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33. 二人の夜

(二人の夜)


 でも、その笑った顔も雨と風で、ぐちゃぐちゃだ。

「でも笑っている場合じゃない。他のみんなは、……?」

「さあー、知らないけど大丈夫じゃないの? さっき来るときに行き違ったけど……、早く私たちも帰りましょうー、ロープはあるわよー、この時のために練習したんだから……」

「あ、あー、でも、もう暗くなってしまったし、この足でどれだけ歩けるのかわからないし、いくら明かりがあっても、暴風雨の中、暗い道を帰るのは危険すぎる……、こういうときは動かないほうがいい。ビバークだー、どこか平らなところを探して、テントを張ろう……」

「テントなんか持って来たの?」

「もちろんだー、風雨が強くなれば、当然ビバークも考えるからねー」

「さすが山岳部!」

 私は、テントを持ってくるまで考え付かなかった。

「ありがとう褒めてくれて、でも今回は、たまたま僕がテントを持っていただけだけどね。救助に行くといったのは僕だから、運が良かったよ!」

「じゃあ、彼女に助けられたのは貴方の方ね……」

「そうかもしれない。さあ、どこか風除けになるところを探さないと、テントすら建てられないよー」

「じゃあ、あの岩の陰、……」

「う、うーん、まだ小さいけど、やってみよう……」

 テントは、風の力も借りて一瞬にして開いた。

 そして風で飛ばされないうちに、私たちは中に飛び込んだ。

「もう大丈夫……、これで二人の重みで飛ばされない!」

「凄い、大きなテントねー」

「とりあえず、六人と女子一人が入らなければ、ビバークができないからね。下で張っていたテントをそのまま持ってきた……」

「へーえ、なんかホテルのお部屋みたいで、最高にいい感じ!」

 でも支えていないと飛ばされそうな頼りないテントだけれども、外にいるのと比べれば別世界だ。

 しかし、雨風が容赦なくテントに打ち付ける。

「凄いことになってきたわね……」

 私はリュックからタオルを出しながら、この激しい音に不安を掻き立てられる。

「みんなに連絡しないと、トランシーバー大丈夫かな……」

 無線機は大丈夫だった。

「女の子は無事連れてきた。リーダーがいないので、今、大騒ぎしていたところだ。それとさっちゃんも……」

 山小屋の人から、山岳部の美男子一人に代わってくれて、山小屋の様子を伝えてくれた。

「大丈夫、一緒にいる……」

 昇さんは、元気に答えた。

「それは良かった……、もしかして、計画的か、二人して……」

「想像に任せるよー、とにかく、ちょっと帰れそうにないから、ここでビバークするよ。天候が回復したら帰るよー」

「帰ってこなくていいよー、でも、ちゃんと避妊しろよ……」

「馬鹿どもー、電池がもったいないから切るぞー」


 無線を切ると、昇さんは嬉しそうに……

「みんな、無事山小屋に着いたって……、良かった、崖から落ちたのが無駄にならなくて……」

「本当ね、救助に行って、遭難しては恥ずかしいものねー」

「それはそうだけど、かっこよく救助できればよかったけど、まあ、ウルトラマンじゃないし……、こんなもんだよー」

「そうね、ウルトラマンでなくて良かったね。ウルトラマンだったら三分しか戦えないものねー」

「だから、エネルギー切れて落ちちゃったかな……」

 昇さんは、顔を歪めて苦笑いした。

「頼りないウルトラマンねー、もし十九歳女性でなかったら救助に行った?」

 なぜ救助隊でもない通りすがりの大学生がこんな嵐の中、危険だと分かっている所に進んでいくのか疑問に思っていた。

 あと考えられるとしたら、女だからだ。 スケベ心が足を進めたか?

「もちろん、たとえ男でもねー」

「即答ねー、カッコつけているんじゃないの?」

「ちょっとはあるかも、でも、同じ山を愛する連帯感かな。仲間はやっぱり助ける。誰でもね……」

 昇さんは、タオルで髪を乾かしながら言った。

「連帯感か……?」

 それで、たとえ死んでも、この人は満足するのかな?

 私は、戦争でお国のために死んでいく兵士を思い出した。

「私、何かそういうの好きでないから……、連帯とかグループとか、学校でいじめられていたわけではないけどね。何か、おぞましい……」

「また、凄い言い方だねー」

 私は人の集団が怖い。

 特に一つの目的を持って集まる人たち……

「テレビで、メーデーの時なんかの大集会が放送されるじゃない。それで、みんな一斉にシュプレヒコールするじゃない。おぞましく見える。それと、暴走族の集団とか、やっぱりおぞましい。なんか操られているみたいで、多分その中の一人一人が、自分に自信がないのね。だから集団を作って自分を正当化したいのよ。それってやっぱり卑怯よ!」

 私は、タオルを手荒く動かして髪を乾かした。

「やっぱり君は凄いねー、普通はそんなこと考えないよ。僕なんかだと、その輪の中に入りたくなっちゃうよ。一緒にやろうって感じ……、連帯を組むのが好きなのかもしれないな。一人じゃ何もできないし、特に山はチームで動くからね。今だって、山小屋の仲間がいなければ、ここから上がれないかもしれない。そう言う意味で生死を共にする連帯かな。確かに弱いもの同士が集まって力を奮う連帯もあると思うけど……、山の連帯はただの共感だから、集まって戦うとは、かけ離れていると思うけど……」

「そうね……、ちょっと分かる気がするわ。みんなでいると楽しいし、心強いねー」

 昇さんも、私の真似なのかタオルを激しく動かして髪を乾かしていたが、ふとその手を止めた。

「本当いうと、高校一年の夏、白馬で道を間違えて、道に迷って、それで遭難しかけたことがあるんだ。だから、遭難した時の気持ちがよくわかるんだ。本当にこのまま森の中から出られずに死んじゃうんじゃないかと思うんだよ。誰か助けて、誰か助けて、心の中でずうと叫びながら歩いていた。でも、誰も助けにきてくれない。心細くて、怖かったよ。多分、あの女の子も怖かったと思うよ……」

 私も少し手を止めて、彼を見た。

「昇さんて、本当にドジなことばかりね!」

「そうだねー、でも、それで山の怖さを勉強したよー」

「どんなふうに……?」

「慣れた所ほど危ない。気の緩みが死を招く!」

「よく聞く言葉ね……」

「でも、実際そうだから……」

「何回も遭難しているの? 今みたいに……」

「いや、なれた所といえば、何回も来ているけど、今回はただのおっちょこちょいかな……」

「大変な、おっちょこちょいねー」

 私はもう一度、髪をタオルで拭いた。

「よく言われる。でも、高校一年の、あの夏は一生忘れない。いい思い出になったよ……」

「遭難したことが、いい思い出なの?」





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