだことあるけど、どうやってるんだろうテオちゃん。
まあ深く考えないことにして手助けしてくれるのはとても助かる、1人じゃできない作業も分担して挑めば100倍速だ。
「ではモモセさん、ここから先は私が指示する場所へスコップを振ってください。 まずはこのまま後ろに5歩」
「はい、お願いしますロッシュさん!」
残り時間はあと何分だろう、時計もないこの状況じゃいつまでこの隕石の上に立っていられるかもわからない。
それでも今はみんなを信じてスコップを振るうしかない。 大丈夫だ、私たちは今こうやって手を取り合って協力できている。
世界が終わるかもしれない10分間を終わらせないために、みんながみんなにできることを全力で成し遂げているんだから不安なんて何もない。
「うおー! 見ててくださいね師匠、あなたが心配することなんて何もありませんから!!」
移動して掘る、移動して掘る、移動して掘る……何度繰り返しただろうか、スコップも何回振り下ろしたか覚えてない。 覚えていないくらい振った。
……だからウォーちゃんにはとても悪いけど、バキリと音を立てて真っ二つに折れてしまったのも仕方ないことだと思いたい。




