【日常の1】今年の漢字一字
バァン。
来たなダンタリオン。
でも離着陸時に大きな音がするという設定は、こういう時は邪魔だな。近所迷惑だ。
「よいしょ。」
窓から入るの?
「玄関はなんか人目がね。」
いや、こっちの方がよっぽど目立つからね。あ、翼気をつけて。座布団はそれ使って。今お茶淹れるから待ってて。
◇
「で、何の話をすればいいの?」
いや、今年もあと二ヶ月ちょっとでしょ。
「だから何?」
今年の漢字一字は何になるかなあ、と思って。
「帰るわ。」
待って待って。この話題興味ない?
「……ないこともないけど。坊主が大きな紙に今年を象徴する字を書くあれでしょ。」
知ってるじゃん。
「去年がたしか『金』で、一昨年が『税』で、その前が『戦』って、なんか最近殺伐としたのばっか。」
……知ってるじゃん。
「今年は何かしらね。」
お、乗ってきた。
◇
私はねえ、今年は「米」か「熊」じゃないかなと。
「ああ、予想としてはいい所ついてるわね。」
米は米国の意味も入ってる。トランプ関税があったからね。
「成る程。」
熊もねえ、結構出たんですよ。
「ここで?街中でしょ?」
いや、仕事の現場とか。
「出くわしたの?」
幸い出くわすことはなかったけど、前日にニュースで熊が出たって言ってた所を車で通ったりとか、現場でも熊の出没情報があって、発注者からの指示でクマ除けの臭い袋を持たされたりとか。
「熊除けの臭い袋?そんなのあるんだ。どんな臭いがするの?」
急に前のめりになってきたな。臭いはねえ、なんて言うか、燻製に鰹節を混ぜたみたいな。
「美味しそうじゃない?」
そうなんだよ。逆に熊を誘引しちゃうんじゃないかと思ったくらい。
「でも、効果があるからわざわざ持たせられたんでしょう?」
そうだと思う。実証出来てないけど。
「実証出来なくて良かったわよ。」
そうだね。
◇
「ところで、熊には出会ったことあるの?」
車の中から二回、ニアミスが一回。生身で対峙したことはまだ無いよ。
「ニアミスって、どんな状況?」
山の中に自動撮影カメラを仕掛けて、そのデータ回収と電池交換に行く仕事だったんだけど、そのうちの一箇所で、物凄い獣臭がした。もう、すぐ近くに絶対なんかいるだろうみたいな感じ。
「うわ……。で、何で熊だって分かったの?」
回収したカメラのデータの中に、熊が写ってた。
「いやあー!……大丈夫だったの?」
うん。多分、熊の方も人と顔合わせたくなかったんでしょ。
「内気な熊で良かったわ。」
◇
そう言うわけで、実際に生身で対峙したことは無いんだけど、昔、裏磐梯の民宿に泊まった時、宿の人から、山で熊に出くわした時の話を聞いたことがある。
「どんな状況?」
山にネマガリタケっていう笹のタケノコを獲りに行った時の話。
「ふんふん。」
ネマガリタケが獲れるササは「チシマザサ」って言う大きなササで、人の背丈を軽く超えるくらい大きくなるんだ。しかも密生するから、中に入ると一寸先は緑で、すぐ前に何かが居ても分からない。
「うわ。」
で、そういう中でタケノコを獲っていたら、前から『パキッ、パキッ』という小さな音が近づいて来る。
「小さな音?」
熊の手足の裏はすごく柔らかくて、歩く時音がしないんだそうだ。だから、ササが折れる小さな音だけが聞こえる。
「ええー……そうなんだ。」
で、その小さな音が突然止んだ。
「向こうも気づいたのね。」
で、しばらくしたら、『パキッ、パキッ』と言う小さな音が、今度は遠ざかりながら聞こえて来る。
「なんかリアルで怖い。」
◇
あと、夏に御霊櫃峠に行こうとしたんだけど、前日に熊が出たって言う情報が入って断念したりとか。
「ショウキ的には、今年の漢字は『熊』で決まりね。」
全国的には「米」のほうかなあ。
「そうかもね。」
◇
取り敢えずの初回だし、こんな所かなあ。
「そうね。ショウキが良いんだったら、この辺で締めましょうか。」
じゃあ、次の話を思いついたら、また呼ぶね。
「うん、メールして。」
◇
バァン。
また窓から帰ってったよ。
あ、しまった話題があんまり日常じゃなかった。
次は日常の話を。




