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RE.Ver【悪役転生 レイズの過去を知り、未来を変える】  作者: くりょ


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五話 当主の威厳

連れられて来た時の威厳は、まるで風に吹かれた紙のように萎んでいた。


 俺は猫のように丸くなり、部屋の隅でこっそりと縮こまる。


 リアノはそんな俺を見て、少しだけ眉を寄せたあと、慌ててベッドへ誘った。


 「当主様、こちらです!」


 ふわりと敷かれた羽毛のかたまりが、まるで歓迎するように揺れている。


 俺はちらりとそれを見たが、すぐに俯いてしまう。


 「無理無理無理無理……」


 心の中で慌てながらも、顔を上げて、できるだけ落ち着いた声を作る。


 「わたしは鍛錬の身だ。ベッドで寝れば、鍛錬の邪魔になる。ここで休む」


 その言葉に、リアノの瞳がじんと潤んだ。声が震える。


 「そ、そんな……あれほどの鍛錬を真剣にされて、さらに夜までも……! それはいけません! 時にはお身体を休めてください、当主様が壊れてしまいます!」


 涙混じりの声は、次第に強さを帯びていった。


 彼女の言葉の端々からは、訓練場で見たあの必死の姿が浮かんでいる。


 木刀を握る手の震え、額ににじむ汗、それでも諦めずに何度も立ち上がった姿――リアノはそれを心に抱え、譲れないものとして守ろうとしているのだ。


 (やぁ、何を言っても聞かねえな、こいつ)


 心の中で呟きつつ、どこか嬉しさも混じる。


 頑なに否定していた自分が、ふと柔らかくほどけるのを感じた。


 「では、わたしはここで休ませてもらおう」


 観念したように言うと、リアノは顔をぱっと明るくして、「はいっ!」と答えた。


 だが彼女は床に毛布を敷こうとした。


 俺はそれを見て、たちまち黙っていられなくなった。


 「リアノ。おまえに負担をかけるくらいなら、私は部屋に戻る。おまえはここでゆっくり寝ろ」


 その言葉に、リアノは息を飲み、目にさらに涙をためた。


 しかし次の瞬間、彼女は震える声で言った。


 「はい、当主様。わたしがここにおります。安心して休めるなら、……それでいいのです」


 言葉は拙いが、決意は真摯だった。


 彼女はそっと俺の隣に来て、ぎこちなくも丁寧に身体を横たえる。


 俺は観念して、ベッドの端へ移動した。


 できるだけ小さく、存在を薄くして――ベッドの限界まで隅に寄る。


 背中越しに、リアノの小さな息づかいが聞こえる。


 彼女の胸が上下するたび、安心と緊張が混じった温もりがこちらへ伝わってきた。


 部屋の外では、屋敷の静けさがゆっくりと夜を紡いでいる。


 俺たちは言葉を交わさず、しかし互いを感じながら眠りへ滑り落ちた。


 訓練の疲労と、少しだけ芽生えた――けれどまだ言葉にできない――絆とで、


 重く甘い夜が静かに包み込んでいった。


眠りについたはずの夜――


 突如として俺を襲ったのは、とんでもない渇きだった。


 「……あつい……あつい……」


 全身が燃えるように熱い。


 まるで昨日の鍛錬の代償を、一度に支払わされているかのようだった。


 汗が滝のように噴き出し、布団はあっという間に濡れそぼる。


 喉はひび割れた大地のように乾き、息をするたびに焼けつく。


 意識が、遠のく。


 隣で眠っていたリアノは、すぐに異変に気づいた。


 「当主様……!?」


 顔をのぞき込み、何度も呼びかける。


 だが、反応はない。


 瞳を閉じ、苦悶の声を漏らす俺の姿を見て、彼女は瞬時に判断した。


 ――脱水。


 枕元のコップを掴み、水を口に含ませようとする。


 だが、ぐったりとした俺の体は、飲み込む力すら失っていた。


 リアノは唇を強く噛む。


 そして、静かに決意する。


 「……失礼します」


 そっと指先を俺の唇に差し入れ、震える声で詠唱した。


 「アクアミスト」


 指先から生まれた小さな水流が、ゆっくりと口の中へと流れ込む。


 ひんやりとした雫が、乾ききった喉を優しく潤していく。


 一滴ずつ。


 確実に。


 どれほどの時間が過ぎただろうか。


 やがて、重く閉じられていた瞼が、わずかに動いた。


 「……んがっ……んがぁぁがぁぁ!!」


 目を開けた瞬間、口の中にリアノの指があることに気づき、情けない声が漏れる。


 だが――


 視界に映ったのは、必死に俺を支え続けるリアノの顔だった。


 心から案じ、ただ救おうとしている瞳。


 その頑なな優しさに、言葉を失う。


 ……受け入れるしかない。


 俺は静かに目を閉じる。


 ひんやりとした水の感触と、彼女の温もりに包まれながら、


 再び眠りへと落ちていった。


 だが――


 この時のレイズは知らない。


 この異様な渇きの原因が、


 決して鍛錬によるものではないということを。


 そして――


 この“乾き”の意味を知るのは、


 ずっと、ずっと後のことになる。


早朝。


 窓から差し込む朝の光に包まれた屋敷は、静けさを取り戻していた。


 ――本来なら、鳥のさえずりが心地よく響くはずだった。


 「んぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ……! ぬぁっしょい!!」


 不気味とも勇ましいともつかぬ、男の声が屋敷中に轟き渡る。


 その声の主は、もちろんレイズ。


 朝一番から庭に立ち、汗まみれになりながら木刀を振り下ろしていた。


 木刀が地面を叩くたび、砂埃が舞い、声はますます力強さを増していく。


 「んぬぬぬぬぬ……まだだっ! まだ痩せ足りぬ!!!」


 すでに額から流れ落ちる汗は、夜の発汗を思い起こさせるほど。


 だが本人にそんな自覚はなく、ひたすら己の体と向き合っていた。


 ――こうしてまた、レイズの鍛練は始まる。


 庭に立つレイズを、三つの視線がとらえていた。


 ヴィルは腕を組み、満足そうに頷く。


 (……うむ。努力の形が、ようやく板についてきたな)


 リアノは胸の前で手を組み、今にも泣き出しそうなほど心配げに見守る。


 (当主様……どうか、無理なさらないで……)


 リアナはその両手を口元に添え、元気いっぱいに声を張り上げる。


 「がんばってくださいませ、当主様ー!」


 ――同じ姿を見ていながら、それぞれの胸に抱く思いはまったく違っていた。


 その想いに応えるように、レイズは木刀を握り直し、勇ましく叫べ――


 なかった。


 「んひぁぁいっ……!」


 へなへなと腰が抜け、その場にへたり込んでしまう。


 「…………」


 微かに笑い声が混じった。


 けれど、誰も彼を嘲りはしない。


 荒い呼吸のまま顔を上げたレイズの瞳には、確かな光が宿っていた。


 (俺は――進むと決めたんだ)


 迷わぬ覚悟。揺るぎない意志。


 その一瞬を映したレイズの顔を、見守る者たちは皆、真剣に受け止めていた。


 それはまるで当主の自覚を胸に、勇ましく挑む男の姿のようで――


 (痩せるために!!)


 しかし、それもまた少し違うことに、誰も気付いていなかった。


ほんの少し――だが確かに、レイズの努力は芽吹き始めていた。


 使用人たちの眼差しに、淡い期待が宿る。


 アルバード家の使用人たちは洗練されており、無駄口を叩くことは決してない。


 そのため外からは寡黙に見えるが、彼らもまた人間。


 内心にはそれぞれの感情が渦巻き、主人の変化を敏感に感じ取っていた。


 「……当主様は、変わられた」


 そう胸の内で囁きながら、彼らは黙々と日常の務めをこなしていく。




 ――場面は変わり。


 重厚な書斎の一室で、ヴィルとクリスが向かい合っていた。


 「それで、クリス」


 ヴィルは落ち着いた声で切り出す。


 「レイズのことは、貴方に任せるつもりです」


 姿勢を崩さず、クリスは静かに頷いた。


 「はい。わかりました」


 「率直に――貴方から見たレイズは、どうなのか。私に教えてください」


 クリスは短く息を整え、冷静に答える。


 「……まだ能力的に見れば、不足としか言いようがありません」


 一拍の間を置き、続ける。


 「ですが。重木を持ち上げるレイズ様の姿は、すでに常人のそれを超えております」


 ヴィルは目を細めた。


 (……そうか)


 ――たとえ、どれほど情けなく頼りなく見えようとも。


 クリスの声音は、落ち着き払っていた。


 しかし――内心は穏やかではなかった。


 (あの時、確かに見た……)


 額から滝のように汗を流し、声を張り上げ、情けなくも威厳を見せようとするレイズの姿。


 常人であれば「無様」と嘲笑する光景。


 だが、クリスの目には違って映った。


 (あれほど必死に、己の限界を破ろうとする人間を、私は知らない)


 彼自身、幼少より剣を学び、努力を重ねてきた。


 だからこそ知っている。――努力とは、報われる保証のない孤独な行為だということを。


 その孤独を真正面から抱きしめ、なお立ち上がろうとする姿勢に、胸を打たれずにはいられなかった。


 (未熟だ。だが、未熟だからこそ……育つ余地がある。あの目は、鍛錬の先を見ていた)


 「……」


 表情ひとつ動かさず、クリスは沈黙を保つ。


 だが内心には、すでに決意が芽生えていた。


 (レイズ様を支えよう。あの方が道半ばで倒れぬように。


 それが、私に与えられた役目なのだ)


ヴィルは静かに机に向かい、羽ペンを走らせていた。


 レイズの今後の鍛錬内容。

 日々の予定。

 休養と食事の配分。


 一枚の紙に、几帳面な文字で細やかに書き記していく。


 「……これでよし」


 そう呟き、紙を手に取ると、ヴィルは屋敷の奥へと足を運んだ。


 敷地の片隅にひっそりと佇む、別の建物。


 外見は控えめだが、その内部には莫大な数の書物が整然と並んでいる。


 まるで――図書館。


 だが、この場所に立ち入ることを許される者は極めて少ない。


 一般市民はもちろん、アルバード家の人間ですら、限られた者のみが利用を許されていた。


 扉を開くと、かすかな紙の匂いと、張りつめた静謐が漂う。


 その空間の奥で、一人の少女が椅子に腰かけ、本に夢中になっていた。


 年の頃は十五、六。


 長い髪を耳にかけ、ページをめくる指先は迷いなく動いている。


 その姿を見て、ヴィルは思わず柔らかな眼差しを向けた。


 ――どこか、レイズを見る時と似た視線。


 「イザベル」


 呼びかけると、少女はびくりと肩を震わせ、本を閉じた。


 「えっ……おじいさま!?

 ちょ、いきなり声かけないでください……!」


 驚いたように振り返る。


 ヴィルは小さく微笑み、静かに告げた。


 「貴女にお願いしたいことがあります。協力してくれますか?」


 少女――イザベルは一瞬きょとんとしたが、やがて頬を染め、小さくうなずいた。


 そう。

 彼女もまた、ヴィルの孫である。


 だが――


 彼女の名は、イザベル・レイバード。


 アルバードの名を持たぬ理由は、まだ誰も知らない。


 それは後に語られる、静かに秘められた真実だった。


 イザベルは差し出された紙を受け取り、静かに目を通す。


 そして、数秒後。


 ふっと微笑んだかと思うと、思わず吹き出してしまった。


 「……そっか。レイズ君、やっと進み出したんだねぇ」


 その声には、柔らかな温もりがあった。


 弟を見守る姉のような――けれど、ほんのりと大人びた色香も混じる声。


 さらに目を走らせていくうちに、イザベルは口元を押さえきれず、笑いながら言った。


 「ちょ、おじいさま。なによこれ……」


 「ふむ?」


 首を傾げるヴィル。


 「なにって……今のレイズの能力を視覚化したもの、ですよ。

 私なりに、分かりやすく書いたつもりですが」


 イザベルは肩をすくめ、半ば呆れながらも笑いを堪えきれない。


 「そういうことじゃなくて!

 この偏りきった能力評価の振り分け!

 こんなの、真面目に描いてたの?」


 だが、ヴィルにはその意味がよく分からなかった。


 彼にとってそれは、ただ素直に、真剣に――

 孫の努力を記録した結果にすぎなかったのだ。


 イザベルはしばらく沈黙し、やがて小さく息を吐く。


 「……まあ、いっかぁ」


 そして、少しだけ声を弾ませる。


 「久しぶりに、レイズ君とお話しできるんだね?」


 その瞳に宿るのは、懐かしさと喜びの光。


 ヴィルは立ち上がり、静かに告げた。


 「では……頼みます。私はレイズのもとへ向かう」


 そうして背を向け、足音も立てぬほど静かにその場を後にした。


 残されたイザベルは、手にした紙を胸に抱き、そっと微笑む。


 (本当に……嬉しいな……)


 (約束、思い出してくれたのかな……ふふ)


 イザベルは、まだ知らない。


 今のレイズが、

 幼い頃のレイズでも、

 荒んでいたレイズでもないことを。


 完全に――


 別人が歩き始めていることを。


休むことなく、真面目に木刀を振り続けるレイズ。


 時折、ふっと顎を引き、余裕を漂わせるような仕草を見せる。


 ――だが、その余裕は木刀を持ち上げる瞬間に、跡形もなく吹き飛ぶのだった。


 「レイズ様……そろそろ休憩をしてくださいませ」


 心配そうに声をかけるリアナ。


 だがレイズは低く落ち着いた声を作り、ゆっくりと振り返った。


 「……リアナよ。時には男とは、決めた道を突き進まなければいけない時がある」


 一呼吸置き、真剣な眼差しで言葉を続ける。


 「そう、それが今なんだ。……見ててくれ」


 リアナは思わず頬を赤らめ、うっとりとその姿を見つめる。


 そしてレイズは再び木刀を握り直す。


 ――カッコつけた以上、今度こそ変な声は出さない。そう固く誓った。


 だが、振り上げる瞬間。


 「……っっっ!!!」


 喉から声を絞り出さないよう必死に堪えた結果、顔はぐにゃりと歪み、目も口も開ききって、とんでもない形相になっていた。


 もちろんレイズは気づかない。


 だがリアナは「さすがです!」と声を上げ、その必死さを真剣に受け止めていた。




 木刀を振り続けるレイズのもとに、重々しい足音が近づいていた。


 図書館のある方角から、ゆっくりと歩み寄る影。


 最初に気づいたのはリアナだった。


 彼女はすぐさま膝を折り、深く頭を下げる。


 ――ヴィルだ。


 だが、レイズはそのことに気づかない。


 全身から汗を飛び散らせ、必死の形相で木刀を振り続けている。


 ヴィルは近くまで歩み寄ると、その姿を黙って見つめた。


 それは努力する孫に対する驚愕か。


 それとも、あまりにも凄まじい形相に言葉を失ったのか。


 あるいは、ただ邪魔をしたくなかったのか。


 ――その真意を知る者はいなかった。


 やがて木刀を置き、一息つくレイズ。


 満足げに顎を引き、カッコつけた声で言い放った。


 「っふ……では少し休憩を――」


 そして振り返った瞬間。


 「おわぁっ!!」


 そこに立っていたのは、いつの間にか見守っていたヴィルだった。


 思わず情けない声をあげ、慌てふためくレイズ。


 次の瞬間、顔を真っ赤にしてうつむき、どこか恥ずかしそうに目をそらした。


 ヴィルはその姿を、静かに、惜しむように見つめていた。


 だがその眼差しには、深い愛情が込められていた。

昼時が近づいた頃、ヴィルは穏やかな声でレイズに告げた。


 「そろそろお昼になります。リアナ、今日も精のつく料理をレイズ様にご用意してください」


 リアナは嬉しそうに目を輝かせ、「もちろんでございます!」と深くお辞儀し、足早に厨房へ向かおうとする。


 だが、その背をレイズが呼び止めた。


 「待てぃ!」


 その声音には、ふざけ半分ではなく、確かな決意が込められていた。


 リアナも立ち止まり、振り返る。


 「と、当主様……?」


 ヴィルもまた、孫が何を言い出すのかと真剣な表情で見守っている。


 レイズは深呼吸し、重々しく言い放った。


 「今日のお昼は――野菜を食べる」


 その瞬間、リアナの顔は青ざめる。


 「そ、そんな……!! それだけは……!」


 そしてヴィルも厳しい声を響かせた。


 「何を言っている!」


 まるで死地に向かう孫を止めるかのような、怒気を含んだ気配だった。


 リアナは怯え、一言も発せなくなる。


 それでもレイズは臆せず語った。


 「食事は体を作る資本だ。だが、精神を鍛えてこそ本当の強さを得られる。野菜を食べることは、精神を磨く鍛練の一つなのだ」


 言葉選びは妙に堂々としていて、当主らしい威厳すら漂っていた。


 その言葉に、ヴィルは震えるように感動し、呟いた。


 「……すばらしい」


 すぐにリアナへ向き直り、力強く言う。


 「聞きましたね? 今日の食事は肉だけでなく、野菜もたっぷり使ったものを作りなさい」


 リアナは強く頷き、走り去っていった。


 残されたレイズは心の中で、深いため息をつく。


 (……ここの“たくさん”って、一体どんな基準なんだろうな)


 そんなレイズはどこか遠くを見つめている。


 その様子を見つめながら、ヴィルは確信する。


 ――この子は未来を見据え、何かを成し遂げようとしている。

 やはり私の眼に狂いはなかったと。




 食事の件を一段落させると、ヴィルは表情を和らげ、続けてレイズに語りかけた。


 「さて――今日の予定についてお話ししましょう。


 午後には、あちらに見える大書斎へ向かっていただきます。リアナに案内させますので、彼女について行きなさい。そこには、あなたに魔法を教えてくれる優秀な者がおります」


 ヴィルの声音は穏やかだが、言葉には確かな期待が込められていた。


 「それから……鍛練は続けても構いません。ただし、今後は模擬戦を取り入れ、実戦に備えるべきでしょう。相手はクリスに任せます。彼ならば、きっと良い経験になるはずです」


 そう優しく告げると、ヴィルは満足そうに小さく頷き、レイズの返答を待った。




 レイズは一瞬、遠くを見つめていたが、ハッと我に返った。


 「ま、魔法?!……」


 その瞬間、瞳が輝く。


 ――そう、魔法だ。


 痩せることはレイズにとって第一の使命ではある。だが魔法に関しては、ただただ純粋な憧れと喜びでしかなかった。


 「ありがとう! ヴィル! 楽しみにしてるよ!」


 満面の笑みでそう告げるレイズ。


 ヴィルは背を向けながら、小さく頷いた。


 「……では、頑張ってください」


 静かにその場を後にする。


屋敷へと戻るレイズの足取りは、まるで戦場に赴く兵士のように重かった。


 (開けたら最後……もう後には引けない)


 ――脳裏に浮かぶのは、かつてゲームの主人公が魔王の城に挑む前に仲間へ告げた言葉だった。


 「みんな、覚悟はいいか? もう後には引けないぞ」


 そして仲間たちが頷き、扉を押し開ける――。


 そのシーンを重ねながら、レイズもまた大きく息を吸い、覚悟を決めて食堂の扉を開いた。


 そこに広がっていたのは――期待を裏切らぬ、いや、期待を遥かに超える光景だった。


 巨大なテーブルの中央には、どっしりと構える豚の丸焼き一匹。


 そして、その端に――申し訳程度の小さな小皿に、ほんの数枚のサラダ。


 レイズは思わず口元を歪め、涙を浮かべながら笑った。


 「ククク……これではまるで、俺こそが魔王ではないか!」


 そして大声で叫ぶ。


 「逆だろおおおおおお!!!」


 そんな声がむなしく響くのだった。

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