38. 半分のおにぎり
(半分のおにぎり)
「ちょっと嬉しいなー、男の人にご飯作ってもらうの……」
「そう、女の子に作ってもらうと、あとでぐちゃぐちゃになって、食べられるものが食べられなくなるから……」
「ひどーいー、女の子が可哀そうー」
「可哀そうなのはこっちだよー、重い荷物持って上がっても食べられないんだから……、ご飯ぐらい作れるように、山に入る前に、かならず料理教室をすることにしている!」
「先輩は大変だー」
お兄さんは、次のラーメンを作るように、またお湯を沸かした。
「特に、ご飯の炊き方は難しいんだー、家庭ではマイコン炊飯器だからね。米と水の分量さえ間違えなければ失敗はないけど、山ではそれに火加減を自分で調整しなければならない。最初から強火で炊くと、水が吹きこぼれてしまって、芯のある硬いご飯になる。吹きこぼれたらまた水を足して炊きなおすので、そのうちぐちゃぐちゃになる。時間はかかるし、お腹はすくし大変なんだよ……」
私は、思わず笑ってしまった。
「でも、それは仕方ないわよー、山には電気炊飯器ないもの。そうやって女の子をいじめるから、女子部員がいないのね……」
「そうでもないよー、今回は、たまたまスケジュールが合わなくて、男六人で来たけど……、結構うちは大世帯だよ。最近の山ブーム、山ガールでね。合宿だけのにわか部員もたくさんできた。にわか部員でも頭数さえ増えれば、部費が増額されるから嬉しい限りだけどね。これで帰ったら、今度は部員三十四人を連れて、またここに来る。女子はなんと二十二人……、今年初めて男子部員を抜いたよ」
「合宿、大変ねー、でも、本当に山ガールブームなのね……」
「そう、最近男は軟弱で……、今回はその下見でルートの検証。君が来てくれて助かったよ。普通の女子の体力がわかって……」
「それはどうも、参考になりまして……」
「君は、料理はできるの? ちゃんと自炊している?」
今度は私に話が回ってきた。
「そうねー、半々ぐらいかな。バイト先がレストランだから、そこで食べたり、でも料理の腕はプロ仕込みよー、厨房の中も手伝うから……」
自慢して作れるほどの腕は持っていないけれど、ちょっと見栄をはって言ってしまった。
でも料理をするのは本当に好きだ。
お母さんと小さいころから、いつも一緒に作っていたから……
お菓子作りも得意なんだよ、とは言わなかった。
「それは頼もしいー、部活とかサークルとか入ってないの?」
「そうね、ゼミで日本画を取っているわー、大学に入って、初めて日本画を知ったの、あの強烈な色の美しさに驚いたなー、それとあの重厚な画肌も……、でも、最近は東山魁夷なんかも好きよー、去年のゼミ合宿で東山魁夷館を見に行ったわ。あんな風に描けたらいいなって思った」
私は、一息ついてラーメンを食べた。
ドライソーセージが美味しい。
「でも、ゼミだから本職は油絵なんだね。ペンションで描いていた……」
昇さんも、釣られてラーメンを食べた。
「そう、油絵は中学生のときからやっているわー、精密画で淡く描くのが好きなの……、サークルも入っているわよ。アニメコミック研究会。ほとんど幽霊部員。大体私たちの勉強って作品制作だから、毎日自分のことで精一杯って感じ、バイトと大学と作品制作でいっぱい、いっぱいね。サークルに出て行く暇があれば、寝ているわー、でも、何かサークルに入らないと合コンの誘いがないからって言われてアニコミに入ったんだけど、失敗だった。お目当ての合コンがひどいものだったから、よく考えれば分かったことなのよ。だいたいそういうのが好きな男て、オタク族か変態と相場が決まっているのよね。キャラクターのフィギアー持って熱く語る青年たちには、ついていけそうにないと思った……」
「そんな、あからさまに非難すると、全国のアニメファンを敵に回すよ」
「あら、私アニメ好きよ。でも、限度があるわよ。物語を捻じ曲げて論じてはだめよ。作者の心があるんだから……」
「あ、そう、君がアニメファンだということはよくわかったよ。彼らの間違った解釈が許せないんだね」
「そうなのよー、バッカじゃないのっていう感じ、もっとストーリーを見てよー」
弾む会話に、いつの間にか遭難していることを忘れていた。
ラーメンが美味しい。
「はいはい、それから?」
「あと日本近代美学研究会。美研といいながら、旅行サークル化しているわね。ぜんぜん内容が伴わってないので、これも幽霊部員。あとは、みはるプロダクション」
「なに、みはるプロダクションって?」
「大学とは関係がなくって、私の友達が起業してやっているのよ。美晴は同じ大学の同じ学部の親友。ミニコミ誌とか同人誌を作って売っているの。私も挿絵や表紙なんかも描いているわ。でも、私を入れて四人しかいないけどね。それで結構、広告収入があるみたいでね。結構儲けていると思うんだけど、美晴が全て編集から会計までやっているので、その実態が分からないのよ。最近、他の二人と話し合って原稿料安いんじゃないって、もっぱらの噂……」
話している間に次のラーメンができて、昇さんはまた私の食器の中に入れてくれた。
「少しは温まってきた?」
「うん、美味しいー、あのペンションの料理も美味しかったけど、山って不思議ね。こんなラーメンでもご馳走にしてくれるのね……」
「お腹すくからねー、空腹は最大のご馳走なりっていうから。これにちょっとご飯が欲しいね」
「本当ねー、……、そうだー、確か朝買ったおにぎりがあるわよー、軽井沢を出る前にコンビニで、朝ごはん代わりにおにぎりを買ったでしょう。おにぎり二つでは、お腹がすくよって言われて三つにしたんだけど、ほら私たち遥さんが朝ごはん作ってくれたじゃない。だから、やっぱり二つでお腹がいっぱいになって、捨てるわけにもいかず、荷物になるけど持って登ることにしたの……」
リュックをさばくると忘れていたおにぎりが出てきた。
「嬉しいー、こんなにおにぎりが愛おしく思えたことはないわー」
私は、おにぎりを半部に割り、昇さんにあげた。
「うん、最高、 美味しいー、最高のキャンプだよ!」
お兄さんは喜んで、パクパク食べた。
「もっと、味わって食べなさい。私が重い荷物にもかかわらず持ってきたんだから……」
「つい嬉しくなって……」
二人、顔を見合わせて笑った。
「相対的価値と絶対的価値……」
「何それ……」
「つまり街中で食べるおにぎりは一個百二十円。でも、こうして遭難して食べるおにぎりは一万円のフルコースの料理にも勝てるってこと、価値はその時の気持ちで変わる」
「じゃ絶対的な価値は?」
「お金が、ただの紙切れで、食べてもお腹が膨れないってこと……」
ラーメンとおにぎり、コーンスープを食べ終わるころ、一つの異変に気がついた。
音がしない……、さっきまで、うるさいほどテントを打ちつけていた雨の音がしないのだ。
「雨、やんだんじゃない……?」
「そう、みたいだねー」
私はテントの入り口を開けた。
外は一面の星空……、雨も雲もどこかに消えていた。
お兄さんは、いつの間に作ったのか、帽子にビニールを敷き簡単な天水受けを作っていた。
それと石を囲ってビニールを敷いた中にも天水は溜まっていた。
「よく気がついたわねー、あの嵐の中で……、やっぱり遭難慣れしているのねー」
「こんなこと生まれて初めてだよ。水の確保はキャンプの鉄則だからね。いつも頭の中に入っている」
「偉い、偉い! 私、外に出ていい……」
「いいけど、雨が止むと急に気温が下がるから、寒いよ」
「おしっこよ!」
「あ、そうだね……、石が濡れているから、滑らないように気をつけてね。それと、あまり遠くに行かないように、遭難するから……」
「もう遭難しているわよー、ついてこないでね……」
私は、ヘッドランプを付けて外に出た。




