1 聞いて! 大変!
1 聞いて! 大変!
もう少しでささやかな自分達の洞穴に帰りつこうというとき、後ろから聞こえてくる足音。
「パパ! ママ!」
「走るなって! 足元、危ないんやから!」
若草色の長い髪をなびかせて、娘、チョットマが駆けてくる。
暗がりで見ると、緑色の髪がかすかに発光しているように見える。
クローンという特殊な人間だからなのか、彼女の溌剌とした印象がそう見せるのかわからないが、イコマの自慢のひとつだ。
いつも思う。
チョットマが自分の娘になってくれて、本当によかった。
ユウが戻ってきて、アヤと再会できて、そしてチョットマという新しい娘まで得て、本当に幸せだ。
電脳の存在だったとはいえ、六百年を生き抜いた甲斐があったというもの。
「ンドペキとスゥも聞いて!」
追いついて来るや否や、チョットマは、
「聞いて! 大変!」とまくし立てた。
「落ち着けって」
「とんでもないことが!」
イコマはチョットマの細い肩に手を乗せた。
なんだ? という顔でンドペキとスゥも引き返してきた。
チョットマは目に涙を溜めている。
ただ事ではない。
誰かまた、チョットマの大切な人が……。
一度目は、ニューキーツでサリが。
二度目、地下スラム、エリアREF、すなわちサントノーレの街ではセオジュンが。
三度目は、パリサイドの宇宙船スミヨシでプリブが。
サリは戻ってきた。
セオジュンの行方ははっきりした。
プリブが連行された理由もはっきりした。
それらの「謎」は、つたないながらも解けた。
しかし、今度は?
嫌な予感がする。
「レイミが!」
「レイミ? 市民局の?」
チョットマの新たな友達。
政府市民局随一の超美人。
金髪のポニーテールが大人気。
真珠の溜息、という大層な綽名を持つ令嬢。
そんな噂がある。
何度かは会ったことがある。
見知った顔。
「どうしたんや?」
「殺された!」
「えっ」
「ガーデンで!」
もうひとり、息を弾ませながら走ってくる者がいる。
「アヤ!」
「さすがチョットマ。速い!」
アヤは肩で息をしている。
「オップラーガーデンのグロット!」
「さっき、人だかりでできてたけど」
「レイミが! 刺された!」