天はどこまでカイムを試す
夕暮れが迫るバニス近辺の森の中で、カイムとサスーリカ、それとニオは、今後について改めて確認している。
「本当に、アリスを殺すような真似はしねぇんだよな」
「うむ、奴は馬鹿だが、それは性格の話じゃ。仮にも王族。愚かではあるが、先を見通す教育を受けてきた。ここでハイエルフを殺せば、怒りに任せておぬしが来ることも想定しとるじゃろう。サーラルは元々奴の『お気に入り』。この先も遊ぶための玩具を壊したりはせん」
だが問題として、スティーリアのやり方が面倒だと話す。
「クラッドと通じておるということは、おぬしの力はよく知っておるじゃろう。わっちに関しては嫌というほどの。わっちらが二人がかりで挑めば、奴が率いる魔女と騎士では対処しきれん――と、わっちが想定することも想定しとるじゃろ」
「ならどうすんだ。白旗掲げて和平交渉でもするってのか? なんにせよ急がねぇと、ここも危ねぇ」
「ふむ……わっちとスティーリアが双子であることは知っとるな?」
「馬鹿な契約者が忘れてても、ボクはしっかり覚えてるよ」
「頭の切れる精霊でなによりじゃ! まぁ、双子というのは便利なものでな。同じ場所で育ち同じ教育を受け同じ道を歩いてきた。奴の政治や戦のやり方も、よく知っとる。奴がこちらの想定を想定しているように、こっちからしても想定ができる」
「つまりなんだ。俺は本当の馬鹿だからサッパリだぞ」
サスーリカはしばし待つように考え込んでから、転がっていた木の枝を手に、地面に絵を描き始める。
「よいか、奴はああ見えて狡猾で慎重じゃ。ハイエルフの娘――アリスじゃったか。それとサーラルをぬしが取り返しに来ることは承知の上じゃろう」
地面には、アリスとサーラルの名が記され、それぞれを別の丸で囲んだ。
「わっちの制止を振り切り、単独で奪い返しに来ることが、おそらく奴の一番大きな考えじゃろう。戦ったとて利益の少ないわっちがこの件からすっぱり手を引くことは容易に想像がつく。なんにせよ、お主が一人で行く可能性が大きくある以上、アリスとサーラルを同じ場所には捕まえておらぬじゃろうな」
「つまり、別々の場所――それも、離れたところに捕まえておくということだね。カイム一人がいくら強くて不死身みたいなものでも、体を二つに割くことはできない。片方を人質だとか騒ぎ立てる前に無力化して助けても、もう片方にはそれが伝わって、警備が厳重になる。最悪、アリスとサーラルのどちらかが死ぬことになる」
「奴の想定通りに事が進めばの。じゃが生憎、そうはいかぬ」
サスーリカは「役割分担」と提案した。
「わっちがこの場に残り、助けに行くというのは想像しておらんじゃろう。わっちからしたら対岸の火事ではないが、帝都から離れた未開拓地域でのいざこざじゃ。早々に馬に乗って逃げて、帝都でうやむやにしてしまえば済むのでな。じゃが……王族としてではなく、一人の女として、このような事態を看過することは出来ん」
「つまり、なにが言いたい」
「役割分担と言ったじゃろうて。幸い捕まっとるのは二人。助けに行くのも、わっちを含めれば二人じゃ」
「手を、貸してくれるのか」
「いつまでも奴の好きにはさせんよ。それに、奴の従える騎士には常にわっちの配下の者が紛れ込んでいる。ほれ、後ろを見てみよ」
振り返れば、ロスタインの黒を基調とした甲冑に身を包む騎士たちが五名、膝をついていた。
「人質の居場所はつかめたかや?」
サスーリカの質問に、騎士の一人が羊皮紙に書かれた地図を取りだす。見れば、バニスを中心として、地図の両端にアリスとサーラルが捕らえられているとある。
「ふむ、やはりわっちが行くことは想定していないようじゃな。ぬしが一人でいけば、もう片方の警備を厳重にできるように騎士も配置されておる」
「面倒だな。仮にもアンタの弟だろ? 魔術か剣術で正面から挑んでは来ねぇのか」
「それをしたいのは、スティーリアの本心じゃろうな。奴は、わっちとなにをしても劣っておった。特に魔術はからっきしじゃ。剣術も、あの腹が出た体では無理というもの。あの空飛ぶ絨毯も、周りの魔女たちに浮かせておるだけじゃったな。じゃから、血の石碑など探しておるのじゃろう」
それは置いておくとして、サスーリカはカイムへ『選ぶ』ように言った。
「ぬしらがどのような関係で旅に出とるのかは知らんが、部屋に飛び込んできたサーラルを見るに、惚れられておるのじゃろう? アリスとやらも、同じ女だからか、目でぬしを追っていたのが丸わかりじゃ――この後、ぬしはどちらを助けに行くか。二人からしたら、それはもう、選ばれなかった方より大切に好かれておるとの証拠じゃ」
だから、選べ。警備がわかれている今、アリスとサーラルのどちらかを選べと、サスーリカは迫ってくる。
「……いい、機会かもな」
その言葉になにが含まれているか。サスーリカはわかっていないが、ニオは確かに受け取った。
「これからは、三人で旅を続けるかもしれないね」
ニオのつぶやきに心を痛めつつ、どう取り返しに行くか計画を練る。とっとと行かなければ、バニスを含めて焼け野原と化すので、決行は明朝となった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
騎士の甲冑を借りて、バニスの西にある切り立った崖――スティーリアの配下である騎士と魔女が、一目見ただけで五十人はいた。騎士は地上に大盾と剣を手に見張り、魔女は空から遠眼鏡で監視している。
この格好でなければ、すぐにでも見つかるだろう。それと、この人質がいなければ、捕らえられている警備の最奥にまで行けない。
「ボクだって君の大切な女の子だろうに」
「今は黙ってろ。変装がバレる」
作戦は簡単だ。あの五名の騎士がカイムとサスーリカを追い森へ突撃し、意表を突かれた二人は逃げた。しかし、ニオだけ逃げそびれて捕まった。それを甲冑で変装したカイムが届けるというもの。
「――で、いいのかい」
「なにが、とは言わねぇ。俺はこの手でアリスを助ける」
それが誠意であり、楽ではない茨の道だ。選ばれなかったサーラルを、言葉で告げる以上に傷つけてしまう。
だがもう、誰も傷つかない終わりなどない。旅が上手くいっても、シールかアリスを傷つけてしまうのだから。
「ま、いいさ。ボクは君と一緒に行くだけだ」
もし、選択の末に全員から嫌われ軽蔑されても、ニオだけはいてくれる。なんやかんやで長い付き合いの相棒に感謝しつつ、見張りの騎士に「人質を連れてきた」と、グッタりした演技のニオを握って見せる。
「ここに捕えている人質のところまで連れていってくれ」
ニオを渡すと、こちらを向いてウィンクしてきた。あとはこのままニオがアリスの所に連れていかれたらいい。契約者は、契約した精霊がどこにいるかくらいはわかる。「見張りを代わる」と交わして、ニオの動きが止まるのを待つ。
今頃、サスーリカはこちらの動きにより騎士たちがザワつくのを待っているだろう。一瞬の隙を突いて、サスーリカは騎士五人と共に突撃をかける。
まだだ、まだ。ニオは動いている。運ばれているのだろう。珍しく頭を使うカイムがしばらく待つと、ニオの動きが止まった。
カイムの回りには、騎士が十人と空に魔女が五名――ひとまず、行けるところまで、戦わずに行こう。
「っと、そういえばさっきの人質の精霊、名前を聞いてなかったな」
騎士たちはそれがなんだと目を向けてくるが、いざ人質として盾にするとき名前を言えた方がいいだろうと、サスーリカが考えついた言い訳を口にする。
「女の方はともかく、精霊の名前はまだ知らねぇだろ? 連れてきたからには、俺が訊いてくる」
騎士たちは止めようとしたが、「いいから」と手を振り払っていく。一歩、また一歩と近づき、突貫作業で造られたのだろう、柱と布で遮られた陣の最奥へやって来た。
「おいお前、名は」
「……名乗らねぇと、ダメか?」
「ふざけているのか? それともスティーリア様の作戦を聞いていなかったのか?」
「いや、ふざけちゃいねぇが……」
流石に不審に思われたようだ。ゾロゾロと見張りの騎士たちが集まってきた。
頃合い、という奴だろう。
「名乗るほどの者じゃねぇよ!」
手首から剣を作り出し、薙ぎ払う。甲冑の上からなので死んだりはしないだろうが、契約者が渾身の力で振るえば、衝撃で吹っ飛ばすくらいはできる。
「よし、行くか!」
捕らわれの姫――にしては貧相だが、陣を切り裂き、飛び込む。中には、顔を布で覆われた人質――アリスとニオがいる。
「俺だ! 助けに来た!」
剣を抜き、空から舞い降りる魔女たちをあしらいながら駆け寄っていく。しかし、もう一歩のところでニオが止めた。「ダメだ!」と、布へ手をかけたカイムへ叫ぶ。
「ダメもクソもあるか! 助けちまえば、こっちの……」
布を取ったら、そこにはサーラルの顔があった。若干やつれていたが、間違いなくサーラルだ。
「カイム、様……私のために、来てくださったのですね……!」
「おい、なんで……」
「カイム! 意思をしっかり持って!」
ニオが咄嗟に声を張り上げて叱咤した。
「ボクたちはスティーリアにはめられた! こっちの考えはお見通しだったんだ!」
「なら、アリスは――」
アインヘルムの時のように意思が折れそうになるが、ここで戦えなくなっては死ぬ。とにかく切り抜けて、しっかり説明すれば……
サーラルの手を取り、カイムは邪魔する騎士と魔女を斬り抜けて行く。頭の中で、最悪の未来を思い描きながら。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
サーラルを連れて、昨日の森へ。反対側でも騒動が起こっており、それはこちらへと向かっていた。だが心中では頭を抱えている。
「カイム様、早く逃げましょう!」
「待て、アリスが――」
「あなたは私を選んでくださったのでしょう? スティーリア兄様は、わざとどちらに囚われているかを教えたと仰られていましたから」
そこまで計算づくだったというのか。サスーリカの行動も、カイムの選択も、すべて……
「私の居場所は、やはりスティーリア兄様――いえ、もう様とは呼びません。あなたが選んでくださいましたから……これから私の居場所は、カイム様の隣です」
違う。声に出して否定しようとして、「そういうことなんだ」と、声がする。
「アリス……」
「スティーリアがね、試すって言ってたのよ。私とサーラル、どっちをアンタが助けるかって――私、信じてた。シール相手なら負けるかもしれないけど、サーラルとなら、私の所へ来てくれるって」
「違う! これは……」
「いい、のよ……いいの。アンタには、アンタの考えってのがあるでしょうから。だから、アタシもアタシの考えに素直になるわ」
プルプル震えているアリスへ手を伸ばしたが、それは跳ねのけられた。
「言い訳? 情け? 両方? ……ううん、それでもよかったかもしれない。『二番手』なら、そういう感情でよかったかもしれない……でも! これじゃアタシ、三番手じゃない……」
どうして、こうなった。気づけば、サスーリカもすまなさそうに言葉を探して、なにも言えないでいる。
「……アタシ、ここに残るから。サスーリカ王女が、援軍を呼んだから、バニスは――エルフの街は、守られる。アタシは、ここを守るから」
だから、さようなら。
アリスの声が遠くなり、やがて森の中へ消えていた。




