↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
楽園の獣  作者: 静原律
第三章 森を喰らうもの

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/45

第44話「森に残す便り」

 戦いから十日目、ノルセイを街へ運ぶことになった。


 敷き物を重ねた荷車へ寝かせる間、メルヒナが脇腹(わきばら)を支え、カフリが頭の位置を直した。道の穴を埋めたと聞いていても、揺れをなくせるわけではない。


「痛かったら、止めるからな」


「……すぐ止めたら、街に着かないだろ」


「言えって言ってるの。どこまで我慢できるか、今やらなくていいから」


 ノルセイは言い返そうとして、目を閉じた。カフリは彼の足へ布をかけ、メルヒナを見る。


 メルヒナが荷台へ上がった。傷だけでなく熱と呼吸も見てから、ようやく出発を頼んだ。


 アキスは自分の荷を右肩へかけた。


 左肩は、服を着るだけでも痛んだ。エミーラが重い物を分けるように言い、スミナが水の袋を持ったので、いつもより軽い。


 ルーシャは歩けるようになっていたが、長く進む時は荷車へ乗る。エミーラも左肩へ布を巻いていた。それを見て、アキスは稽古(けいこ)を頼みかけた口を閉じた。


「足だけなら、道の途中でも見られるよ」


 彼女が先に言った。


「……何も言ってないです」


「木剣を見てたでしょ。二人とも、腕が治ってから。ルーシャは脚もね」


 ルーシャまで目をそらした。


 見送る者が道の端へ集まった。イラドナは街へ送る荷を最後に確かめ、アキスたちへ礼を言った。


 その声の向こうでは、崩れた家の木が運ばれている。まだ屋根のない所も多かった。帰ってくる人を迎えるまでに、直す仕事が残っていた。


     *


 街へ着くまで、四日かかった。


 ノルセイを運び込む場所は、マルシカが用意していた。メルヒナの説明を聞く者も待っていて、皆がそれぞれ布と水を運び始める。


 アキスは、入り口で荷を降ろした。


 前にここを出た時は、全員、自分の足で歩いていた。


「アキス。こっちへ」


 マルシカが、数通の便りを持ってきた。


 エミーラのものと、カフリのもの。それから、アキスへ届いた一通があった。


 メイハの字を見つけ、彼は右手で受け取った。


 折り目を開くのに手間取った。スミナが端を押さえてくれると、ようやく読めた。


 初めて剣が届いた話への返事があった。


『そこで喜んだら打たれるって、読んでる私でも分かったよ! どうして止まるの!?』


 アキスは顔をしかめた。


「……そんなに分かりやすいかな」


「エミーラさん、同じ顔してたよ」


 スミナが笑った。アキスは言い返しかけて、便りの続きを見た。


『腕の布は、ちゃんと替えてる? 書いてないから、替えてない気がする。あと、みんなにもよろしくって伝えてね。お兄ちゃんの話だけだと、スミナちゃんたちが何してるか全然分からない』


 アキスは便りを少し下げた。


「次は、自分でも書く?」


「書く。アキスが書かなかったことも、少し」


「何を書くつもり?」


「まだ決めてない」


 楽しそうに答えたスミナが、最後の行へ目を落とした。


『早く帰ってきてって言いたいけど、聞きたいことがいっぱいあるなら、ちゃんと聞いてきて。帰ってきたら、途中で面倒くさがらずに全部話してね』


 アキスは折り目へ親指を置いた。


 短くまとめた旅の話では、足りないのだと思った。


 スミナが便りから手を離した。アキスは自分で畳み、濡(ぬ)れないよう荷の内側へしまった。


     *


 街へ戻って三日目、メルヒナが旅へ加わりたいと言った。


 アキスは、最初は診療の途中で聞き間違えたのだと思った。左肩を動かす範囲を確かめてもらいながら、彼の顔を見る。


「トルキナまで、一緒に?」


「そのつもり。行く前に、もう一度腕を調べさせてもらってもいい?」


 メルヒナは返事を待った。アキスが右腕を差し出すと、布を解き、手首から盛り上がった筋の色を見ていく。


「森で分かったのは、触れた所の働きが止まることだけだ。ロウナムさんの硬化と、あの巨鬼人(トロール)の再生が、同じ理由で止まったのかもまだ分からない。トルキナに組織を扱った人がいるなら、僕も直接聞きたい」


「俺のためだけじゃ、ないんですね」


 口にしてから、妙な聞き方だったと思った。メルヒナが少し笑う。


「それだけなら、紹介を書いて渡す方法もあるよ。アキスの腕を見てから、知りたいことが増えたんだ」


 彼は布を巻き直し、結び目を内側へ入れた。


「もちろん、途中で具合が悪くなったら診る。でも、僕がいるから無茶をしていいとは思わないでほしいな」


「それ、エミーラさんにも言ってください」


「もう言った。アキスにも言っておいて、と頼まれたよ」


 スミナが横で笑いをこらえた。


「ノルセイは?」


 アキスが聞くと、メルヒナは隣の部屋を示した。


「診てくれる人と、朝から話してる。すぐには歩けないけど、今の状態を引き継げる所までは来た。僕が出た後に必要な物も、マルシカさんと確かめたよ」


 寝台から、カフリへ何かを言う声が聞こえた。椀(わん)の傾け方を、また直されているらしかった。


「僕が食べる物も、道中の商いの人に頼める。最初の分は、この街から持っていくつもり」


 アキスは、初めて会った日の自分を思い出した。


「血って……道の途中でも、手に入るんですか」


「食用の獣を扱う人がいる町を通ればね。寄る町を飛ばされたら、困るけど」


「飛ばさないです」


「じゃあ、その日程も一緒に考えさせて」


 メルヒナは診療の道具をしまった。すぐに出られると言うのではなく、途中で寄る町をアキスたちの地図へ加え始めた。


     *


 その夕方、エミーラは知り合いの家族の所から戻ってきた。


 集落から避難した先で会えたらしく、出かける時にはなかった袋を持っている。中から乾いた菓子を出し、ルーシャへ一つ渡した。


「まだ持っていけって。荷を減らして行った意味がなくなっちゃった」


「食べれば減る」


「私が言う前に食べないでよ」


 ルーシャは二つ目を戻した。


 アキスはメイハへの返事を書いていた。戦いがあったこと、今は街へ戻り、肩を休めていること。心配させると思って一度止まったが、消さずに残した。


 次はトルキナへ行く。道のりは、およそ三か月。


 そこまで書いた所で、スミナが隣の席へ来た。自分の便りを持っている。


「一緒に送っていい?」


「もちろん。……俺の悪口ばっかりじゃないよね」


「悪口じゃないよ。出来事を書いただけ」


 見せてほしくて手を伸ばすと、スミナは先に紙を畳んだ。


「メイハちゃんへの手紙だから」


 アキスは手を引いた。自分の便りへ、二人分を送ると書き添えた。


     *


 翌朝、街の外へ続く道に荷をそろえた。


 見送りに来たロウナムは、道の土へ根を下ろし、ゆっくりと身体の向きを変えた。


「トルキナへ着いたら、あの印のことを聞いてみてくれ。似た物があるというだけでは、同じ荷とは限らないからな」


 アキスは、布の切れ端をしまった袋へ手を当てた。


「運んだ人にも、会えたら聞きます」


 マルシカはメルヒナへ紹介の便りを渡した。彼女は街に残り、持ち帰ったオズフェンの記録を調べ続ける。ノルセイも、ここで治療を続けることになっていた。


 カフリは最後まで寝台の所にいたため、少し遅れて来た。急いで走ったわけではなく、上着の前を確かめながら近づいてくる。


「忘れ物?」


 ルーシャが聞くと、彼は首を振った。


「次に来た時は、看病される方になるなってさ。よく言うよ」


 声に、久しぶりに笑いが戻っていた。


 六人で道へ出てしばらくすると、木々の間から街の橋が見えなくなった。アキスは歩幅を少し狭め、エミーラの隣へ並んだ。


「足だけ、見てもらっていいですか」


 彼女が彼の左肩を見た。腕は吊(つ)ったまま、胸へ寄せてある。


「跳ばない。走らない。荷を背負ったままだから、まず普通に歩いて」


「普通に?」


「今、痛い方をかばってるでしょ。そこから」


 アキスは足元を見た。


 後ろからルーシャが並んだ。こちらも少しだけ、左足をかばっている。


「私も」


「二人とも前を見て。根に引っかかるよ」


 言われた直後、アキスの靴が出っ張りに触れた。


 転ぶ前に足を戻した。ルーシャが笑いかけ、エミーラに見られて自分の足元へ目をやる。


 アキスは顔を上げた。


 今日の宿へ着くまでに、足の置き方を幾つ直されるだろう。アキスは荷袋を右肩へ寄せ直し、エミーラの歩幅に合わせた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。