第44話「森に残す便り」
戦いから十日目、ノルセイを街へ運ぶことになった。
敷き物を重ねた荷車へ寝かせる間、メルヒナが脇腹を支え、カフリが頭の位置を直した。道の穴を埋めたと聞いていても、揺れをなくせるわけではない。
「痛かったら、止めるからな」
「……すぐ止めたら、街に着かないだろ」
「言えって言ってるの。どこまで我慢できるか、今やらなくていいから」
ノルセイは言い返そうとして、目を閉じた。カフリは彼の足へ布をかけ、メルヒナを見る。
メルヒナが荷台へ上がった。傷だけでなく熱と呼吸も見てから、ようやく出発を頼んだ。
アキスは自分の荷を右肩へかけた。
左肩は、服を着るだけでも痛んだ。エミーラが重い物を分けるように言い、スミナが水の袋を持ったので、いつもより軽い。
ルーシャは歩けるようになっていたが、長く進む時は荷車へ乗る。エミーラも左肩へ布を巻いていた。それを見て、アキスは稽古を頼みかけた口を閉じた。
「足だけなら、道の途中でも見られるよ」
彼女が先に言った。
「……何も言ってないです」
「木剣を見てたでしょ。二人とも、腕が治ってから。ルーシャは脚もね」
ルーシャまで目をそらした。
見送る者が道の端へ集まった。イラドナは街へ送る荷を最後に確かめ、アキスたちへ礼を言った。
その声の向こうでは、崩れた家の木が運ばれている。まだ屋根のない所も多かった。帰ってくる人を迎えるまでに、直す仕事が残っていた。
*
街へ着くまで、四日かかった。
ノルセイを運び込む場所は、マルシカが用意していた。メルヒナの説明を聞く者も待っていて、皆がそれぞれ布と水を運び始める。
アキスは、入り口で荷を降ろした。
前にここを出た時は、全員、自分の足で歩いていた。
「アキス。こっちへ」
マルシカが、数通の便りを持ってきた。
エミーラのものと、カフリのもの。それから、アキスへ届いた一通があった。
メイハの字を見つけ、彼は右手で受け取った。
折り目を開くのに手間取った。スミナが端を押さえてくれると、ようやく読めた。
初めて剣が届いた話への返事があった。
『そこで喜んだら打たれるって、読んでる私でも分かったよ! どうして止まるの!?』
アキスは顔をしかめた。
「……そんなに分かりやすいかな」
「エミーラさん、同じ顔してたよ」
スミナが笑った。アキスは言い返しかけて、便りの続きを見た。
『腕の布は、ちゃんと替えてる? 書いてないから、替えてない気がする。あと、みんなにもよろしくって伝えてね。お兄ちゃんの話だけだと、スミナちゃんたちが何してるか全然分からない』
アキスは便りを少し下げた。
「次は、自分でも書く?」
「書く。アキスが書かなかったことも、少し」
「何を書くつもり?」
「まだ決めてない」
楽しそうに答えたスミナが、最後の行へ目を落とした。
『早く帰ってきてって言いたいけど、聞きたいことがいっぱいあるなら、ちゃんと聞いてきて。帰ってきたら、途中で面倒くさがらずに全部話してね』
アキスは折り目へ親指を置いた。
短くまとめた旅の話では、足りないのだと思った。
スミナが便りから手を離した。アキスは自分で畳み、濡れないよう荷の内側へしまった。
*
街へ戻って三日目、メルヒナが旅へ加わりたいと言った。
アキスは、最初は診療の途中で聞き間違えたのだと思った。左肩を動かす範囲を確かめてもらいながら、彼の顔を見る。
「トルキナまで、一緒に?」
「そのつもり。行く前に、もう一度腕を調べさせてもらってもいい?」
メルヒナは返事を待った。アキスが右腕を差し出すと、布を解き、手首から盛り上がった筋の色を見ていく。
「森で分かったのは、触れた所の働きが止まることだけだ。ロウナムさんの硬化と、あの巨鬼人の再生が、同じ理由で止まったのかもまだ分からない。トルキナに組織を扱った人がいるなら、僕も直接聞きたい」
「俺のためだけじゃ、ないんですね」
口にしてから、妙な聞き方だったと思った。メルヒナが少し笑う。
「それだけなら、紹介を書いて渡す方法もあるよ。アキスの腕を見てから、知りたいことが増えたんだ」
彼は布を巻き直し、結び目を内側へ入れた。
「もちろん、途中で具合が悪くなったら診る。でも、僕がいるから無茶をしていいとは思わないでほしいな」
「それ、エミーラさんにも言ってください」
「もう言った。アキスにも言っておいて、と頼まれたよ」
スミナが横で笑いをこらえた。
「ノルセイは?」
アキスが聞くと、メルヒナは隣の部屋を示した。
「診てくれる人と、朝から話してる。すぐには歩けないけど、今の状態を引き継げる所までは来た。僕が出た後に必要な物も、マルシカさんと確かめたよ」
寝台から、カフリへ何かを言う声が聞こえた。椀の傾け方を、また直されているらしかった。
「僕が食べる物も、道中の商いの人に頼める。最初の分は、この街から持っていくつもり」
アキスは、初めて会った日の自分を思い出した。
「血って……道の途中でも、手に入るんですか」
「食用の獣を扱う人がいる町を通ればね。寄る町を飛ばされたら、困るけど」
「飛ばさないです」
「じゃあ、その日程も一緒に考えさせて」
メルヒナは診療の道具をしまった。すぐに出られると言うのではなく、途中で寄る町をアキスたちの地図へ加え始めた。
*
その夕方、エミーラは知り合いの家族の所から戻ってきた。
集落から避難した先で会えたらしく、出かける時にはなかった袋を持っている。中から乾いた菓子を出し、ルーシャへ一つ渡した。
「まだ持っていけって。荷を減らして行った意味がなくなっちゃった」
「食べれば減る」
「私が言う前に食べないでよ」
ルーシャは二つ目を戻した。
アキスはメイハへの返事を書いていた。戦いがあったこと、今は街へ戻り、肩を休めていること。心配させると思って一度止まったが、消さずに残した。
次はトルキナへ行く。道のりは、およそ三か月。
そこまで書いた所で、スミナが隣の席へ来た。自分の便りを持っている。
「一緒に送っていい?」
「もちろん。……俺の悪口ばっかりじゃないよね」
「悪口じゃないよ。出来事を書いただけ」
見せてほしくて手を伸ばすと、スミナは先に紙を畳んだ。
「メイハちゃんへの手紙だから」
アキスは手を引いた。自分の便りへ、二人分を送ると書き添えた。
*
翌朝、街の外へ続く道に荷をそろえた。
見送りに来たロウナムは、道の土へ根を下ろし、ゆっくりと身体の向きを変えた。
「トルキナへ着いたら、あの印のことを聞いてみてくれ。似た物があるというだけでは、同じ荷とは限らないからな」
アキスは、布の切れ端をしまった袋へ手を当てた。
「運んだ人にも、会えたら聞きます」
マルシカはメルヒナへ紹介の便りを渡した。彼女は街に残り、持ち帰ったオズフェンの記録を調べ続ける。ノルセイも、ここで治療を続けることになっていた。
カフリは最後まで寝台の所にいたため、少し遅れて来た。急いで走ったわけではなく、上着の前を確かめながら近づいてくる。
「忘れ物?」
ルーシャが聞くと、彼は首を振った。
「次に来た時は、看病される方になるなってさ。よく言うよ」
声に、久しぶりに笑いが戻っていた。
六人で道へ出てしばらくすると、木々の間から街の橋が見えなくなった。アキスは歩幅を少し狭め、エミーラの隣へ並んだ。
「足だけ、見てもらっていいですか」
彼女が彼の左肩を見た。腕は吊ったまま、胸へ寄せてある。
「跳ばない。走らない。荷を背負ったままだから、まず普通に歩いて」
「普通に?」
「今、痛い方をかばってるでしょ。そこから」
アキスは足元を見た。
後ろからルーシャが並んだ。こちらも少しだけ、左足をかばっている。
「私も」
「二人とも前を見て。根に引っかかるよ」
言われた直後、アキスの靴が出っ張りに触れた。
転ぶ前に足を戻した。ルーシャが笑いかけ、エミーラに見られて自分の足元へ目をやる。
アキスは顔を上げた。
今日の宿へ着くまでに、足の置き方を幾つ直されるだろう。アキスは荷袋を右肩へ寄せ直し、エミーラの歩幅に合わせた。




