依頼の請負
本日の天候、晴れ。
アルギアンス共和国にある冒険者ギルドの一日が、また始まる。
~ 依頼の請負 ~
ギルドからの依頼。
この冒険者ギルドのギルドマスターが、まず第一に発足したのがこの概念である。
この国が建国され定住する前は、彼も一人の冒険者であり……そして、この施設が世界に存在すらしなかった昔は、冒険者達は常に苦難の道を歩んでいた……彼もその例に漏れない一人だ。
「ん……これはそろそろ期限が過ぎるな……。依頼者に延長するかどうか確認しておくか」
「……むぅ」
その時代に彼が特に苦しんだのは、やはり収入の面が一切安定しない点だった。
それだけなら仕方が無いにしても、基本的に自分が採集・獲得したモノは、自分の足で買い手を探すしかなかったのである。
当然、その探している期間が長引けばモノの品質も悪くなっていき……最終的には売り物にすらならなくなる。
彼の場合は、色々な経験を経て売り物にならなくなった薬草等から効能が悪い回復薬を作り出す事が出来ていたために、作った回復薬自体が無価値といえど若干は自分の役に立っていた。
とはいえもちろん根本的な解決にはなっていなかったが。
売り物にならないものから作った回復薬など、価値もたかが知れている。
未来的に金が浮くにしても、現実問題として目の前に金が無ければ飯は食えないのである。
「これは……まだ大丈夫だろうな、……ん、これは……今在庫が切れてたな。泊まってる誰かが持っているかもしれない、か」
「……うぅー」
そんな苦労を味わった彼が作り出した機構が、これである。
自分が冒険者だった時代に苦労した部分を補える施設を、後輩のために造ってやりたかったが故に、この案を考え出した。
ひとつは殆ど赤字経営である宿泊施設のため。
もうひとつは依頼者が安定しないがために、世界中から依頼者の情報をかき集めるため。
幸いながら彼はその時代で一番最初にドラゴンの庇護を受けたがために、交通機関として彼等の能力を利用させてもらい、普通であれば最大の問題となる距離が、ギルドマスターにとって難題にならなかったのだ。
そのアイデアは今も、竜の定期便として各国に未だ存在している。
「アルギア、すまないがこれを冒険者連中に回してやってくれないか、誰か所持しているやつが居たら一割増で買い取ると伝えてくれ。品質も評価に入れるとも、触れ回って欲しい」
そして、現在ギルドマスターとアルギアはいつも通りに事務室に入り新規で受注された依頼、元よりあった依頼の内容を拝見、着実に選別して行くのだった。
「……お前様」
「ん……どうした?」
「……書類仕事はつまらん、眠い」
「…………。」
しかしそのドラゴンの庇護も、移動でしか役に立たなかったのかもしれない。
現に仕事中であるのに、国の最年長ドラゴンがこれである。
事務の仕事で案山子になられても、ギルドマスターは困るだけだった。
彼は無言で席から立ち上がり、事務室の出口へ向かう。
まだ部屋に残っている冒険者に声を掛けて周るつもりのようだ。
「……まぁ無理に仕事をしろとは言わないよ、ずっと、好きでもない仕事に付き合わせてるんだしな」
「うむ、お前様は話がよくわかるな」
そしてこの光景もいつもの事だった。10日に6、7日はこんな感じである。
「とりあえず今日の書類仕事は俺とミニアでやっておこう、せめてここで案山子にならずに受付で案山子になっていてくれ」
「む、失礼な……誰が畑に突っ立っているだけのデクの坊だ」
「…………。」
(─────仕事をするだけ、畑に居る案山子の方がマシだな)
そんな風に思いながらも口には出さず、彼は事務室から退室した。
◇
幸いながら今日がオフだった冒険者が依頼された規定個数を持っていたため、先の案件はその場で終了と相成った。
「さて、と……案山子の嫁さんに一仕事頼みに行くか」
少し皮肉を込めた独り言を呟きながら、ギルドマスターは宿泊施設から受付へ向かう。
そして受付では、どうやら最近ここを尋ねて来た新米の冒険者がアルギアと会話していた。
「う、うぅぅ……確かにその依頼は、私でも処理出来ますけど……」
「うむ、そうであろう? ならば受託─────」
「あー待って!待ってお願い!ほ、他に無いんですかっ!?怪物退治とかっ、新規の遺跡の捜索とかッ!!」
新米独特の、将来設計だけは大きい夢見がちな時期のようである。
途中ながらも横から話し声を聴き、大体の話がわかったギルドマスターも話に混ざる。
「一応俺達も、お前等の成長具合を考えて依頼の段階を決めてるんだけどもな?」
「あ、ギルドマスターさんッ! 依頼ッ、依頼をくださいッ!」
「おぉ、お前様。ちょっとお前様からも言ってやってくれんか」
「……ルミナ、お前が嫌がってる依頼はなんの依頼だ?」
「は、はぃぃ……その、ミズナ草の採集、です……」
「嫌な理由を、教えてもらえるか?」
まあギルドマスターには大体予想が付いているんだが。
新米は夢見がちであり、とかく派手だったり格好よさげな依頼を好む。例外はあるが。
採集なんぞというのは、たまに他国からお小遣い稼ぎにやってくる農家の息子、娘でも依頼達成が可能な内容なものが殆どなのだから、当然新米冒険者には人気が無い。
なお、お小遣い稼ぎの農家の息子娘達も、農業を放り出して来ているわけではない。
冒険には結局出ないかもだが……念のため、彼等もギルドに登録をされる。
農家では子供達も立派な労働力なのだ、それをさせずにこちらへ送り込む理由……。
それはもちろん畑で働いて畑の成長を促すより、こちらで片付ける依頼の方が生活の支えとなるからである。
農家の子達がこちらに登録された後、両親が合意でも不合意でもとりあえずその家にギルドマスターが脚を運び、懇切丁寧に施設概要を説明する。
不作や疫病が発生した際のどうしようもなくなった家なども世界中にあり、酷い時には3日に1回ここで大量に食い貯めるためだけに来訪している子すら居る。
冒険者ギルドと銘を打っているこの施設だが、何気に一般人救済機構は存在する。
─────そして、今まさにギルドマスターと話し合っているルミナも、上記の例から自分の家を救うために冒険者となった一人であり、新米の例外だ。
今も食事の制限は続いておりギルド側から体調を考慮され朝の一回に大量に食う方面で健康管理を言い渡されているが、彼女が稼いだ依頼の報酬は最低限度の身支度金以外は全て実家に送られている。
「……だ、誰でも……片付けられる仕事だし、高速便に乗って行っても、明日には体が凄く痛くなるし……」
「うん」
「それに……今までもこういう依頼に助けられてましたけど……今はもう、それじゃ間に合わないんです……!」
「…………。」
事情を知っているからこそ、口を噤む。
─────現実問題として、目の前に金が無ければ飯は食えないのだ。
「確かにな。お前がギリギリ達成出来る様な怪物退治や遺跡の捜索はあるだろう」
「ッ! それじゃぁッ!」
「で、依頼を任せて……だ。万が一の確率でお前が永遠に戻ってこなかったら、どうなるんだろうな」
「……そうであるな。命は─────ひとつしか無いのだぞ」
「ッ……」
ギルドの管理者二人に同時に諭され、怯んでしまうルミナ。
そしてギルドマスターは立て続けに述べて行く。
「万が一って言う言葉はな?ゼロに近くても、起きる確率があるから使われるんだ」
「はい……」
「ルミナ……達成出来るかどうか怪しい依頼をお前に任せて、身を滅ぼされたら俺達は、まだ良い……少し冷たいかもだが割り切れる……だが、な……
─────残されたお前の家族は……何処に向かうんだろうな」
「─────」
ギルドマスターの最後の言葉に、ルミナは完全に固まってしまう。
今なお少ない報酬の依頼を受注し続けるより、もっとでかい報酬の依頼を……そう考えるのは仕方の無い事だとギルドマスターもわかっている。
だが、しかし。
その足りない収入ですら、彼女が稼いでいる採集の仕事ですら。
それは、家族の支えとなっているのだ。
そして万が一の可能性で、その足りない収入すらも消えたのなら……─────その家族の末路を、述べる必要は無いだろう。
「いいか、ルミナ」
「……」
「俺等もお前の立場がわからんわけじゃないんだ。擬似的なお前の視点になるけどな……それでも報酬が足りないというのなら、安全な方面で無茶をしろ」
「安全な方面で無茶……ですか?」
本来であれば管理側の立場としてこんな暴論を続けていては、途中で『壊れて』後に繋がらないのだが、どうしようもなくなった時は─────人間、限界を超えるものである。
「はっきり言えばまだ甘えているって事だ、翌日に体が痛くなるからオフにするのは……まあ問題は無いだろう、だが……切羽詰まっているのに、体が痛いだけで大人しく1日を潰すのか?」
「…………。」
「無茶ではあるが無理ではない。動く事は出来るんだからな。……だが、さっきも言ったが足りない収入ですら稼ぐ事がおぼつかなくなる。せいぜい二日間頑張って、一日休むって形にしないと駄目だからな?」
「……は、い」
いろいろな可能性を考えさせて、そして自分がどれだけ危ない綱を渡っているのか。
そんな漠然としたものを認知させるのも、ギルドマスターの仕事のひとつである。
彼女はまだ駆け出しの冒険者だ、そんな彼女が怪物退治や遺跡の探索を行ったところで、例え初級者でも出来る内容だとしても、確実に怪我は免れないだろう。
当然ながら、「こんなぬるま湯の環境は嫌だ!!」 と述べる者も存在する。
ならばと言う事で試しにギルド登録を抹消すると……2週間後には土下座をしてくる。
今の現状、冒険者にとっては『ぬるま湯』か『灼熱・絶対零度』の状況しか無いのだ。
彼が現役だった時代から既に110年は経過しているのだが……それでも「ここ以外」では冒険者の扱いは変わる事はなかった。
「お前が頑張っているのは俺も認めているからな、ルミナ、お前にもしもの事があった場合は……やはり家族は悲しむだろう……でもな、悲しむのは─────家族だけじゃないぞ」
「─────え?」
「自分の事を悲しんでくれるヤツが家族しか居ないと思ってたか?俺等は確かに家族には劣るが……見慣れた顔が二度と見れなくなるのは、やはり悲しいものがあるからな」
「…………。」
「……お前様」
そうして長い年月ここを切り盛りしてきて……当然の事ながら、ここで依頼を受け、軽口を交わして出て行き……
─────その後、二度とここに戻る事は無かった冒険者も居るのだ。
死亡場所・そして故郷が判明した者は、ギルドマスターのエゴでしかないが冒険者ギルドを一時解放してまで竜族から全力の援護を受け、冒険者の遺体の回収、故郷への埋葬を行っている。
─────例え、遺体が現地の獣に食い荒らされていても。
故郷が判明しなかった者は……今も、この国を仮の故郷として、共同墓地に眠っている。
「─────わかりました……私は、まだ死にたくありません、家族達が苦労している中で、皆を置いてけぼりにするつもりもありません……それに、皆さんに二度と会えなくなっちゃうのは─────私も、嫌です」
「うんうん」
ルミナの返答に満足し、ギルドマスターは満足げにうなずく。
可能性というものは目に見えてくるモノではない、それを口だけで説明しきるのは非常に難しいのだ。
「よし……アルギア、すまないが彼女のために近場の依頼を固めて出してくれないか?高速便の移動は体に負担が掛かるが、近場なら少しはその負担も軽減されるだろう」
「うむ、然り!ではルミナよ、先程の依頼は今回発注しても良いな?」
「はいっ! よろしくお願いしますっ!」
「ふむ……この依頼の採集箇所は……あった、これだな。この位置の近辺に、もう一つ収集依頼が入っている薬草がある、帰り道にでも採集してみてはどうだ」
「ありがとうございます、アルギアさん!」
その光景をにこやかに見届けながら、ギルドマスターは想う。
あの時代に、完全に敵対、互いに殲滅しあっていた人間と竜族がこうも互いに理解をして、お互いの助けになるように支えあっている。
人の身としては、とても長い……本当に長い時間を過ごして来た。
同期の仲間には全員老衰で先立たれ、この世には居ない。
昔馴染みも既にこの国の竜族だけになってしまっているが、それでも自分がこのギルドを作り上げて、良かったと思える光景が
彼の、目の前にはあった。
冒険者ギルドは、今日も平和である。




