503 ニューキーツ サントノーレ パリサイド ユーペリオン
「行ったようね」
一瞬、街からすべての音が消えた。
大気の圧力が一気に増したように感じた。
「それじゃ、行ってくる」
イェンヴーリックはチョットマの頬に軽くキスすると、まるで散歩にでも出かけるような調子で出ていった。
チョットマはがらんとなったカフェのオープンテラスに見送りに出たが、もう彼の姿はなかった。
ただ、街はほとんどいつも通りだった。
サイレンは鳴り響いていたが、気に留めていない者も多い。
市民が呑気だったわけではない。
あえて周知させる必要がない、と歴代長官が考えたからだったし、チョットマもそう思っていたからだった。
きっと回避できるはずだから。
ひとり、デッキチェアに腰を下ろした。
空を見上げることもしない。
攻めてきたパリサイドが肉眼で見えるような、そんな近くにいるはずがないし、これからイェンヴーリックが幕を上げるであろう「ショー」を見たいとも思わなかった。
いつも鞄に入れて持ち歩いている四冊の本を取り出した。
「ニューキーツ」「サントノーレ」「パリサイド」「ユーペリオン」
レイチェルに頼まれたパパが、滅びかけた人類の記録として残したデータ集の「付録」ともいうべき読み物。
パパと私の、そしてレイチェルやンドペキやみんなの物語。
この三百年間、人々に最もよく読まれた物語のひとつだが、時々、再読している。
あの頃の自分を失わないように。




