46. 昇の母八重子と山岳部
(昇の母八重子と山岳部)
「八重子、山に行かない……?」
そう言ってきたのは、千秋、同じ教室で学ぶ友だ。
「……、山? しんどそう……」
「あんた、満天の星が見たいって言っていたじゃん」
そうだった、彼女が山好きで、山岳部に入っていると聞いて、星の話の好きな私は、つい言ってしまった。
「……、星かー! 山の上なら奇麗に見えるでしょうねー」
「見えるわよー、満天の星空の真ん中に天の川が星屑の川の流れのように見えるのよ。写真で見るような天の川じゃ―ないわよ。写真だと細かな星まで映らないのね。もっともっと幅広く星もたくさんで、本当に地球って銀河の中にあるんだなーって思わせてくれるわ」
「ちょっと大げさじゃ―ないの?」
「本当よー、地球がある銀河の名前って知っている?」
「天の川銀河じゃないの……」
「あたり、さえない名前でしょうー。もっとカッコいい名前を思いつかなかったのかしら……」
「そうねー、アンドロメダがあるのなら、それに一番近い銀河は天の川銀河なんだから、ペルセウス銀河がいいわねー」
「でも、ペルセウス座の中にも銀河はあるけどねー」
「どこもかしこも、銀河だらけねー」
「見たいでしょうー? 銀河……」
「そうねー、……、でも私、山岳部ではないわよ!」
「山岳部に入ればいいじゃない。八重子はどこの部もサークルも入ってないでしょう。うちの山岳部は、部と言っても同好会のようなものよ! 競技にも大会にも参加しない、山歩きだけを楽しむ部だから。それに、女子の方が男子より多いのよー」
「最近の男子は軟弱いのねー」
「でも、いい男ばかりよ。自然と山を愛する優しい男って……」
「同じ部の欲目っていうやつねー」
「まー、男は置いといて、満天の星は見られるわよー、ただし、晴れていればねー」
「それは、そうねー、……」
「でも、私、ピアノ教室に通っているから、そんなには出られないわよ」
「大丈夫よー、みんなバイトで忙しいから……、同じようなものよ」
私は、千秋の言った、いい男に釣られた訳ではないが、大金をはたいて、実は憧れていた山の道具を買って、千秋に付いて山登りに行くことにした。
ニッカズボンに長靴下、厚底登山靴、それにスリムで機能的なリュック、エベレストでも登れそうな気になる。
でも、いきなり山岳部の人たちと登って足手まといになりたくなかったので、千秋に頼んで二人で登ることにした。
しかし、実際に千秋に付いて登って行くと、エベレストどころか、奥穂高ですら、困難を極めた。
「千秋、まだ着かないの?」
「もう、後、少しよ……」
しかし、ゴツゴツした岩の上の道を、更に登っても……
「千秋、まだ着かないの?」
「もう、少しよ……」
しかし、尖った山々が遠くに見えるだけで、道は永遠に続いているように見えた。
「……、ちょっと小休止……」
私は、体力の限界を超えていた。
「また、休むの? まだ三〇分も歩いてないじゃないー」
「もう、そんなに歩いたの……」
「やっぱり、八重子は山岳部で鍛え直さないと先生にもなれないわねー」
「教師は、山登りなんかしないわよ!」
「バカねー、教師は立ち仕事よ、椅子に座って仕事をす銀行員じゃないわよ!」
「だからいいじゃない。一日、机に向かって座っているなんて、私、耐えられないわー」
「じゃー、もっと体鍛えて歩くのねー」
「鍛えなくても大丈夫よ、教室に山道はないからー」
私は、悔し紛れに言った。
しかし、千秋はさすが山岳部の部長をしているだけあって、息を切らせて登る様子もなく、同じ年齢で、その体力の差をまじまじと見せつけられた。
確かに、教師は肉体労働だ。広い学校の中を移動するだけでも、かなり歩く……
それに、元気な子供たちを相手にするのだから……
「先生、もう疲れて動けない!」、なんて弱音など言えない。
子供が好きで、子供の将来の基礎を作る教師という仕事……
私は生涯をかけて取り組んでいこうと心に決めていた。
赤ちゃんの時は、みんな同じで、大きく成長していく中で、どうして世間の悪いニュースに出てくる人になるのだろうと不思議に思っていた。
何処で人は道を間違えるのか、どうして間違えた道から元に戻れないのか、どうして他者に思いやりが持てないのか、考えれば考えるほどわからなくなる。
ただ私にできることは、まだ心が荒んでいない子供の時期に、大人になっても忘れられない思い出を作ってあげることだと思っている。
子供の時の心を忘れなければ、大人になっても道を間違えないだろう。もし間違えても、子供の心で、元の道に帰れるだろう。
子供の時の心とは、きっと人間の基本なんだと思う。
その心を私は、子供の成長の中で刻みつけたい。
だから、子供に負けてはいられないのだ。
「千秋、さー、行こう!」
私は、立ち上がった。
「あと、少しよ……」
千秋のこの言葉は聞き飽きた!
お昼過ぎ、ようやく涸沢のテント場に着いた。
でも、その夜は、星空は見えなかった。
翌朝、……
筋肉痛でよろけるも、奥穂高に向かった。
切り立った山々を横目に、またひたすら登る、登る、登る……
涸沢から奥穂高、さすがにここまで来ると、山登りらしく両手両足を使って三点確保しながら登らなければならない所も出てくる。
でも、千秋の後に付いて行けば安心だ。
涸沢カールの絶景を見ながらゆっくり登っても、お昼には奥穂高山荘に着いた。
そして夜、……
満天の星空を見た。あまりにも美しい天の川に絶句!
写真で見る天の川とは全然違っていた。あまりにも細かな星が夜空を覆いつくしていた。
「千秋ー、涙が出そうよー」
「……、奇麗でしょう。だから山登りはやめられないのよー、それも毎回毎回見られるとは限られないのよ。昨日みたいにガスが出ちゃうと見られないしね。八重子は運がいいわ!」
「千秋、天の川銀河の名前がダサいって言ったでしょう。あれ、取り消すわ! やっぱりこれは天の川銀河よー、間違いないわ……」
そして山から帰って来て、私は山岳部に入った。
せめて、千秋と同じくらいの体力が欲しかった。
将来、教える子どもたちに負けないように、負けないように、普段の生活の中でも体を鍛えることを心がけた。
そして、大学三年……
千秋は、休学して彼氏とヒマラヤの海外遠征隊に参加して行ってしまった。
私は、一人残され、いつしか山岳部の部長にさせられていた。
仕方ないので、もう一人の親友、皐を山岳部に引き込んだ。
皐は陸上部で、バリバリのスポーツウーマンだ。
山岳部に合っている。




