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22. 四番目のお客様

(四番目のお客様)


 今日は、朝から由加ちゃんの姿が見えない。

 私は庭に出て、描きかけの絵を広げた。

「取りあえずは、仕上げだー、今日も、いい天気だ……」

 そう思って、今日の天気に負けないくらいに気持ちよく描いていると……

「お姉さん、助けて……、大変なことしちゃった!」

「え、幽霊さんがなに言っているのかなー?」

「お姉さん、本当よー、大変なの!」

「どうしたの? 言ってごらんなさい……」

 私は一息つこうと、テラスから持ってきた籐で編んだ椅子に座って、絵の出来栄えを眺めた。

「それよりも由加ちゃん、由加ちゃんの絵も描いているのだから、たまにはモデルやってよねー」

「だから、そんな場合ではないのよー」

「どんな場合なのよ……?」

「あのね、今日もバス停で待っていたの……」

「え、もうお父さんに逢えたんだから、いかなくてもいいんじゃないの?」

「そうだけど、私を見える人が降りてくるかも知れないと思って……」

「それで、降りてきたの?」

「降りてこなかったけど、大きなリュックを背負った人が降りてきて、あの壊れかけた待合所の長椅子に座りに来たの。それで知らずに、さっちゃんの上にリュックを置こうとするのよ。だから私が思わず駄目ってリュックを押し返したら、私の方がバランスを崩してお兄さんに抱きついちゃったのよ。そしたらお兄さん、私が見えるようになっちゃって、それで見えちゃったの。お兄さんが山で遭難するようすが……」

「へーえ、なかなか複雑ねー、でも、しょうがないんじゃーないのー、それが運命よ……」

 昨日の夜の美晴との電話以来、少し私は運命論者になっていた。

 それよりも、問題はこの絵の出来栄えだ。

「お姉ちゃん、もし私がぶつからなかったら、お兄さん、これからもずうっと生きていられたかもしれないのよ……」

私は由加ちゃんの話よりも、絵の具合が思わしくなく、せっかく気持ちよく描いてきたのにと思いながら、ちょっとイラついてきた。

「そうとも限らないじゃないのー、今でなくてもそのうち、山で落っこちるかも知れないし、街で車にぶつかるかも知れないから、人の寿命なんてそんなものよ……」

「お姉さん、お兄さんが死んでもいいの!」

「多分、山で死ねたら本望じゃないの……」

「……、誰が山で死ねたら本望だって!」

 私が振り向くと大きなリュックを背負った若い男が立っていた。

「由加ちゃん、途中でいなくなるから探したよー、ちょうど声がしたから入ってきちゃった……」

「あ、こんにちは……」

 私は思わず立って挨拶をしてしまった。

「絵、上手いねー、柔らかな感じがいいよ……」

 褒めてくれたことが嬉しかった。

 それも私が追い求めている画風を分かってくれたことが……

 私は笑顔で答えた……

「お褒めに預かり、ありがとうございますー、大学生ですか?」

「そう、もう四年、君は、……?」

「私は、三年……」

「いい時期だねっ!」

「四年じゃあ、就職大変じゃあないですか?」

「僕は、もう決まった!」

「そうなんですかー、優秀なんですねー」

「いや、優秀じゃあないけど、この近くのビジターセンターに就職した。田舎だし給料安いから、なり手がないんだって、山が好きで山のそばで暮らしたかったから。僕にとっては願ったり叶ったりだけど……、後は、山岳ガイドなんかになれればいいかなー、取りあえず山の中にいられれば幸せだー、君は絵の仕事、……?」

「絵の仕事は、ほとんどないし、私は上手なほうではないから、就職は多分普通の会社だと思います。絵は、つぶしが利かない分野ですから……」

「こんなに上手なのに……?」

「いえいえ、これくらいでは世間では通用しないですよ!」

「それより、僕に助けて欲しいことってなに……?」

「え、助けて欲しいこと?」

 突然出た救助支援の申し出は、しっくりいかない絵の助っ人だと勘違いした。

「由加ちゃんが、奇麗なお姉さんが助けて欲しいって言っていると聞いたから来たんだ!」

「お姉さん、山に登りたいって、それでどうしたら登れるのか誰かに教えてもらいたいって……」

 絵の助っ人どころか、当然の由加ちゃんの脈脱のない言葉に繕う暇もなく驚いた。

「え、えーえ、山に登るの? できない、できない、絶対いやよ!」

 お兄さんは私を見て、一目で山ガールにはなれないと見たに違いない。

「いやだってさ……」

「でも、登らないと困るのよー、どうしたら登れるの?」

 由加ちゃんが訊いた。

「えー、まず靴が要るねー、登山靴。それと今はストックなんかあると歩くのに楽だよ。後は雨に降られたときに着るカッパ、もちろん携帯食や水なんかを入れるリュックもだ……」

「ロープは要らないの?」

 由加ちゃんが食い下がるように訊いた。

「普通は持っていかないけどねー、険しい所にはいかないだろう!」

「でも、崖の下から人を持ち上げるにはロープが要るんでしょう?」

「でも、そういう時は、山岳救助隊を呼んだほうがいいから大丈夫じゃないかなー、どこの山に行きたいんだい?」

お兄さんは親切にも私を見て尋ねた。

「え、私!いえ、私は別に……」

 しかし、由加ちゃんは大きな声で……

「奥穂高!」と元気に叫んだ。

「奇遇だねー、僕らが明日から行くところだー、大学の山岳部の連中と明日の朝早く『友愛の荘』で待ち合わせることになっているんだ。それから車二台で出かける。6人だからもう一人くらい乗れるから連れて行ってあげるよ穂高!」

「いえいえ、そういうんじゃーないです。本当、ただ気まぐれで言っただけですから、本気にしないでください……」

 言ったことも、考えたこともなかったが、ここは由加ちゃんの話にあわせた。

「そう、気が変わったら、いつでも言ってくれよ。遠慮なくー、じゃあまた……」

 帰ろうとする青年に由加ちゃんは、慌てて追いかけて……

「お兄さん待って、うちに泊てってよ!」

 お兄さんは、困ったように頭をかきながら、

「ええー、つれがこの先の『友愛の荘』でバイトしているから、今日はそこの穴蔵に泊ることになっているんだー、お金、要らないからねー」

 それでも、由加は真剣な眼差しで……

「そんなこと言わずにねー、お願い、奇麗なお姉さんもいるから……」

 奇麗なお姉さんって私のことっと思いながら、困っているお兄さんに助け舟を出した。

「無理をいっちゃあ駄目よー、もう泊まるところは決めてあるから……」

 私が彼の顔を見た瞬間……

「うん、じゃあ泊めてもらおうかな……」

「やったーあ!」

 由加ちゃんは飛び上がって喜んだ。

「いいですか?」

 私は、彼が私の顔を見てから決めたことが気になった。

 単なる女好きかナンパやろうか、こいつ、………

「まあー、少しは余分にお金を持ってきているから、それに奇麗なお姉さんもいるから………」

 やっぱり、私を誘っている。

「そんなこと言っても何も出ませんよー、じゃ、あちらに回って、由加ちゃんのお母さんがいると思いますから……」

「お姉さん、案内して!」

「はいはい、じゃあ、こちらに……」

 由加ちゃんは、私とこのナンパやろうを引っ付けたいらしい。

 まーあー、少しは見栄えのする男かもしれないけど、頭はぼさぼさだし、背は高そうだけど、体の線は細いよね。

 これじゃ山男には見えないね。

 ということはいい男……

 いや、見掛けだけで判断してはいけない。

 もしかすると優しい男……

 由加ちゃんの困っている人という言葉に付いてきた人。

 でも、優しい男は誰にでも優しいから、と心の中のもう一人の私が言った。

 でも、優しくなかったら、そんな男は余計にいらないし、ともう一人の私が言った。

 どちらにしても当分、男はいらないな。

 何かそんな気分になれないから……

でも、この胸のときめきは何に……

 久しぶりに、いい男を見て興奮しているのかな。

 私、……


   


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