394 アイデンティティに関わるもの
「もう一か所、寄っていく」
スゥはユーペリオン入り口にある新しい自分のオフィスにも立ち寄った。
こちらの方はまともな扉がなかったせいで、室内に水が浸入した名残がありあり。
「台無しやん。普段からよく使うのに。こっちに移動してしまってたからなあ。えらい損害」
それでもスゥは、泥にまみれた床から、なにやら拾い上げた。
人の親指より少し大きいくらいの節くれだった木の棒。
「何や、それ」
「摺木」
次に拾い上げたのは、見るからに使い込まれた手の平サイズの摺鉢。
「あ、今、笑ったな」
「そんなもん、何に使うんや?」
「私が呪術師として独立するとき、ライラから贈られたもの。文句ある?」
「へえ。失礼。文句なんて、とんでもないです」
「私のアイデンティティに関わるものやからね。これで木の実とかすり潰して。私のお薬、よく売れてんよ。ライラは占いと情報で儲けてたけど、私はまっとうにお薬を売ってた。たぶん本当は、ニューキーツ一番の大金持ちやってんよ」
「へえ! そうなんか!」
「あーあ、薬草もただのゴミ、せっかく備蓄してたのに。洞窟の方にもたくさんあるからいいけど」
次に泥の中から引き抜いものは、黒っぽい布。
衣類なのだろうが、それがどんなものだったのか、面影さえない。
「あーあ、こんなになってしまって。大切なものやのに」
何とか泥を落とすと、紺地の布だった。
こびりついた泥の中から、銀色の美しい刺繍が覗いている。
「ノブ、覚えてる? これ」
「あ、あれか?」
覚えていた。
呪術師としてのスゥの正装。
エリアREFで、刺客のクシが死んだとき、ンドペキがスゥに伴われてその葬送を執り行った。
その時スゥが着ていたのが、このローブ。
「なんや、懐かしい気がするな」
「せやねえ、本当に」




