面倒ごとは先回りして対策を考えろ
ロスタイン第一王女サスーリカと第十一王女サーラルが決闘をする。当人同士の間だけで済む話ではなく、あっという間に広場の大机を囲んで今後について話し合っていたアリスたちにも届いた。
これはバニスの住民――ハーフエルフたちからしたら、厄介ごとに他ならない。だからといって無視しては、せっかくアリスを交えて考えている今後のすべてが取り消されるかもしれない。
広場からは大机が早々に撤去され、二人の決闘のために場が開かれる。
「サーラルの奴、なに考えんてんだよ」
「ほんとよ。せっかく盛り上がってたのに」
アリスへ向いていた注意が決闘の方へ移ったため、しばらく待つことになった。カイムもまた、ともに旅をする二人により足止めを食らってしまい、アリスのために貸し切られた酒場で愚痴を言い合っていた。
「相手は仮にも第一王女。いくらサーラルが魔女並みだからって、無茶よ」
「その辺は詳しくねぇんだが、サスーリカってのは、どう戦うんだ?」
「魔術か剣術かで言ったら魔術ね。第一王女ってことで剣術も相当な腕だと聞いてるから、あくまでどっちが強いかの話だけど」
「つっても、サーラルも魔術だけなら戦いになるんじゃねぇか? 箒で空を飛びながら、よくわからねぇが魔術を降らせたりしてよ」
「どうだか。サスーリカってのは別名『薄氷を渡る者』と呼ばれてるほどだから」
「……なんだ、それ」
「氷の魔術に関して言えばロスタイン一と謳われていて、どんな無茶も苦難も、それこそとんでもなく薄い氷でも渡っちゃうってわけよ」
別名など、そう簡単に付けられるものではないだろう。カイムは恩のあるサーラルが気になるが、アリスの注意は別にあった。
「ねぇ、ちょっとアンタ一っ走り北の方を見てきてくれない?」
「あ? なんだ突然」
「いやね、ここにいるハーフエルフたちも感じてるんだけど、風に乗って嫌な気配が飛んできてるのよ。アタシもここまでの道中気にはなってたんだけど、バニスに留まっていると、ここに嫌な気配が向いてるってわかるの」
ただの勘じゃないのかと訊けば、一人や二人ではなく、ここにいるハーフエルフ全てが感じているそうだ。
「明確な悪意って奴? 貪欲で自分以外のことなんかどうでもいいと思ってるような――そんな感覚の塊が、今もこっちに向かってるかもしれない」
そうは言うも、カイムとしては明日に行われるサーラルとサスーリカの決闘が気になる。
「こう言っちゃなんだが、目と鼻の先にある問題を置いて、俺としてはなんも感じねぇ感覚を探しに行くのは嫌だな。適当なハーフエルフ捕まえて向かわせりゃいいだろ」
「そうするしかないかな……あとで頼んどくわ。それにしても」
ジトーッと、アリスの目がカイムを捉えた。
「そんなにサーラルが気になるのね」
「お前までニオみてぇなこと言うなよ……」
「だってそうでしょ。もしかしたらこの感覚の主はクラッドかもしれないのよ? それを差し置いて、サーラルの今後が気になるわけ?」
「馬鹿な頭ながら考えたが、ここにはサスーリカ――奴の妻がいる。万が一クラッドの野郎が来ても、アインヘルムみてぇな事にはならないだろ」
ふぅーん、とアリスは尚も疑い深い目だったが、「心配はいらないよ」と、ニオが言う。
「アインヘルムを出てから、ボクはサーラルについてあれこれ考えていた。その、危険性をね」
危険性? と二人が言えば、「たまにあっただろう」と答える。
「カイムに対しての歪んだ好意だよ。それこそ今アリスが言ったみたいな、悪意……とまではいかずとも、拗らせたらカイムとアリスの中を含めて台無しにしそうな気持ち。ちょっとカイムを馬鹿にしたら魔術使ったり、ベッドに潜り込んで一晩寝たりね」
「ベッドに潜り込んで寝た……? へぇー……そんなことあったの――」
「誤解だ! いや、全部誤解じゃねぇが……って、そういうことは黙ってろよ!」
「こういう事態を招くって伝えたかったのさ」
カイムとアリスは顔を見合わせて、「あ」と指を指し合った。
「サーラルがカイムを狙うことで、アリスが怒る事態になる。今回は特に大事にはならなかったけれど、これが何度も続いたり、もっと面倒なことになっていたらどうなるか。想像くらいつくだろう?」
答えを保留しているカイムは、その間にサーラルの好意を受け続け、アリスはいつか限界が来る。
「だから、感覚取り戻せとか言ってたのか。確かに、こうして言われて体験してからじゃねぇと、よくわかんねぇもんだな」
「そのため――サーラルの本心を探るために、水浴びを覗かせたりしたのさ。拒絶の反応が見られてたらよかったんだけれど、サーラルは君に求められたと勘違いして喜んでたから」
「そのために、アタシは裸見られたのね……」
「カイムを寄り付ける撒き餌だよ。でも結果的に、カイムはサーラルの好意を否定した。独りよがりだとね。同じことをアリスには言えないだろう?」
手のひらで転がされていたわけだ。カイムはとことん底の知れない相棒に頭痛を覚えながらも、ここはしっかりしておくべきだと、アリスを見据えて口を開く。
「俺はもう、他の女になびいたりはしねぇよ。ただでさえシールとアリスで選ばせてもらってる立場だからな。ってことで、その、なんだ。不安に思わなくて、いい」
「そ、そうね。うん、わかった」
「しかしだな、サーラルのおかげでアインヘルムを乗り越えられて、地図もできた。ここまで付いて来てくれて、一応好意を向けられている。一人の男として、まずは恩を返して、その後でサーラルには……メチャクチャ遺憾だが、謝る。頭を下げる。それで一つ、手を打ってはくれねぇか」
ニオとアリスは、カイムが女相手に頭を下げると聞いて呆然としていた。
「君、女にだけは頭を下げたくないって、ずっと意地張ってたよね」
「族長様にも大婆様にも頭を下げなかったのに」
「そんだけ、今の関係を壊したくねぇんだよ。サーラルにも、あれだ。誠意って奴が伝わるように努力する」
これまた驚いた。ニオとアリスは顔を見合って、だんだん笑い出した。
「アンタがそこまで言うなんて、ホントに笑えてしょうがないわ――わかった。とりあえず、アタシには誠意伝わったから。サーラルにも届けてあげてね」
「まずは、明日の決闘がどうなるかだがな。場合によったら、俺がサスーリカと決闘して、サーラルを帰すのを諦めさせるってのもある」
面倒ごとだが、恩返しは忘れない。変に拘るカイムの性格はたまに良い方向へ向くのだと、ニオは称賛していた。




