397 広がる噂
噂が広がっていた。
パリサイドは少しずつ人を殺して、反応を見ているのだ。
人の心にどんな変化が起きているのか、それを調べているのだ。
怒りや闘争心が、諦めや裏切りや絶望感に移り変わっていく様子を捉えたいのだ。
いや、そうではない。そんな感情に対してはもう何度も実験があった。
今回は愛という感情の強さやもろさを調べたいのだ。
レイチェルが恋をしろ、愛を持てと言い出したから、それを引き金にして今回の実験は始まったのだ、という者もいた。
それらの噂には効果もあった。
実験なら、いつかは収束する。
市民の間にそんな期待感が生まれ、絶望的なうめきは聞こえなくなった。
もちろん、明日はわが身かという恐怖は依然としてある。
しかし、免れる可能性も見えてきたように感じているのだった。
気の早い者もいた。
こうして一日二人と決まっているなら、なにも集団で暮らす必要はないのではないか。
通常の暮らしに戻ってもいいのではないか。
もちろんレイチェルがそんな意見に耳を貸すことはない。
むしろ、緊張感を失わせる楽観論が広がらないよう上手くやれ、とイエロータドに命じていた。
そもそも、この社会では人と人の繋がりは極めて薄い。
親子関係もなければ、兄弟姉妹もない。
恋人もいなければ友人もいない人がほとんど。
しかも、ニューキーツを中心とする街の人、スラムであったエリアREFの出身者、そして元パリサイドやアンドロ。
複雑な出自で構成された社会。
知人さえいないという人が大勢を占めている。
パリサイドに襲撃され、誰かが死んでも、怒りや恐怖はあっても、亡くなった人を想い、悲嘆にくれるという雰囲気はない。
楽観論が生まれるのは無理もないことだった。




