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ショートケーキ



翌々日。

「ごちそーさまでした」

すぱん!と手を打つ軽やかな音が部活に勤しむ生徒の声を背に響く。

「ショートケーキ、美味しかったよ」

「ありがとう。食べる人がいると作り甲斐があって楽しいよ」


しっかり味は堪能したものの、少しばかり蜜は緊張している。家庭科室へ入ってからいつ言おうがタイミングを見計らっては…いや見計らいすぎて機会を逃し続けていたのだ。

しかし蜜は今、チャンスを掴んだ!


「それなんだけどね、辛島くん。いつも食べさせてもらう立場で悪いんだけど今回をもってこの試食の立場を辞退しようかと思いまして」

「え?」

食器を片付けている手を止めて、辛島は蜜を見つめた。

「なんで?」


なんで!ううむ、そういえば今までWin-Winできたのだから一方的に終わると言われたら聴かれてもおかしくはないけども…体重増加なんてはっきり言うのも、と逡巡したが、しかしこれまで良くしてくれたのだから嘘偽り無く理由は話すべきだと蜜は結論づけた。体重が増えたなどと乙女の秘密を他人にバラすような鬼畜な事を辛島はすまい。


「えーあのですね。私ちょっとなんというか体重が少し、少しね、増えちゃってですね」

右手親指と人差し指を小さく摘むようにして小さな主張をしてみる。

「それで終わりにしたいって?」

「あの、でも人がいたほうが作りがいがあるってなら、人選はまかせ…ふぉ!」


ギギッっとリノリウムと木の椅子の摩擦音をなったかと思うと、蜜の体は椅子ごと動かされた。眩んだ視界を取り戻してみれば、眼前には椅子に座った辛島がじっとこちらを見ていた。いつの間にやら蜜の両手を己の手で包み込み、それを蜜の両膝の上に乗せている。

いつも見ている優しいと感じていた眼差しはどこへやら、どうにも今にも食いつかれそうな視線で蜜の視線を捕らえている。その上これまでに無いくらい顔も近い。


蜜は距離と遠く計ろうとするがやんわり包んだかに見えた両手が全く動かず、それは叶わなかった。


「僕はこの役目、明泉さん以外考えてないんだ。せっかくだけど、ごめんね?」

「で、でもね、体重が増えるというのは男子が思ってるよりも重大なのですよ」


辛島の右手が離れ、すっと付かず離れずの距離でゆっくりと蜜の腕を這い、上ってきて、シャツ越しの危うい感触に身震いしてしまう。


この不可思議な状況に負けじと視線を上下左右めまぐるしく彷徨わせて、霧散しそうになる思考を必死でかきあつめ蜜はなおも言い募った。


「私の知ってる人で的確なアドバイスを…ひぃ!」

「まだそんな事言うんだ?」


這った右手は蜜の熱く火照る首に添い、指だけはゆっくりと左頬に添えられた。骨ばった手の冷たさに小さく悲鳴を上げたが、その手は蜜の体温を奪いそうで余計に熱く燃え上がらせた。


「明泉さんてさ、エロいんだよね」


 エ…!


蜜は辛島の言われた言葉を飲み込むのにこれ以上にないくらい時間がかかった。


エロい!?エロいって助平でエッチで性的な意味の???


いやまさか!と乏しい脳内辞書を必死でめくっても類似語なぞ出てこない。


「またまたご冗談を…」

「最初はね、ちょっとマイペースなクラスメイトだったんだけど下心とか無く親切な所とか段々惹かれていって見ている時に食べてる仕草がたまらなくて目が離せなくなったんだ。それを知ってるのは僕だけだし、独り占めしたいなあって。…ごめんね。アドバイスも欲しかったのもあるけど本当は明泉さんが食べてるのを見たかったんだ。特にそそられるところは…「やや!そういう解説は要らない!要りません!」


詳しい説明をされても羞恥に羞恥が重なるだけである。

それにしてもエロいなどと、しかも食べてる姿なんて言われたのは初めてである。


「正直明泉さんの体型が変わったって言われても僕には許容範囲だから気にならなかったんだけど、止めたい理由はそれだけ?それならダイエットメニュー考えるよ。それとも本当は迷惑だった?」

「え?」


「明泉さんは、僕が他の女子のためにお菓子を作ってもいいんだ?」

「そ、それは…」


蜜は言いよどんだ。

昨夜ベッドの中で、誰か他の子を紹介しよう、そう結論づけた時、なにやら心に寂しい気持ちが生まれてきた。甘いモノが食べれないから?と考えてみてもいまいち型にはまらなくて、頭が混乱の極みを迎えたので蜜は考えるのをやめて眠りを選んだのだったが。


「や、やだ」


あれだけ散々悩んだ答えはシンプルな言葉で出てしまった。

しかしそれだけの言葉も口に出してまったのがどうしようもなく恥ずかしくて、ぽろぽろと涙が溢れ出てしまって、客観的に想像してももうどこから取り繕えばいいのかわからないほど無様にボロッボロである。


ふ、と影が視界を覆う。と同時に眦に温かく柔らかいものが触れる。覆った影が遠ざかることにより、それは辛島の唇だったと判別した。

「あ、うぉ…」

人語を忘れてしまう程、蜜は混乱した。目の前の、ほんの更に10cmも満たぬ距離の向こうには瞳を赤くうるませて妙に色っぽく蜜を見つめる辛島の表情が余計に混乱に拍車をかける。


「明泉さん、かわいー…」

吐息を漏らすようにつぶやく辛島。


「ねぇ、やだって言葉も可愛いけど、僕、もっと別の言葉で欲しいな」


「べつ、別の言葉…?」

そう言われても、全くなにを言えばいいのか皆目検討もつかない。

「べつ…」

再び彷徨わせた視線が、きっかりはまったパズルのように辛島の視線と合わさる。


「僕、明泉さんの事すきだよ」


その言葉に、ふわっと混乱した思考が鎮まる。

静かに左手を頬にかかった辛島の右手に重ねた。


「私も、辛島くんが、好き」






家庭科室に入り込んだ眩しいほどの夕日がやがて触れ合う二人を覆い隠していった。






ありがとうございました。

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