冒険者の宿
本日の天候、晴れ。
アルギアンス共和国にある冒険者ギルドの一日が、また始まる。
~ 冒険者の宿 ~
この世界で冒険者という存在は、社会的地位で鑑みると極めてぞんざいに扱われている立場であり、世間体もあまり良くは無い。
他の国のお偉い連中と称される立場の、貴族や王族からは使い捨て扱いも珍しくないのだ。
そんな倫理観なので、世界中の国にある宿屋は、基本全ての宿屋が旅行客向けの値段となっている。
その日暮らしである冒険者の事など微塵も考慮に入れていないのだ。
冒険者ギルドがサービスに近い形で始めた宿屋も、ある理由から冒険者達が国の距離を気にする事無く、連日宿泊施設を利用する客達でギルドが賑わう事になっていた。
一泊の宿泊料金は食事を抜けば他の宿屋の1/3程度。
食事を朝と昼or晩に追加するとしても、一回の食事出来る量が世間で外食する食事よりも明らかに多く、値段も半額程度で納まるため、よく動きよく食べる職業である冒険者達にはとても人気が高い。
完全に利益度外視で、この冒険者ギルドの宿泊施設は運営されている。
部屋の数はとても多く、25部屋も存在する。
そして殆どの部屋は、他の国に存在する宿屋と比較しても二倍程度の広さがあり、場合によっては食事処の相席のように見知らぬ二組が一部屋に泊まる事もある。
泊まりに来て部屋が完全に潰れていた場合でも、テントを張り、布団を貸し出す。
さらには宿泊施設部分の整頓、掃除のためだけに国に住んでいる獣人を雇い入れベッドメイクに当たらせている。
ここまで至れり尽くせりなのに、1/3。まるで初心者保護施設である。
そこそこの修羅場を潜り続けたベテラン冒険者以外には本当に助かる料金設定だ。
もしも泊まる金を用意出来なかった場合にも、様々な救済措置が存在している。
世界に唯一つしか存在していないという面倒さを踏まえても、これほどまでに冒険者の価値を認め、扱ってくれる場所は無い。
必然ここに戻る事が可能な冒険者の大体が、一度ここに舞い戻るのだ。
もし宿泊客が溢れ返り相部屋となった場合でも、お互いに問題が起きなさそうである事をギルド側の仲介も交え互いにしっかりと、相手を確認した上で互いの荷物をすべて受付で預かるサービスを行っている。
預かるのは盗難防止の予防策である。
ついでに付け加えるとアルギアンス共和国には、この冒険者ギルド以外に宿屋が存在しない。
総国民数150人では仕方ないかもしれないが。
「うーっす……おやっさんー」
「おはよう御座います、マスター」
「おう、おはよう。飯の時間はまだ早いぞ」
依頼の内容に関する目的地自体は、世界中の多岐多彩な場所に渡る。
事実、冒険者ギルドが存在するこの国の全く真逆な場所にある国に植生している貴重な植物を取ってきて欲しい、などという依頼もちらほらと見られる。
もちろんの事、この手の依頼は余り人気が無い。
が、それでもかなり安全に依頼をこなせる事は間違いないため、駆け出しの冒険者辺りはこちらの依頼を選ぶ事になる。……翌日、体が悲鳴を上げる事になるのだが。
「あれ、いつも一緒なのに今日は奥さんが居ないんですね……?どこかにお出かけになられたんですか?」
「あぁ、いや。曾孫共々、盛大に寝坊しただけだ。今、井戸で生活用水を汲みに行ってるよ、ついでに顔でも洗っているんじゃないか?」
いつもいつもあくびをしながら起きてくる朝に弱い嫁と、子供特有の朝の弱さがある曾孫。
今日は、何時にも増して寝坊していた。
「……まぁ、毎日毎日こんな代わり映えの無いトコで働いてちゃ奥さんもだらけちまうよなぁ~……」
「ちょっとアレス! 失礼じゃないのッ!」
「そうだなぁ……失礼、だな。宿泊料金、3倍に上げても良いか?」
「申し訳御座いませんでした、どうかお許しくださいませおやっさん」
「なら訂正してもらおうかな。あいつが寝坊するのはかなり昔からだ。本人が言っていた」
そう、少なくともアルギア自体は、ギルドマスターに出会う前から朝に弱かったそうなのだ。
実際のところ、過去に2人が出会ってすぐにその弱点を晒していたりする。
「んーむ、ドラゴンっぽい特徴が見た目に多々あれど、あんだけ超美人な奥さんが、朝に弱いたぁねぇ……。─────もしかして、おやっさん……夜のお稽古頑張っちゃったのか?」
「朝っぱらから下ネタはやめてくれないか……反応に困る。お前こそ、センリと寝る前にバトルを繰り広げたりしてたんじゃないか?」
「マ、マスターッ! セクハラですよッ!そ、そんな事してませんッ!」
「……したかったんだけどなぁ」
最後の方にボソッと呟き、少し落ち込むアレス。
その見た目通りの年相応に、健全な青年のようである。
「アハハ、まあもしそういう関係だとしてもだ。一応うちの宿泊施設は、防音関連もバッチリだからな」
「だ、だからマスターッッ!!」
「─────冒険者なんぞ、明日も知れん職業だ。お互いに……後悔だけは、作ってやるなよ」
「あ、─────……はい。」
「……ありがとよ、おやっさん」
そしてギルドマスターも、見た目通りの年相応に
人生経験の積み重ねを現職冒険者に見せ付ける。
「─────ふぅ……お前様、今戻ったぞ」
「ただいまです、おじじ様。……あれ? お二人とも、おはようございますー」
そんな会話をしていると、先の話題に上がった竜の美姫と子姫が冒険者ギルドに戻ってきた。
容姿を整えさっぱりしているらしい。
「む、アレスにセンリか。一体どうした? 食事の時間はまだまだ早いぞ」
「アルギアさんまでマスターと同じ事を言うんですね……。私達、そんなにがっついてるかなぁ……?」
「何を言っておるのだセンリ。元々冒険者なんぞという職に生きている者が、食事前に早起きする理由など、食事ぐらいしかないではないか」
「うっ……」
思い当たる節も若干あるのか、センリが呻く。
そんな様子を、相棒のアレスはケラケラと笑っていた。
彼女の言う通り、本当にそれしか考えられる理由が無いからである。
基本的に冒険者達は、トレーニングをするにしてもしっかりと食事をしてからなのだから。
今日だけ早めに起きた理由が別の内容だとしても、どうしてもそうとしか思えない。
それが冒険者の覆しようが無いイメージだった。
「まぁ、そろそろ良い時間だな。アルギア、手伝いに入ってくれ。ミニアも何か手伝うか? おじじは皆のお皿を用意してくれるとうれしいな」
「はいっ、わかりましたっ!」
「ンフフフ、ミニアよ。お皿を割ったらお仕置きだからな?」
「は、はぃぃ、おばば様っ!」
「──か、かわ、いい……♡」
「んむ、ありゃぁ確かに可愛いなぁ。ミニアの嬢ちゃん、割っちゃだめだぞー?」
「が、頑張りますよっ!」
そんなこんなで、家族揃って厨房へ引っ込もうとしたところで─────
「うーーーっす、ギルドマスタァ~飯まだっすかー」
「おう、おはよう。今から作るから少し待っておけー」
「ん、おうアレスッ! そろそろセンリとやれたか!?」
「っぶ。な、なに言ってるんですか姐さんッ!!」
「あー、姐御……残念ながらまだっす……(泣」
「あっはっはっは! テメェも男ならもっとこう、ガツンとやんなきゃ駄目だぞッ!」
「いやいや、俺まだまだ姐御みたいに逞しくねえっすから……」
「皆さんおはようさま~、あら~ミニアちゃん♡ 今日も可愛いわねぇ~」
「お姉さんっ! おはようございましたっ!」
「ミニア、おはようございました、ではないぞ?
おはようございます、だからな?」
「あ……わかりましたっ、おばば様!」
「んん~、マ~スタァ~。私お肉食べた~~い」
「知るか。用意されたモンを食え」
「ええー……」
本日宿泊していた他の冒険者達も、続々と集まってくる。
殆どが全員、この施設の常連であり─────世界の倫理故に、冒険者ギルドの庇護を受けている連中だ。
そして今日も……いつもと殆ど変わらない、騒がしい朝であった。
冒険者ギルドは、今日も平和である。
※1 距離を気にしない理由
各国に、アルギアンス共和国(以降アル国)が提供する
アル国行きの竜の定期便が存在します。
この交通機関があるため、他の国からも働きに来ている人が居て
その定期便に冒険者も搭乗している形になります。
※2 総国民数150人
バカでかい竜も、この国では「人」として数えられているため
「ヒトガタ」を形取れる国民が全員ではありません。
加えて※1の便利なご都合主義があるので、他の国から
アル国へ働きに来ている人達がかなり存在するため
こちらの人達は国民にカウントされていません。
他にも疑問点があればお答えしますので、メッセージのほうでお気軽にどうぞ。