01
朝ご飯作りやお昼のためのお弁当作りは初めてというわけではないから余裕はあった。
それでもゆっくりはできないからそれなりに急いだ、これから一番大変なことをしなければならないのもあるから。
「これでよし……っと、起こさないと」
二階に戻ってお部屋の扉を開ける、それから一切考えずにカーテンも開けた、なんなら窓も開けた。
これでも起きないようならお布団を取るしかないということで持ち上げた、その瞬間にばっと体を起こして取り戻された。
「まだ大丈夫だからっ」
「駄目よ」
「うぅ……全く優しくない……」
佐藤瑠伊、それが私の名前だ、だけど彼女は同じ家に住んでいているだけで同じ名字ではない。
高橋静子、彼女は私の母が連れてきた、学校から近いという理由でお友達に頼まれたみたいだ。
「はぁ……学校にいきたくないなぁ」
「なにを言ったっていかなければならないことには変わらないわよ、私達は学生なんだからね」
「最近はよく人が近づいてくるから嫌なんだよね」
「なんでそれが嫌なの? 自然と誰かが来てくれるなんてありがたいことじゃない」
「瑠伊ちゃんはわかっていないね、自分が求めているわけじゃなければそんなの怖いだけだよ」
着替えるために出てほしかったみたいだから必要なことを話して部屋を、そのまま家からも出た。
あの人は一つ年上の二年生だ、なら何故敬語を使っていないのかと言えば母からそうしなさいと言われたからだ。
お家に来てから二カ月ぐらいが経過しているのにまだ慣れない、そういうのもあって朝ご飯作りやお弁当作りなんかよりも疲れる行為となっている。
「おはよう」
「おはようございます」
校門のところで教師がででん! と待ち構えていても特に気にならない、いきなり佐藤と名字を呼ばれて話しかけられても緊張したりはしない。
「って、経験したことがないから言えるだけよね」
教室に着いたって誰とも話さない、係のお仕事や委員会のお仕事がない限り放課後まで会話をすることがないまま終わることが多い自分だからかと片付けることになった。
私の相棒は小さな本、この子だけが最後まで付き合ってくれるけどこれだって無理やりみたいなものだ。
「ねえ、あそこにいる佐藤さんを呼んでほしいんだけど」
「はい」
珍しいことが起きたと思ったら静子さんだった。
来てくれた子にはお礼を言って廊下に出ると「なんで先にいっちゃったの!」と大声を出されて朝から負けそうに。
「今日はどうしたんですか? 静子さんらしくないですけど」
「うっ、い、いやっ、いつも通りの私だよ!」
「少し離れましょうか、ちゃんと教えてください」
空き教室はあっても開放されていないからとにかく教室から離れることにした。
人がいなければいないほど大きな声は響くものだけどそこは流石にコントロールしてくれるはずだ。
「それでどうしたんですか?」
「……今日体育でサッカーをやるんだけどさ、それで実はキーパーを任されているんだよね」
「ああ、やりたい人がいなかったら仕方がないですよね」
「それでね……もう失敗をしているんだよね、今日が初めてじゃないからさ」
「止められないときだってありますよ、本格的に頑張っている人達だって無敵というわけではないんですから」
一人で守るにはやたらと広い、しっかりやっていない私からすれば寧ろ一人に対してサイズがおかしくないかと文句を言いたくなるぐらいだ。
そもそも運動が得意ではない私にとってはなにもかもが敵だ、みんなとやる団体競技ではなくてもなんでといつも意味のない考えを繰り返している。
「もうやりたくないっ、止められなかったときのみんなの目が怖いんだよ!」
「気にしすぎですよ、中にはサッカーが好きな人だっているでしょうがほとんどは授業がだからやっているだけではないですか」
「わかった」
「はい」
「瑠伊ちゃんとはわかり合えないことがこの二カ月でわかったよ……」
歩いていってしまった。
こちらだって色々と考えて、ただそれを表に出したところで意味はないから抑え込んでいるだけなのにこれか、別にお友達というわけではないから構わないけれど。
先程の話の続きというわけではないものの、静子さんを毎朝起こしたりしているのだって母に任されているからだ、任されていなかったら同じようには動いていなかったと思う。
「はぁ……」
わかり合えないとなんとなくわかっていたのに今日来たのはそれでも捨てきれなかっただろうか? ただ、いまのそれで完全に諦められたならよかったと言える。
無理やり合わせてまで一緒にいてほしくはない、案外そういうのはわかるものだからいちいち引っかかってしまうのだ。
教室とは全く違う場所でぼうっとしていても馬鹿らしいからこちらも戻ることにした。
冬でもないのにその内側は寒いぐらいだった。
「よかったわ……」
読み終わった後は読んでいる最中とはまた違う感覚になる。
これまで買わなければよかったと感じた本はないから変わらないと言えば変わらないけどそれでもやはり差はある。
共通しているのは読み終わった後はすぐに動かずに留まっていたくなるということだ、一時間ぐらいは浸っていたい。
「なにがよかったんだ?」
「この本が――ご、ごめんなさい」
悪い点は抑えられずに表に出してしまうことか。
「後ろから来たときにちょっと見えたけど私には難しそうな内容だったな」
「そんなことはないわよ、読んでみる?」
「あーじゃあちょっとだけ」
クラスメイトだとはわかっているけど名字も名前も出てこない、覚える気がなかったわけでもないのに……。
ちょっとだけ言った割には真剣な顔で読んでくれていたからそれもまた嬉しかった、学校で誰かと話せているのも大きいのかもしれない。
「悪くない、悪くないんだけど……なんだろうな」
「合わなかった?」
「感情移入できないというか、当たり前なんだけど全く関係ないところで全く関係ない話が始まっているだけというか」
「ふふ、仕方がないわよ」
本を開いたときに自分のことしか書かれていなかったらすぐに閉じることになる、なによりそのために大事なお金を使いたくはない。
「そう、そうなんだけど……うーん……難しいな」
「あなたが好きなのかはわからないけど作品を作る方が合っているのかもしれないわね」
「読むのと書くの二択だったらそうかもしれないな」
名字も名前も知らない状態でこのまま続けたくはないから終わらせよう、求めてしまう自分を直視したくないのもある。
「本当のところがどうであれ少しだけでも本について話せてよかったわ、ありがとう」
「いや……」
「当たり前ではないから、それではこれで帰るわね」
出かかっていたものを抑え、言いたかったことも他の言葉で上書きしてなんとかした。
素直に帰ったりはしない人間だから寄り道をした、新しい本を買うためでもあるから今日は理由がある。
「る、瑠伊ちゃん!」
「お家に住んでいるからって仲良くしなければならないなんてルールはないわ、合わないならそのままでいいのよ」
そんなことよりも普段はすぐに帰る彼女がまだ制服を着ている状態でここにいることがおかしかった。
偶然、ではないのかもしれない。
「でも、勝手だったから……」
「そう? あなたはちゃんと私と過ごして答えを出したんじゃない、一切一緒にいないのに答えを出した場合とは違うのよ」
「だ、だけどさ!」
「落ち着いて……って、雨ね」
六月だからというかこういう日もあるわよねぐらいの感覚にしかならない。
「どうしようっ、傘は持っていないよ!?」
「どうしようってもうやまないでしょうし帰るしかないわよ。いきましょう、私に合わせたせいでこうなっているんだからこれが答えよね。満足したでしょう」
一応言っておくと彼女は普段からこのようなテンションではなかった、明るくて人にも好かれていて彼女が動かなければ学校でなんかは一緒にいられないぐらいの存在だ。
でも、今朝のを見ると関わっていく中で無理やり抑え込んでいただけのように見える、そこはお家に住ませてもらっている身だからだといま考えた。
喜怒哀楽の内、喜と楽しか私の前では出してこなかったから限界がきて出すしかなかった、いや、出てしまったというところか。
「着替えやタオルも持っていくから早くシャワーを浴びなさい」
「瑠伊ちゃんは……?」
「私だってこの状態でそこまで自由に行動はできないわよ、着替えを持っていった後は洗面所で待っているからそこまで長くならないでね」
風邪を引きたくない理由がある、だからあまりゆっくりされても困るのだ。
それと彼女の服を取るためにわざわざ別の場所にいかなければならないわけではないのがいい、一緒のお部屋で寝ているのだ。
「わ、わかった、じゃあお願いね」
「ええ」
不満があるなら今日のようにはっきり言っていってもらうしかなかった。
少なくとも卒業するまではここで一緒に暮らしていかなければならないから抑えてばかりでは体に悪いだろう。
仮に相手がわかり合えないと答えが出てしまった人間だったとしても、それでもどうしたって全て無視をして過ごすことなんて無理なのだから。
ただ、どうしても無理ならそれも言えばいい。
だって一年生の間は少なくともここから通っていなかったわけだからできるはずなのだ、それこそ微妙な人間が近くにいるこの環境よりも登校時間が長くなることの方が大変だとは思えない。
「出るよ」
「ま――普通は見られたくないでしょう?」
違う、洗面所ではなく廊下で待っておけばよかったのに私が馬鹿だった。
廊下が少し濡れることを気にするなら二階にいった時点でアウトだ、一番冷静に対応できていなかったのは私だ。
「そんなことよりも早く入ってほしかった」
「そう、それでもあなたが服を着たら呼んでちょうだい。それとごめんなさい」
寧ろ風邪を引いてしまった方が一つのことに集中できるのではないかと考えてすぐに捨てたのだった。
弱って迷惑をかけるぐらいなら自分の馬鹿なところや情けないところを直視している方がマシだったから。
「よう」
「おはよう」
「今日は私も本を持ってきたんだ、あ、もちろん私が読むためじゃないけどな。はい、佐藤に読んでもらいたかったんだ」
「ありがとう、でも、どうして?」
わざわざ買ったのなら問題で、わざわざ持ってきたのならそれはそれで気になるというものだ。
「んー昨日の感じ的に読み終わったみたいだったからな、それなら新しい本が欲しいところだろ?」
「ふふ、そうなのね、それなら読ませてもらうわ」
昨日購入してきた本はこれを読み終えてからでいいか。
お金が無限にあるというわけではないうえに一冊なんてすぐに読み終えてしまう、そうなればまた購入しての繰り返しだったからそこまで余裕がなかったところにこれはありがたい。
貸してもらった本なら読了済みの本でも読ませてもらう。
ただ、そう考えると私は別に本が好きなわけではないのかもしれなかった、なにかを買いたいだけなのだろうと。
「そういえば昨日、途中で濡れなかったか?」
「濡れたけどこの通り、風邪は引かなかったわ」
「でも、我慢はよくない、困ったらちゃんと言えよ」
「私はそこまで強くないわ」
「ん? ああ、ちょっと遠回しな言い方だな」
一年生の六月に急に近づいてきてもそこまで違和感はない。
積極的に他人を拒絶するわけではないから当分の間はこのままでいい。
「瑠伊ちゃん瑠伊ちゃん!」
「移動しましょう」
元気なのはもうわかった、あとみんなと仲良くしたいタイプだというのもね。
でも、変えるつもりもないのにここに来てどうするというのか、流石に同学年の人全てと仲良くなれたからというわけではないだろうからこんなところで時間を無駄にしているのはもったいない。
「あー私も来てよかったのか?」
「ええ、この人は同じお家に住んでいる高橋静子さん、二年生なの」
「この子は佐藤瑠伊ちゃんね!」
「それは知っています、同じクラスですからね」
名字が違うことには意識を向けず、か。
それかもしくはまだ踏み込んではいけないと考えているのか、なんとなく彼女だったらこっちの可能性の方が高そうだ。
「それであなたは?」
「私は鈴木藍佳と言います」
佐藤に高橋に鈴木か、名字のことを考えなければ順番的には静子さん、彼女、私となる。
まだまだ知らないから二人の差はない、どちらにしても私よりは上だと言いたいだけだ。
「漢字は……うん、うん……よし、よろしくね藍佳ちゃん!」
「佐藤」
「そういう人なのよ、あなたが嫌ではないなら」
「わかった、よろしくお願いします」
私が珍しく人といるからそこが気になったのだと片付けておけばいい。
二人が盛り上がっている最中、同じようになれない自分を見ていた。
こういうときにキャラが壊れることになっても加わって一緒に盛り上がろうとする自分はいない。
目の前にいるのにどこか遠いところでやっているかのような感じすらする。
「寒い」
「やっぱりきたか、保健室に連れていってやるよ」
「いいの、ブランケットを持ってきているからそれを掛けておくわ」
前々からこうで慣れているのだ、あとは元々暑がりだったり寒がりなところがあるからいつも通りと言えばいつも通りだから。
「ありがとう鈴木さん、あなたは優しいのね」
「普通のことをしているだけだ」
「だったらあの寂しがり屋な人の相手をしてあげてちょうだい、怖がっているけど人といられないと駄目な人なの」
人といるのが怖いとか言っているくせに私とは真逆の行動をする人だ。
でも、私からすれば格好いい生き方だった、私ではできないことをしている。
「佐藤は?」
「私は人といるの好きよ? だから拒絶していないでしょう?」
「でも、ただ相手をしているだけだ」
「最初はそんなものでしょう」
話しかけられたり頼まれたら無視はしないというだけでいいだろう。
近づくか離れるかは勝手に判断してくれればいい、私がちゃんと一緒に過ごして答えを出したいだけで他人が最初から佐藤瑠伊が〇〇な人間だと決めつけたって構わなかった、いい方向にでも悪い方向にでも自由にやってくれればいい。
押し付けないから押し付けないでほしいという考えでいるわけでもない。
「だからこれからもなにかがあれば来てくれればいいわ、拒絶はしないから」
「絶対か?」
「あなたが私を拒絶しない限りは絶対ね、指切りげんまんでもする?」
「いい、変な強制力はいらない」
「わかったわ」
それならいますぐになにが起こるというわけでもないから授業を真面目に受けよう。
そういうことをしっかりやってこそだろうから。




