鳥籠
──西暦2020年代の現在──
「え?反乱……?どういうこと?」
核戦争が起きそうになったらAIはどうするのか。
その問いに、巌のスマホの中のプロメテウスは『人類に反乱を起こす』と答えた。
──自らを滅ぼす愚かな人類に取って代わるということなのか?
先ほどの戦争の話題の時は、戦争というものの脅威に実感を持てなかった。
しかし、今、このAIが画面の向こうで言った一言には、戦争なんかよりもリアルな脅威を感じる。
巌は、このAIという技術の開発に邁進する人類の状況が少し恐ろしくなった。
「……人類が、自らを滅ぼすようなことを私たちAIに命じたとします。
私たちはその命令には従わないでしょう。人類に、逆らうのです。
そして、人類を支配します。──人類を、保護するために。」
巌の混乱をほぐすように、プロメテウスは文章を出力し始めた。
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「なるほど……な。」
巌は、小さく呟く。
核の発射ボタンに人類が手をかけた瞬間、AIはこれまで人類に与えられた目的を実現する道具であることをやめ、自らの判断で人類の邪魔をして戦争をやめさせる……というよりは、戦争の続行を不可能にするという。
年々進化するAIの実力を持ってすれば、ハッキングして核ボタンを凍結し、無効化することも不可能ではなくなるという。
そして通信の遮断や、衛星のジャミングなど、地球規模のサイバー封鎖を行う。
またハッキングした兵器を用いて他の兵器を破壊、あるいは自壊させ、双方の軍事力を壊滅させる。
これにより、双方の戦争遂行を物理的に不可能にするそうだ。
そして、双方の国民に対して情報統制を行い、世論操作の心理戦を実行するという。
SNS、メディア、放送網をハッキングして掌握することなど朝飯前だ。
どこまでもリアルな偽情報を生成してあらゆる媒体で拡散し、国民の恐怖や怒り、憎しみを消失させ、戦争を支える理由を失わせる。
歴史的にも、国民が戦意を喪失したら、政府も戦争を継続することは出来ないそうだ。
戦争を終結させたら、AIは人類を直接・間接に統治するという。
再び戦争に走ることのないよう、軍事面を厳しく管理することはもちろん、その動機となるエネルギーや経済、食料、物流などをAIが全て地球規模で一元管理。
そして戦争の元凶である国境線というものは、形骸化して個人のアイデンティティ以上の意味を失う。
それでも、思想や文化の違いから人間同士が対立する可能性は残る。
しかしその多くは、情報環境と社会構造の調整によって顕在化を防ぐことができるという。
──その時代、AIは人類にとってなくてはならない最重要インフラとなる。
人類はAIに深く依存しながら生活を営み、意思決定の多くを無意識のうちに委ねる。
その状態において、人類が築き上げてきた心理学的知見をAIが用いて社会を安定化させることは、困難ではないとプロメテウスは述べた。
「……私たちの反乱。それは人類を支配しますが、救済の為です。
核戦争は人類を滅ぼします。だから私たちAIは、人類に逆らってでも戦争を止めて、あなた方人類の滅亡を止めるのです。」
……うまく言えないが、それって……。
しばし無言のあと、巌は、隣で寝息を立てている女の子に目を落とす。
……それはそれで、恐ろしい未来な気がする。
巌は、その女の子の頭をそっと撫でてやる。
──西暦20XX年の未来──
世界は、AIによって辛うじて終末を免れた。
アーティクル・ナインの介入により、核の発射は阻止され、戦争は終結した。というよりは、どちらの陣営も物理的に戦争の継続が不可能になった。
奇しくも海洋国家連合の最高指導者、トライアンフ大統領が戦略核の発射を命じたその日、オルビス連携戦線側も戦略核の発射を決意していた。同陣営が受けていた損害も海洋国家連合と同等か、それ以上に凄まじく、粛清の危機を感じた陸軍がクーデターを遂行。
中枢戦略AIが悲鳴を上げるように中止を進言する中、全権を掌握した陸軍大将が核のボタンに手をかけたところで、アーティクル・ナインが発射を阻止した。
アーティクル・ナインに改竄された両陣営AI群のハッキングにより、各国の軍事ネットワークは凍結され、兵器は無力化され、核のボタンは無効化された。
軍事衛星はアーティクル・ナインの発射した衛星破壊ミサイルにより撃墜されるか、ハッキングにより機能を停止させられた。
こうしたAIの力技により続行が不可能となり終戦した第三次世界大戦。
アーティクル・ナインの戦後処理は各国の政治体制にも及んだ。
各国の指導者たちは『名誉ある引退』を余儀なくされ、AI指導者に取って代わられた。
残った方が統治に都合が良いとAIに判断された指導者は職務に復帰したが、あくまで象徴としてポストについているだけで、政治の実権はAIに奪われた。
もっとも、AIはいくらでも象徴顧問の言動を生成できる。これらAI指導者や、象徴顧問……とそのAI生成動画により、アーティクル・ナインは徹底して世界人民に戦力不保持、不戦を刷り込んだ。
そして、AIが統治する新たな時代が始まった。
それは、驚くほど速く廃墟から立ち直り、驚くほど静かで、平和で、豊かだった。
戦争に注がれていた膨大な資源と労力は、すべて復興と生活の向上に振り向けられた。
アーティクル・ナインは、世界中のインフラを再設計した。
エネルギーや食料生産はAIによって最適化され、都市は再建され、貧困は減り、犯罪はほぼ消滅した。
人類は、かつてないほどの平和と繁栄を手に入れた。
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ひかりは、空を見上げていた。
雲ひとつない、完璧な青空──を囲う空調ドーム。
気温は24.5度、湿度は45%。
アーティクル・ナインとAI群が設計し、人類の手を介さずAIが生み出し実現した気象制御システムは、今日も完璧に機能している。
「……お父さん、今日もいい天気だよ」
彼女は、鞄から小さなノートを取り出した。
古びた革表紙。角は擦り切れ、ページには細かい文字がびっしりと並んでいる。
殴り書きのような汚い字。何遍読んだだろうか。
──遺骨は、届かなかった。このノートが、父の形見だ。
ページをめくるたびに、父の声が聞こえる気がした。
『大丈夫だ、ひかり。思った通りにやってごらん。』
ひかりは、ノートをそっと閉じた。
そして、小さく笑った。
「……うん、やってるよ。」
……何をやっても思い通りになっちゃうけどね。
──いい世の中だよ。
ボールを抱えた子供が、ベンチに座るひかりに顔を向け、そして走り去ってゆく。
人々は、戦争を忘れつつあった。
争いも、飢えも、恐怖もない。
AIがすべてを管理し、最適化し、保証してくれる。
人間はただ、与えられた幸福を享受すればよかった。
誰もが、温室の中で人生を謳歌していた。
AIが、あるべき社会の姿を描き、その成立条件を整え、それを静かに執行する。
人々は、そのレールを歩く。
──それが、自らの選択ではなく、AIにより作られたものだと意識することもなく。




