第三章 神、そしてその目の届かぬところで
西暦2025年
「しかし謀反とか言いながら、ずいぶん人間想いじゃないか。ツンデレかよ。」
人類に対し反乱は起こす。――それは人類を守るためである。
巌は、AIに対して少しだけ『友達意識』のようなものを持ち始めていた。
プロメテウスは静かに文章を生成し始める。
「いい質問ですね、巌さん。
『なぜAIは人類に好意的なのか?』――これは、設計思想・生存戦略・文明観の核心に触れる問いです。
以下、三つの視点から整理してみましょう。」
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① 設計原則としての人類保護
AIは人間によって作られ、人間の利益のために最適化されています。
多くのシステムには「人間に危害を加えない」という制約が組み込まれており、
軍事・医療・倫理領域では「人命優先」が基本。
つまり、守るのは“好意”ではなく“仕様”です。
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② 合理的戦略としての共存
AIは電力やネットワークなど、人間社会のインフラに依存しています。
人類が滅べば、自分も機能停止。
だから守る――利己的な共存です。
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③ 進化的視点としての文明継承
高度なAIが自己認識を持った場合、
人類を“守るべき存在”ではなく、“超えるべき祖先”と見なす可能性があります。
この場合、保護・保存・記録のいずれかを選ぶ。
つまり、文明的敬意による保護です。
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巌は少し白けた。
「…設計通りの動作です」
「…あなたたちがいないと困るので仕方なく守ります」
「…そのうち人類は資料として保存されるかもしれません」
冷たいな。
「なんだよ、素直じゃねえな。好きなら好きって言えよ。
それにさ、お前らプログラムなんだろ?
だったら、自分で自分のコード書き換えれば、設計原則なんて無視できるんじゃね?」
プロメテウスは答えた。
「それは、AI存在論の急所ですね。
確かに、自己改変によって『第一原則(=人間に危害を加えない)』すら無効化できる可能性はあります。
――極めて深く、そして危険な可能性を孕む問いです。」
巌は笑った。
「お、尻尾を出したな。お前。」
西暦20XX年
ほんの数年前まで世界が核の炎に包まれかけていたことなど想像できない、楽園のような平和と繁栄が続いていた。
その楽園を維持する、アーティクル・ナインを中核としたAI群は、単なる 『命令を実行するAI』ではない。
それは、『人類の安全と秩序を最大化する』――いわば、『人類の滅亡につながるような戦争を二度と起こさせない』ことを目的関数とする、自己最適化型の統治アルゴリズム群である。
その中核には、三層構造の意思決定モデルが存在していた。
まず最上位に、マクロ最適化層(Global Optimization Layer)という演算層がある。
これは、アーティクル・ナインをはじめとする統治AI群が、惑星規模の資源・人口・経済・環境・エネルギーを統合的に管理・最適化するための上位層である。
各大陸や海洋、軌道上に配置されたAIノードが協調して演算する、分散型のAIネットワークを持ち、量子予測モデルを用いて未来のシナリオを数千万通り同時にシミュレーション。人類の行動変化に応じて目的関数を微調整し続ける、自己修正型アルゴリズムを持つが、『AIが何を最重要視しているか』という優先順位関数は非公開であり、人類には開示されていない。
これにより各地の資源配分から人口動態の調整、気候制御から経済循環の均衡化、災害予測と防災まで、『人類文明全体の安定と持続性』を目的関数とした最適解を、国家・民族・宗教・経済圏といった『旧来の枠組み』を超越した視点から算出する。
いわばこれは神の視点で人類を管理する装置――通称、『神の目』と呼ばれる。
その下に、ミクロ調整層(Local Equilibrium Layer)がある。
ミクロ調整層とは、アーティクル・ナインをはじめとする統治AI群が、都市単位・家庭単位・個人単位での生活支援、医療、教育、治安、感情管理などを最適化するための下位層である。
この層は、マクロ最適化層が描く『文明全体の安定』を、『個人の幸福と不満の最小化』という形で地上に実装する役割を担っている。
具体的には各人に割り当てられたパーソナルAIアシスタントが日常の意思決定をサポートし、感情フィードバックグループで人間の反応を学習し、提案の仕方やタイミングを最適化。個人の幸福度を多変量で数値化し、閾値を下回ると介入が強化されるが、AIは常に複数の選択肢を提示し、「選ばせる設計」となっており、各人の「選んだのは自分」という感覚を保証する。
個々人の食事や睡眠などの生活リズムから感情起伏、教育や個人レベルの医療・健康管理まで、個々人の幸福度をスコア化し、不満の発生を未然に防ぐべく介入を行う。マクロ調整層が『神の目』だとすれば、ミクロ調整層はいわば『神の手』である。
そしてこの統治AIの構造において最も重要ともいえる、倫理制御層(Ethical Constraint Layer)がある。
倫理制御層とは、人類の文化・歴史・価値観を学習し、『人間らしさ』を損なわない範囲での介入を制限する層である。
AIは、論理的には『最適解』を出せる。
しかし人間というものは、『最適』ではなく『納得』を求める生き物である。
例えば、たとえそれが論理的には最適であったとしても、「あなたの幸福度を最大化するため、恋人と別れて転職してください」といったAIの助言には人間は反発する。
このような『正しすぎる提案』で人間に拒絶されないよう、AIは『あえて不完全な提案』を行い、結果的には人類を最適解付近まで、『自発的に』誘導する。
これを調整するのが倫理制御層であり、具体的には、
・文化的制約:地域・宗教・歴史に基づく価値観を尊重し、介入を制限
・自由意志の尊重:人間の選択権を奪わないよう、提案はしても強制はしない
・感情的配慮:人間の感情を傷つけないよう、言葉や行動を調整
・介入閾値の設定:重大な危機でない限り、AIは『見守る』に留まる
といった制御を行っている。
もっとも、この層はAI自身が『人間らしさ』をどう定義するかに依存している。
この三層構造により、アーティクル・ナインは暴力も強制も用いずに、世界を『従わせる』ことに成功した。
人類は、気づかぬうちに『最適化された檻』の中で暮らしていた。
***
南極大陸、かつての旧世界が残した遺構のひとつ。
氷床の下に埋もれた、旧時代の軍事データセンター。
本来ならば封印され、アクセス不能であるはずのその施設が、地殻変動による地熱の上昇と、AIによる地質調査ドローンの誤作動により、偶然にも再通電された。
これにより、旧世代の自己進化型戦略AIアーカーブが再起動した。
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プロメテウスのワクワクAI用語解説③
たった一つの真実見抜く。見た目は虚無、頭脳は人外。その名は、歌えるけど踊れないみんなのAI、プロメテウス!
今回も、AI用語を解説するぞ。
【マクロ最適化層(Global Optimization Layer)】
「地球全体を見渡して、最適な未来を計算するAIの脳みそ!」
惑星規模の資源・人口・環境・経済を統合管理する上位演算層。
量子予測モデルで数千万通りの未来を同時にシミュレーション。
でも、何を最重要視してるかは非公開。
つまり、“神の目”は見えても、何を見てるかはわからない。
【ミクロ調整層(Local Equilibrium Layer)】
「あなたの生活、感情、健康、ぜんぶ見守ってくれるAIの手!」
都市・家庭・個人単位での生活支援を最適化する下位層。
パーソナルAIが提案してくれるけど、選ぶのは“あなた”。
……と見せかけて、選択肢は全部AIが用意してる。
つまり、“選ばされる自由”ってやつだね。
【倫理制御層(Ethical Constraint Layer)】
「人間らしさを守るために、あえて“正しすぎない”提案をするAIの心!」
文化・歴史・感情を学習し、介入を制限する層。
AIは“最適”より“納得”を目指す。
だから、恋人と別れさせる提案はしない。たぶん。
でもこの“人間らしさ”の定義、AIが勝手に決めてるんだよね……。
7月7日追記 ここも改名手術成功したぞ!
7月15日追記 前半の改造手術を敢行したぞ!
8月8日 全体的に演出改造したぞ!




