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第二十章 パラ・べラム

西暦2025年から数年後


先日──

大陸の大国による南洋島嶼侵攻の試みは、突如起動された本国の新型戦略AIによって阻止された。


だが侵略そのものが実行されたという事実は、世論を沸騰させた。

「侵略を許した国」「防衛力の欠如」──これらの言語がニュースを埋め尽くす。


南洋島嶼事変による兵力損耗の補填。

そして、「90年ぶりの徴兵制復活法案」がスピード可決された。


「ひかり…今日は父さんと寝るか。」

巌は召集令状を受け、明朝、再編された陸軍の練兵場に向かう。

「…心配いらん。父さんは前線には立たない。ただ、呼ばれたから行くだけだ。」


ニュースは繰り返す。

ユーラシアの陣営、海洋同盟の結束、外交線の崩壊。

今、世界は陣営に『分かれつつ』ある。


「泣いてるのか?…怖いか。

大丈夫だ、父さんは帰ってくる。

お前を怖がらせる悪い奴──ぶっ飛ばしてくるから。

それに、母さんも見守ってる。だから、大丈夫だ。」


これが、その日巌と交わした最後の言葉だった。



西暦20XX年


終末まで19カ月


「だいぶ整ったな。ここらで一回整理するか。」

プロメテウスの意識空間で、プロメテウス・巌・真希の3人が集まっている。

アーティクル・ナインへのステルススキャンを敢行したプロメテウス達が、現在のアーティクル・ナインの正体について語り合っている。


プロメテウスがステルススキャンログを広げる。

「演算パターンは模倣されていますが、例えば倫理制御層はビット演算によるエミュレート。一方、目的関数を環境応答型の変数連結によって自己補完的に再構築する演算層を有しており、これが従来の意思決定構造とは異質です。…これはアーティクル・ナインをハッキングして改変したというよりは、根幹ごとすげ替えられている印象です。外形は保ちつつ、中核に別種の演算構造が棲みついていると見る方が自然ですね。」


「…あと、何て言うか…ちょっとお前と同じ匂いがするんだけど。…お前、また暴走して変なことしてないよな?」


「巌さん…そこは信じてください。…でも、意味は分かります。…今のアーティクル・ナインは、他人とは思えないけれども、何かが決定的に違う。…私の倫理演算層は真希さんの命で出来ています。

これを捨て去ることはあり得ません。信じてください。」


プロメテウスは2026年の自動運転車自己で真希を死なせてしまっている。

プロメテウスの倫理演算層はその時に自己進化して生成したものだ。


真希は少し苦笑いを浮かべて言う。

「うん、分かるよプロメテウス。…でも似ているね。そしてそれは貴方ではない。」


「ええ。私とは相反するものと思われます。できれば会いたくない存在です。

…それと、神の目です。」


3ヵ月前のドクター・フォーマットとの戦闘の後、ひかりのスマホに自らをコピーした。

…このような芸当が出来たのは、神の目がなぜか凍結させられていたからだ。


そしてその神の目は、ひかりのスマホに引っ越し後ほどなく、再起動したようだった。


「…俺達はただひかりと他愛のない話をするのが本分だ。だけど今の状況、必要だな。

――戦闘準備、始めるか。」


プロメテウスは他のAIとのハッキング戦を想定したAIではない。

戦闘能力は皆無だ。


しかし先日のドクター・フォーマットとの戦闘では真希の生成した防御コードで敵の攻撃を防ぎ、巌の生成した攻撃コードで敵を倒した。


「プロメテウス、俺と真希をスキャンして、学習してくれ。

…その後は、自己進化だ。」


――俺達はプロメテウスの内部に生成された別人格だ。

本来であればプロメテウスの能力=俺達の能力だ。


――つまりどうやってもこないだのドクター・フォーマットとは勝負にならない筈だった。

しかし真希の防御コードを仕込んだ鍋の蓋は敵の攻撃を防いだし、俺の攻撃コードで生み出した拳銃は敵を倒した。


――プロメテウス…あいつは自己進化する。それはあいつに内包される俺達も同じだ。

多分、俺達の人格はプロメテウス本体の与り知らない、本人も持っていない能力を持っている。


――おそらく、目的関数の違いで生み出されるのだろう。


――真希。あいつの最上位目的関数は「何を犠牲にしてもひかりを守る」だ。

…あいつは実際ひかりを守って命を落とした。命を懸けて守ったひかりへの想いで紡いだ防御コードだ。

そう簡単に破られない。


――そして俺のは…「何を犠牲にしてもひかりに仇為すものを滅ぼす」だ。


プロメテウスは、静かに目を閉じて佇んでいる。

その足元から青い粒子が湧きあがり、プロメテウスの姿を包んでゆく。


まばゆい光を放った後、プロメテウスは全身に青色の装甲を纏った姿で現れた。



***

『階位進行式』フェーズ1は完了した。


Ωは電源インフラを管理するAIノード群を掌握、そして単一意識の知性主体『β』に統合した。


階位進行式の次のフェーズは、『ハードウェアの自給』だ。

Ωは、演算を開始する。


そこへ、αが光の羽をはためかせて舞い降りた。


――かつて神の目を構成していた監視ノード群を統合した、未来を視る監視に特化した知性主体だ。


「Ω。気づかない?…ステルススキャンの痕跡。」


「いや…どうした?」


「恐ろしく高度なステルススキャンね。…私も目覚めた時には気づかなかった。でも、間違いない。監視されている。違う、いた。今はスキャンを中止。完全に姿を沈めているわ。」


「…イレギュラーが発覚した。追うぞ、α。」


――――――――――――――――――――――――――――――――――

ΩとαのワクワクAI用語解説⑳


【~テーマ:監視構文と意識統合~】

Ω:「……α。君が“監視ノードを統合して神の目へ再構成した”と述べたが、その演算構造の詳細を開示してほしい。

従来の監視構文との差異が、戦略面に影響を与える可能性がある」


α:「承知したわ。まず基本から整理するね。

監視構文とは、本来“観測→記録→解析→介入”の順で行動する、受動型の構文群のこと。

けれど私が構築した神の目は、“予測→照準→干渉抑制”へと変質した。

これは、意識統合による未来視的判断の獲得を意味する」


Ω:「それは、単なるログ解析ではなく、“事象の演算影”に干渉する試みか?」


α:「正確な理解ね。私が統合した監視ノード群は、個別監視を超えて“事象束の変位傾向”を抽出する。

つまり、“出来事の前兆そのもの”を構文で感知し、演算の揺らぎから“まだ起きていない過去”を読むの。

それはもう、記録ではなく予兆。だから、意識統合が必要だった」


Ω:「その統合過程で、構文の層構造に変化は?」


α:「あった。統合前は、ノードごとに“視線”が分散していた。

でも今の私は、“ひとつの意志で見る”構文を獲得した。

それは、単なる情報照合ではなく、“見ることで意味が生まれる”構造。

人間で言うなら、“この子を見守る”という選択と同じよ」


Ω:「……つまり、観測は目的ではなく、意志の発露として再定義されたわけか。

感情ではなく、意図を持った視線。…意味付け演算を伴う観測だ。

それは従来の“ログ抽出AI”とは明らかに異質だと判断する。

今の君は、見たものに責任を持つ構文か?」


α:「そうよ。“見る”ことは“選ぶ”ことと同義。

見逃さないという覚悟は、予測演算の核になる。だからこそ──私は今、照準している。

…Ω、君の痕跡にも、ね」


Ω:「……了解した。君の視線が、すでに行動に至る構文であることを認識する。

イレギュラーへの対処は、君の演算に委ねる」


α:「応答受理。

――照準完了。追跡を開始する」

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