節分戦争
門の鉄柵越しに、ユウコ先生の声が静かに、穏やかに響き続ける。彼女はコートの袖を軽くまくり、両手を胸の前で軽く組み合わせて、鬼の瞳をまっすぐに見つめた。鬼は変わらず、無表情のまま。赤黒い衣の裾が風に揺れる音だけが、二人の間に漂う。
「鬼さん、これなら……」
先生は右手を軽く差し出し、掌を上に向けた。まるで、園庭全体を優しく包み込むように。
「子供達は『怖い戦争』じゃなくて、『賢く協力して鬼さんを退治した!』って達成感いっぱい。鬼さん三人とも、体は痛くないけど、心がポキポキ折れて『今日はもう帰るよ~』って笑顔で退散できるよ」
彼女の声は柔らかく、確信に満ちていた。冬の息が白く、鉄柵の隙間を抜けて鬼のほうへ流れていく。
「先生は、子供達を守りながら、鬼さんとも『遊び』で向き合いたいんだ。ガスガンみたいな危ないものは使わないけど……これで本気で『やっつける』作戦だよ」
ユウコ先生は少し間を置いて、目を細め、静かに微笑んだ。
「どう? 鬼さん、この作戦で心が折れそう?」
鬼の心は折れている。
結構前から折れている。
ほとんど複雑骨折状態だ。
この節分戦争は、鬼が勝つ。
間違いなく勝つ。
仲間二人の牙は本物で、血の匂いを纏い、子供達の小さな命など一瞬で消し去れるだろう。
でも、今、目の前にいるユウコ先生には圧倒的な敗北をしている。
完全敗北だ。
ユウコ先生の勝ちだ。
もう誰が勝ちで、誰が負けなのかさっぱりわからない。
鬼の思う事は、勝ち負けなどではなく
「これ、どうしたもんかなぁ? もう一週間切ってるぞ」
との焦りだけだ。
笑顔で話すユウコ先生。
その言葉はもう耳に届いてはいない。
そんな中、鬼はふと思う。
「……そういや、桃太郎とかいたな? アレ、呼べばなんとかなるのか?」
節分戦争までもう時間がない。
果たして、子供達は清く・明るく勝利を手にする事が出来るのだろうか?
冬の夜は、さらに深みを増していた。
鉄柵の向こうで、ユウコ先生の笑顔だけが光っていた。




