45. 大きな山と昇の母
(大きな山と昇の母)
病院に着くと、もうすでに昇さんのお母さんが付き添っていると看護婦さんから聞かされた。
昇さんは元気だった。
しかし、当分は入院で、夏休みも合宿もなくなってしまったようだ。
「後は俺たちに任せて、ゆっくり養生してくれ……」
「このやろ、女子部員に手を出したら退学だー」
「お前は、さっちゃんがいるから彼女はいらないだろうー、あとの女子は俺たちが面倒をみるから……」
「何の面倒だー、それより、お前ら、食料は持って帰ってきただろうなーあー、合宿で使うから食べるんじゃないぞ!」
「そういわれると思って、ちゃんと持って帰ってきましたよー、重たいのを我慢して……」
後輩の美男子がいった。
「それよりも、嵐の夜はどうだったんだ……、二人抱き合って、裸で体を温め合うとかー、しただろ……?」
「なにをだ!」
とてもアダルトな会話にはついていけず、私はそっと隠れるように廊下に出ると、手を振る女の人がこちらに向かってくる。
直感で昇さんのお母さんだと思った。
「幸子さんねー、電話で昇から聞いたわ……」
「こんにちは……、えー、なんて言っていたんですか?」
「山の女神に会えたんですって……」
「……、うーう、それは誤解ですよー、実は私、山ガールではなく、どちらかというと嫌いな方で……」
「あら、そうなの? 実は私も……」
「え、お母さんもー、えー、うそ……、でも昇さんは、一家山好きだって言っていましたよ……」
下を向いて吹き出そうとする笑いを懸命にこらえている顔が、優しそうでとてもいい。
私の母より美人といった感じだ。
お母さん怒るかな。
でも私のお母さんは、私より背が低くて女子高生の感じだから、笑う時も口を大きく開けて顔をくしゃくしゃにして笑う。
病室からは男たちのにぎやかな笑い声。
「昇、起きたみたいねー」
「はい、私たちも、さっき来たばかりですけど、その時にはもう起きていましたよ……」
「そう、病院に運ばれたときには、いびきをかいて寝ていたわよー、私、意識不明の重体だと思って驚いちゃった。でも担当の先生が、頭には異常はなさそうだから、たぶん疲れて寝ているのでしょうって言ってくれたから一安心したけど、あれから三時ごろまで、ずーっと寝ていたから、ちょっと買い出しに出たのよ……」
そういえば、昨日は一睡もしていない。
何だ間だと話しながら気がついたら明るくなってきていた。
そして、三人で山を赤く染める日の出を見て、時期に山岳部の救助隊が来たのだった。
「あなたは大丈夫なの?」
「え、……」
「一緒にいた女の人って、あなたでしょう?」
「え、どうして?」
「今日の朝早く、山岳部の人から連絡があったのよ。女の人と崖から落ちて怪我をして、へリコプターで病院に搬送されるって……」
「え、そんなこと言ったんですか、でも私は落ちなかったので……」
「じゃあ、ドジなあの子が一人落ちたのね。小さいときからよく落ちていた子なのよ。でも、一緒に一夜を過ごしたとか?」
「え、え、そんなことまで言ったんですか? でも、それも大きな誤解ですから……」
「違うの? それは残念……」
彼女は、また下を向いて笑った。
病室の中からも笑い声が聞こえる。
「にぎやかね、下に喫茶店があるのよ、この病院。お茶でもしない? おごるわよ!」
「はい、……」
本当は怖いことなんだけど、もし昇さんが私の彼氏としたら、その母親に会うのだから……
でも、さすが学校の先生かな、優しく柔らかな口調が私を安心させてくれる。
それに、この広い病院、男たちのアダルトな会話にもついていけないし、私の居場所がない。
喫茶店は、病院の一階の広いロビーの脇にあった。
私は椅子に浅くかけ背筋を伸ばして、さっきの遭難の話題が出る前に、話を変えて話した。
「私、昇さんからお父さんも、お母さんも同じ大学の山岳部で、アウトドア一家って聞いていました。お母さんが私と同じで山が嫌いって、驚きです……」
「嫌いといっても拒絶するほどの嫌いじゃないけどね……」
「それは私も、今はまた行ってもいいかなって思ったりして……」
「でも本音いうと、あんな重いリュックしょって、日焼けを気にして、か弱い婦女子が行くところではないわよねー、やっぱり平らなアスファルトの上を、おしゃれなお店を探しながら、美味しいケーキなんか食べ歩く方がいいわよねー」
「お母さん、私も山を登っていてそう思いました!」
「意見が合うわねー、そうなのよ、だいたい最初に山岳部に入ったのが間違いなのよ……」
「どうしてまた入ったんですか?」
「友達にね、と言っても男ではないわよ……」
「いえ、それはどちらでも…」
さすが学校の先生かな。話し上手に引き込まれてしまう。
私はコーヒーが冷めるのを気にしながら、少し肩の力を抜いて次の言葉を待った。




