それぞれの依頼
本日の湿度、快適。
アルギアンス共和国にある冒険者ギルドの一日が、また始まる。
~ それぞれの依頼 ~
「おーい、お前等ー」
「あんー?」
「なんだーい、おやっさんー」
朝食を食べ終わった場で、珍しくギルドマスターが声を上げる。
「昨日の時点で依頼更新したいっつってたやつが多かったんでな。
ちょっと数を確認したいから、この後に受付に来るヤツ手ぇ上げろー」
「へーい」
「はいっ!」
「おうー」
「うーぃ」
「俺もー」
と、そんな感じで冒険者達はどんどん挙手して行き……。
最終的には33人中25人も居た。
といってもペア・トリオで組んでいて同時に上げたのも混ざるが。
「むしろ更新しないやつのが少ないじゃないか……。
ちゃんとカラダは休めてるんだろうな、お前等」
「俺は一泊してのんびり晩越した後だぞー」
「俺もー」
「僕もー」
「私もー」
「あ、私は今日で3連荘ですッ!」
「大丈夫だ、ルミナ。お前だけは例外扱いだからな」
確認してみても、やはり減る気配は無い。
大体の把握が終わったので、ギルドマスターが解散宣言を出し
朝食にて使われた食器をギルド運営組の四人で片付けて行く。
「ふー、こりゃ忙しくなりそうだなぁ……」
「お前様、我は寝てても良いだろうか」
「ん……? どうかしたのか、アルギア」
「めんどい」
確認してみたら、やはりやる気が無い。
とりあえずギルドマスターは手に持っていたお盆でアルギアの頭をすっぱたく。
「おぉぅ、お前様酷い」
「やかましいわ。おーいケンター」
「あ、はい」
「高速便からアルギアが戻ってきたら、受付で見張っておいてくれ」
「お前様ぁー?!」
どうやらギルドマスターは、まだまだ新人である彼を
アルギアのサボり防止のために見張りとして使うらしい。
「み、見張っておいてくれって……」
「こいつは書類整理が苦手なんだ。やりたがらないもんでなぁ」
「おばば様、好き嫌いはいけませんよー」
「あくぅっ……! 5歳の曾孫に諭された……!」
「うわー……。」
「ま、そういう事だ。
その間にのんびり仕事を覚えてもらうから、まあ安心してくれ」
「はい、わかりました」
「わからんで良いわッ!!」
ケンタもアルギアに関しては自業自得じゃないのかなと判断し
吠え掛かってくる彼女を華麗にスルーする。
「しっかし、ミニアちゃん、だっけ。
君も偉いなぁ、5歳でもう働いてるなんて……しかもなんか体の成長率すげーし。
どう見ても小学6年……っと、12歳とかにしか見えないよ」
「あ、ははは……。ありがとうございます」
「まあミニアの場合は母親の血が血だからなぁ。
そうなるのも仕方がなかろうて」
「ん、昨日簡単にこの世界の話は聞きましたけど……。
彼女の母親がどうか────」
「ほら、ケンタ……手が止まっているぞ。
まずはここを片付けなきゃ始まらないんだから、ぼさっとするなよ」
「っとととと……! すみません、バイトの経験とか無いもので」
「バイ……あぁ、確かお前が居た世界で働く人と言う意味だったか」
「んーまぁちょっと違うと思うけどその概念でオッケーです」
そんな会話をしながら、着々と食器を片付けて行く四人だった。
◇
「おーっし、そんじゃあ採取と討伐、探索で2列に並んでくれー」
「ういーっす」
「おうさー」
そして彼等の戦いは始まる。
登録している冒険者の力量を見極め、適切な依頼を割り振り
少しでも実力が伸びるように、少しでも死ぬ可能性が少なくなるように祈りながら。
「っと、そうそう。
今日からこいつ、ケンタもここの仕事を覚えてもらう事になったんだ。
ランクⅢまでの採取依頼はこっちのケンタの方に頼んでるから
そのランクまでの採取依頼を請け負いたい場合はケンタの方へ行ってくれ。
討伐と探索系は、低ランクでもこっちだ」
「りょーかーい」
「おうさー」
「わかったっすー」
そんな感じで冒険者達を適度な状態へと割り振っていく。
なお、ミニアとアルギアは台所で今朝の食器洗いをしている。
本来ならいつもはギルドマスター一人だが、早速彼を実践投入しているのだった。
地理に関しても昨日そこそこ教わっており
貰った地図に彼の世界でのルビが振られているため、補助の用意は万全なようだ。
「じゃ、今日も頑張りますかーねっと!」
「な、なるべく足引っ張らないようにします」
前の世界を含めても初めての労働に緊張を隠せないケンタ。
果たして彼はこの仕事に向いているのか向いていないのか。
「皿洗いも面倒じゃぁー……」
「はいはい、おばば様、一緒に頑張りましょ」
どちらにしろ彼女以下は有り得ないのだが。
◇
まずは、アレスとセンリの二人PTの様子。
「んー、アレスとセンリ……ランクⅥか。そうだな、お前達は二人PTだし……。
今日はこっちの遺跡探索の護衛でどうだ? 報酬も中々良いと思うが」
「お、護衛かぁ、よしよし……腕が鳴るねぇ!」
「私達も冒険者としてはまだまだなのを忘れちゃ駄目だからね?」
「なに、お前達なら大丈夫だろうさ。良い結果を期待しているぞ。っと……そうだ」
ギルドマスターは何かに気付いた様で、席を立ち
事務室の引き出しを開けて何かを持って来た。
「一応これを持って行くといい、塩だ」
「し、塩……?」
「塩、ですか」
小銭袋より小さい袋に入っているのは、紛れも無く塩。
それを二つ、放り投げてアレスとセンリに渡した。
「塩っつーのはな、色んなモンに使えるんだ。
一応今回は遺跡の護衛って事だしな。幽霊系の魔獣が出たら使うといい。
今回はなさそうだが……汗を掻きすぎた時にも良いらしいし
相手の目に分投げて直撃すれば、目潰しの効果も期待出来る」
「塩ひとつでいろんな事が出来んだなぁ」
「ありがとうございます、マスター」
「ん、何……構わんさ。二つで300zだ」
『金取るのっ?!』
いつも通りの冒険者ギルドの光景だった。
「んー今日は色んな採集が追加されてるなぁ」
「な、何を受けますかー?」
一方こちらはケンタの様子。
まだまだ見習いの冒険者達が集まり、依頼の用紙を見比べている。
仕事が始まる前に、ギルドマスターからは
【まだまだ何がなんだかわからないだろう。
ひとまずは、板に紙を貼り付けて受付の横に出しておくと良い】
とアドバイスを受けたがために、忠実に実行していた。
「んんー、よし……じゃあこれとこれとこれお願いしますね!」
「えっと……はい、ん?
貴方は、ルミナさんでしたっけ? 朝になんか例外とか言われてましたけど」
「そうですねー」
「三つも受けて、体の方は平気なんですか?」
「うん、大丈夫です。
むしろ最近動いてないと調子狂っちゃうから……」
「んんー、まあ俺もまだ全然わからないので……。
とりあえず無理だけはしすぎないでくださいね」
「はいー」
そうして、依頼の用紙を三枚手渡し
とりあえずの声掛けとして、適度な心配を含んだ発言を残して面談を終了する。
ルミナは今日の準備のために、ギルド受付を通り過ぎて入り口から外へ出た。
一日以内で終わる低ランクの依頼と言えど、旅荷物に水などは必須なのだ。
「それじゃぁ……次の方、どうぞー」
「ぁーぃ」
再び視点をマスターの方へ戻してみると、こちらも珍しい客が居る。
「リヴィス? そういえばお前も手を上げていたなぁ」
「うん、俺もそろそろ狩猟道具更新したいからさ。
もうちょっと強度のあるトラバサミとか吊上げトラップ欲しいんだよね」
「んー……今日はどうやらお前が狩るタイプでの駆除依頼は来てないみたいだなぁ」
「あーマジでかー」
「……お? お前ってシザーハンズ狩った事あったっけか」
「ん、それって蟹っぽいやつだよね。そっちなら時間かかるけどなんとか。
でも剥ぎ取れる素材そんなに高くないんだよなー……」
シザーハンズ。一言で言うと、でかいズワイガニ。
とても硬い。そしてべとつく泡を吐く。
あまり人気が無いタイプの魔獣だが、その硬い甲殻は鎧や盾の素材となる。
軽い上にそれなりの強硬度なため、初心者装備に人気があるのだ。
「いや、なんか多分だが……これ見てくれ」
「ん……? えーと……カニミソ?」
「らしい。報酬額がシザーハンズ討伐の2倍近く出てるぞこれ。
ただまぁ品質を良質な状態で維持しつつ運んで来いって書いてるが……。」
「やるやる! 俺、今なら大丈夫だから!」
あの毛皮の件以来、リヴィスは品質についてとても細やかに手を加えるようになった。
きっと、ギルドマスターの気を入れた怒声説教が効いたのだろう。
そのはずである。多分。
「これカニミソをシザーハンズから抜き取った後に
素材引っぺがしてこっちに持ってきても買い取ってくれるだろ?」
「ああ、それも大丈夫だ。そろそろ他国商隊も来るだろうし
バザーに並べておけば行商人が買って行くだろうしな」
殻の中身は別にしても、メインに使われる甲殻素材は基本的に腐らない。
さすがに2ヶ月3ヶ月と手入れを加えず放置していると劣化もするが
3、4日程度であれば高品質のままこちらへ持って帰ってこれるのも強い。
「じゃ、これ貰うわ! っしゃー待ってろよプラチナトラバサミッ!!」
「怪我すんなよー」
そこそこ真面目な話をしていたのだが、ふとギルドマスターは思い浮かべる。
───そのカニミソっての美味いのなら、夜飯メニューに提案してみるか? と。
◇
そうして、本日の朝方の依頼更新は終わりを告げた。
高速便に乗った冒険者達と定期便を使い他の国に散って行く冒険者を見送った後
マスターとケンタはギルドの入り口で一息付く。
「ま、こんな感じだな。今日はやたら人数が多かったが……。
この後は、基本的に書類整理か室内管理か草刈りだな」
「色々な事、やってるんですね。
マスターは訓練とか、仕事の後にしないんですか?」
「んー、どうせもう冒険者として復帰するつもりもないしな。
のんびりとしつつ、後輩の面倒も見れるし気楽に思っているよ」
「でもアルギアさん、地味に昨日も燃え尽きてませんでしたか?」
「ああ、アイツは竜そのものだしな……人間と概念とか考え方が著しく違うからさ」
事務室の方へと引っ込みながら、
ギルドマスターは冒険者ギルドでやっている内容に関して、自分の感想を述べて行く。
「君にはこれから色々と覚えてもらうのもあるけど
ここの冒険者に戦い方とかも教わって欲しいんだ」
「戦い、ですか。俺冒険者になるつもりないっすよ」
「その慎重さは俺としても嬉しいさ。
でも、その力もいつか使わなければならないかもしれない。
その時に【使い方が判りませんでした】とかなったら、さすがに嫌だろう?」
彼が持つ力は確かに危惧しなければならないものではある。
実際、その力に狂い酔いしれた前例があるのだから。
が……そのままにしておくのも勿体無いモノでもある。
前例からして、70年続いてきた平和が一瞬で砕け散っているのだから。
「まぁ……そうですね。
正直怪力の能力だけでも、町に行けば引越し屋とか出来ますよね」
「ほぉ、君の世界じゃ引越しが商売として成り立ってるのか」
「こっちでは違うんですか?」
「庶民はな。そんなに家具があるわけでもないし
むしろ引越しをする事自体が稀なんだよ」
「あー、世界観の違いか……。所得とかも大きく関わってそうだなぁ」
簡単に述べるのであれば、家は動かせない資産。だから不動産。
そこに済む権利を売り払ってまで動く民衆は中々居ないのである。
しかし一方、彼の住む国では学業が盛んであった。
その学業に専念するために、学校に入学した際別居する例も珍しくない。
他にも、彼の国ではこちらの世界と比べて著しく離婚率が高い。
これも民衆が起こす引越しの回数を底上げしていたりする。
「何から何まで違うようで興味深いな。
前の異邦人はそういうのは特に語らなかったからな……」
「まぁ、話を聞いた限りでしかないですけど
変に力を手に入れちまって、物語の主人公と勘違いしたんでしょうね」
「……君も、同じ力を手に入れてるはずだが?」
「憧れこそ無いとは言えませんけど……。
それでも、その件が戦争に発展したって聞くと……どうしても」
自分の世界に無いものに憧れる。
これは男女共通して、どちらの世界でも有り得る事だろう。
事実、彼は魔法に興味があるし……この世界の人間も
彼の話を聞けば、様々なカラクリに興味を示す事だろう。
「まぁ、慎重すぎるのはなんだが……しっかりと認識してくれているのはいい事だ。
君が良く働いてくれるのだったら、ギルド側から魔法の先生募集を
依頼の中に組み込むこともあるかもね?」
「おぉ、マジっすか。そうなるんだったら頑張らなきゃなんねーかなー」
「ハハハハ、期待させて貰いたい所だ」
そんな軽口を叩き合いながら、ギルドマスターとケンタは事務室へと消えていった。
冒険者ギルドは、今日も平和である。
料理しようとしたら人差し指ざっくり切ったよちくしょー。
刃物でこんだけ危ないのに、彼等が繰り出す剣撃はどんだけ危ないんだ。