雨曝しなら終わるがいいさ
わけがわからなかった。国家反逆罪だと? そんな罪状、王族でも殺さない限りつかない。
困惑するのも数舜しか許されず、騎士たちは「剣で斬っても死なない相手だ」と、カイムの能力を知っている様子だ。
「まともにやり合っても勝てる! でも外にもたくさんいる! 全部は相手にできないよ!」
だから逃げろ。ニオは窓を風の魔術で割ると、暴風と雨水が部屋にいる一同の視界を封じた。
「今だよ! とにかく逃げるんだ!」
「クソッ! なんだってんだ!」
ニオの割った窓から飛び出す。幸いここは一階だが、周りには騎士だけではなく、冒険者までもが武器を手にカイムを囲んでいた。
事情がつかめない。なぜ、冒険者がカイムを狙う? 国家反逆罪だと疑われているのなら、そんな危険な相手に報酬もなく挑むことなどしない。
誰かが報酬を提示した? カイムの能力を知り、抹殺しようとする誰かが。
――まさか
雷鳴が轟いた一瞬、空から雨と共に白い羽根が舞い落ちる。騎士も冒険者も空を見上げて、口々に「天使だ」と、敬っていた。
その天使が、憎しみの籠る金色の双眸をカイムに向けて舞い降りた。
「そうだ、天使だ。女王殺害の国家反逆者カイムを殺しに来た」
「テメェの仕業か――あぁ? クラッドォ!」
この前のケリをつける。今すぐに殺す手前まで痛めつける。すぐに黒い血を両手首から流し出して剣の形を取らせた。
だが、クラッドの前には騎士たちが、更には冒険者たちまでも身を盾にするように集まった。
「邪魔だ! 怪我したくなかったらどけ!」
「そういうわけにもいかないだろうな。この者たちは皆、ロスタインの民だろう?」
「だからなんだってんだ!」
「わからないか。強くはなったが頭は空っぽのようだ。ならそこのリャナンシーなら理解できるのではないか? 騎士が真っ先に守り、冒険者に命を張ってでも守らせるほどの報酬を用意できる身分の者は誰なのか」
言葉を受けたニオは、小さな頭で現状を整理し、驚愕していた。
「そんな! まさか、そんなこと……」
狼狽するニオは答えにたどり着いた。クラッドは氷のように冷徹な顔のままカイムを鼻で笑い言う。
「教えてやろう。教えなくてはわからないだろうからな。私は、先日ロスタイン第一王女サスーリカと結婚した。理解できるな? 私は今や、ロスタインの王族だ」
「……それで、シールも王族だって言うのかい」
「当たり前だろう。我が妹は貴様が殺したのだから」
「なに言ってやがる……シールは――俺たちを止めようとして斬られたんだろうが!」
半年前の嵐の日、シールとクラッドの乗る馬車をカイムは襲撃した。中にいた騎士たちを早々に片付け、互いの意思がぶつかり合い、シールはそれを止めた。しかし、言葉では止まることはなく、二人の剣がぶつかり合う瞬間に、シールは身を挺して二人の斬撃をその身に受けた。
「あの罪は、いずれ私自身が自らを罰する。その前に、シールの意思が宿る血を返してもらおうか」
「誰が返すか! それに前にも言ったが、俺を殺したらシールの意思も消える!」
それはどうだろうな。クラッドは王族の着る仰々しい服から、バンシィとの戦い時に見た黒い液体の詰まる瓶を取り出した。
「この半年で調べさせてもらった。貴様はそこのリャナンシーとの唯一の契約者であることを。そして、リャナンシーの能力をも」
「ボクの能力を調べた……?」
「精霊がどこから生まれ、どう育つのか。まだわからないことだらけだが、シールを蘇らせるためにバンシィを探していたら、運よくリャナンシーを生け捕りにできたのでな」
そんな。ニオが口にすると、その通りと返ってくる。
「スブレンドーレの立会いの下、解剖し、実験をした。貴様らリャナンシーはなかなか死なないものなのだな。腹を切り裂いても生きていたよ」
「祝福もされずに生まれてくるボクの仲間を……生きていたくて、可能性はゼロに近くて、無駄だと知っていても生きるために必死な仲間を――!」
ニオがやる気になった。しかし、クラッドは「まだわからないのか?」と、煽る。
「契約者である貴様の中には子供十人とシールを合わせた十一人分の血液があるな。この瓶は、言わばリャナンシーを疑似的に作りだしたものだ。貴様が使う黒い血も、こちらの攻撃による出血も、全て吸収する。そして」
もう一度懐に手を入れると、雨だというのに光り輝き水をはじく金色の羽根があった。
「天使ホロウが我が一族に残した、正真正銘『天使の羽根』だ。これを使えば血の石碑などに行かずとも、シールの蘇生が可能だ。つまり――」
クラッドは瓶と羽根を両手に持ち、天に掲げた。
「貴様がシールの意思を渡せば、すぐにでもこの瓶に吸収し、天使の羽根により遺体へ血液と意思を戻すことができる」
「なっ……!」
「更に言わせてもらおう。貴様がリャナンシーとの契約に差し出した『代償』。そのために死んでいった、貴様の中にある子供たちも別の遺体に移し替えることで蘇生が可能だ」
カイムは、気づけば片膝をついていた。剣も手放し、震えている。
「子供たちも、蘇る……」
グラリと視界が歪んだ。ニオが「不味い!」と反応して、クラッドは不敵に微笑む。
「やはり、リャナンシーの能力の源は『意思』だったか。誰かの意思が宿る血を操る――その操る当人の意思が揺らげば、その不死性も血液の変異性も弱まる。そもそも、こんな状態なら十一人分殺すことも容易だがな」
周りの声が、よく聞こえない。目の前もぐにゃぐにゃで、体に力が入らない。
ニオが、何かを必死に訴えている。でも、それも聞こえない。
「グッ……!」
腹に強い衝撃が走り、唾液を吐き出す。そうしてようやく、視界と耳が戻った。
「荒療治だけれど、今の君に倒れてもらうわけにはいかないからね」
「お前の、おかげか」
見れば足元に氷塊が転がっている。ニオがこれをぶつけたのだろう。
「いいかい、よく聞いて。クラッドはリャナンシーについて調べているかもしれないが、契約したリャナンシーは知らないはずだ。だから――」
「ならば、貴様が私の所に来ればいいだけのことだろう? 所詮は契約を結んだと言っても生きるためだ。このままカイムについて、共に死ぬこともないだろう。もう一度言うぞ、私の所へ来い。それですべてが解決する」
また、視界が揺らぐ。今度はわけがわからなくなる前に自分で顔を殴って正気に戻ったが、いつものように黒い血が操れない。
それにニオからしたら、クラッドへ行った方が――都合がいい。
今のニオを信じられるか?
信じれば、この状況を覆せるか?
そんな淡い希望は、クラッドの冷酷な言葉にかき消された。
「貴様がシールを蘇らせて、仮に貴様を選んだら、シールまで国家反逆罪で訴えられるぞ」
――あ
「それに、本当にあるというのか? 血の石碑などという、我が先祖と戦った悪しき精霊の石碑など」
いつも抱えている不安に、何重にも重なるよう、クラッドの言葉がのしかかる。
「周りを見てみろ。貴様の窮地に、仲間の一人さえ来ないではないか。それでもまだ、抗うというのか?」
「……うる、せぇ」
「なんだ?」
「うるせぇんだよ! 俺の道を阻むな!」
もう、ヤケだ。斬り殺して、なにもかもを奪って、なにもかもを手にしてから考える。そう決めて黒い血の剣を拾おうとしたが――
「ない……?」
確かに、ここへ落ちたはずだ。だがいくら探しても見当たらない。
「ニオ……おい、どういうことだ。おい、ニオ……ニオ?」
いない。どこにもいない。
見捨てられた……? クラッドについたほうがいいと判断して、見限られた?
「アリスは……」
いない。宿の中にも、囲う騎士と冒険者の中にもいない。
黒い血も、まったく操れない。手首から一滴も出てこない。
「俺はまた、『皆無』になったのか……?」
心を支えていたニオとアリスという最後の柱が崩れた。意識が混濁し、クラッドが風の魔術で吹き飛ばした。泥の中へ、ペチャっと倒れてしまう。
「シー、ル……」
――――ごめん
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