第13章 それぞれの結末(2)
真田と孝一は、昨日泊った品川駅近くのホテルに18時過ぎに帰ってきた。2人とも両手に、岡山県の特産品のお土産を沢山持って・・・。
孝一の顔を見て笑顔になった綾と、お土産を見て笑顔になった香奈が、2人を迎え入れる。
スイートルームのリビングに足を踏み入れた真田は、門倉が偏差値65の肉体を豪華な一人用のソファーに沈めているのを目にした。
「ああ、お帰り。岡山県への日帰り旅行は満喫できたかな? キミたちのお蔭で、無事に闇落ちしたAIを捕獲できた。それについては感謝だね」
口調は軽いが、門倉は疲れ切っているようだった。だが、矛先を納めるつもりはない。
真田は門倉の正面のソファーの前まできて、座りもせず立ったまま詰問する。
「オレたちは、何の為に、岡山県にある、第二統合情報処理研究所に、行ったんだ?」
「囮だね」
テーブルで隔てたれた先にいる門倉は、サラリと答えた。
「なんだって?」
「囮さ。AI研究開発センターの有森センター長の悪事を暴くためのね」
孝一が真田の横にきて、門倉に尋ねる。
「第二次サイバー世界大戦は?」
二人とも、視線で門倉を焼き尽くさんとばかりに睨んでいる。
「回避されたね。有森センター長に、第二次サイバー世界大戦を起こすつもりがあったらだけどね・・・。少し長い話になりそうだから、ルームサービスで、軽食とお茶を頼もうか。それとデザートは、二人のセンスあるお土産をいただこう。悪いけど里見さん、適当に頼んでくれないかな。ボクはアイスコーヒーで」
「孝一はどうする?」
殺伐とした孝一の気持ちを解そうと、綾が気を利かせているのが分かる。羨ましい・・・。
オレは香奈ちゃんに視線を向ける。そこには、ルームサービスのメニューに集中している姿があった。
「なんですか、真田先輩?」
視線に感づいたのか、メニュー画面から顔を逸らさずに香奈は尋ねてきた。その、全く気のない口調に、オレは色々と諦めた。
「何でもない・・・」
「仕方ないですねぇ~・・・。真田先輩はコーヒーで良いですよね。それと、軽く摘まめるものオーダーしておきますよ~」
人差し指を立て、香奈は可愛いらしい表情を浮かべ、魅力的な声で言葉を継ぐ。
「ソファーにでも座っててください」
香奈ちゃんに言われた通り、真田はソファーに座る。そのソファー4人が楽に座れる程の大きさであった。
どうやら、相当気が張っていたらしく、今になって膝に力が入らない。
ルームサービスの注文後、香奈と綾はお土産の中身を検めていた。その中にあるデザートを見て頬を緩ませ、どれを自分が食べるか話ながら、2人は備え付けの冷蔵庫に入れにいった。
ルームサービスの軽食と飲み物で、ようやく人心地つき、オレは冷静になっていた。
門倉さんも復活したらしく、顔に精気が戻ってきている。
オレと孝一君はアイコンタクトを取る。
どうやら任されたらしい。
「そろそろ・・・」
「説明を・・・」
2人して同時に口を開いたのだった。
第二統合情報処理研究所のオペレーションルームで感じた気持ちの疎通は、どうやら幻だったらしい。
気を取り直し真田は、門倉さんに事の次第を説明するよう依頼した。
全員がソファーに座った。
門倉の正面には真田と児玉。
児玉の左隣に藤田。
真田の右斜めで、門倉の左斜めに里見。
門倉は全員が落ち着いたのを確認してから、徐に口を開く。その時、門倉のクールグラスが光った。
オレは呆れたが、口を開かなかった。
しかし、児玉君がツッコミを入れる。
「クールグラスを光らせる必要なんてないじゃん」
「MLEDの光量を調整しただけさ」
「えぇ~、本当は~?」
「趣味だね。さて、まずはキミ達に事実を認識してもらおうかな。昨日、児玉君がファイアウォールを突破できそうだった、と言ったけど・・・。あれは嘘なんだよね」
「ウソだった・・・と」
真田は愕然とし、言葉を続けられなかった。
「いや、もう少しで突破できそうだったじゃん。だから、端末が初期化されたんじゃんか」
「そうですよ。私も見てました」
門倉が諭すように優しく語りかける。
「藤田さんが見たというのは、第2段階目のファイアウォールの突破までさ。量子計算情報処理省のファイアウォールは4段階あってね。1段階目は、世の中にある一般的なセキュリティーを組み合わせている。2段階目は、世の中にある量子コンピューターで使用されている一般的なセキュリティー手法。3段階目は、量子計算情報処理省謹製のサーキットが待ち受けているんだよ。それと4段階目は名称すらも秘密にしてる。児玉君はサーキットに挑戦していたね。だけど、突破できそうだったっていうのは気の所為さ」
話についていけなくて、真田の顔が引き攣る。
量子計算情報処理省のファイアウォールが4段階ある?
ファイアウォールって一つだけじゃないのか?
サーキットってなんだ? レースでもするのか?
どうする? ここで質問してもイイのか?
いや、ダメだぜ。
話の腰を折ってはいけない。
後で質問すればイイだけだぜ。
真田は理解できていないが、孝一は話を理解した上で門倉に反論しようとする。
「そんなことない。もう少しで―――」
「サーキットに入ったら幾つファイアウォールを突破してもゴールに辿り着けないんだよ」
「こっちは量子コンピューター用のハッキングプログラムだって用意してたんだ。そっちが端末の初期化したからじゃん。初期化さえされなかったら、突破できてた」
あくまで強気だな、孝一君は。
ハッキングスキルに対しては、プライド高そうだからな。
「うーん・・・。謙虚になって、今後は慎重になって欲しいな。このままだとキミ、量子計算情報処理省の要監視対象になるからね。今はまだ、トラッキングリストにバンドルワンのハンドルネームが載っているだけで済んでいるんだよ」
昔の悪名を出されて、孝一の顔が引き攣る。
「そう、それそれ。バンドルワンって?」
「孝一、何それっ! どういうことなの? また危険な秘密?」
「あ~あ~、孝ちゃんの黒歴史がバレちゃったね~」
真田は疑問を顔に浮かべ、綾は顔を真っ赤にして怒り、香奈は孝一がバンドルワンだと認めたのだ。
「端末内のプログラムを所員が確認したよ。流石はサイバーアンダーグラウンドを荒らし回った、バンドルワンのハッキング・・・いやクラッキングプログラムだってさ。しかも3年前より洗練されていたってね。当時より格段にスキルアップしたのが分かるそうだ。ああ、真田君には説明しておくと、プログラムにも人の癖が如実に顕れるんだよ。プログラムのステップ数が多ければ多いほど、開発者の特定は容易になるのさ。それにしても、3年前のクラッキングプログラムは、やんちゃでハタ迷惑な代物でさ・・・。なんとOSの初期化でなく、OSの入れ替えを実行するというプログラムだったんだ」
真田は心底呆れかえり、綾の顔色は青くなっていた。
「孝ちゃんはアタシに感謝しようねぇ~。門倉さんには、予め相談してたんだよ~」
小さい体を大きく見せるようソファーから立ち上がり、鼻高々な表情を浮かべていた。
香奈は、要監視対象とならないように相談していたかのような、誤解させる言い方をした。
確かに相談していたが、門倉に孝一がバンドルワンとは話していない。香奈は第二次サイバー世界大戦の兆候について、としか伝えてなかった。
「うーん・・・それを言うなら、ボクが端末を初期化した事を称賛すべきじゃないかな?」
「その通りですね。ほら、孝ちゃん。門倉さんとアタシに、惜しみない称賛と感謝を捧げてなさい」
仕方なく孝一と綾が、まばらな拍手を送る。
真田は抑揚のない声を門倉に向けて放つ。
「それで、孝一君がバンドルワンだから、端末を初期化して隠蔽をはかってあげた訳ですか?」
「いいや。あくまで端末の初期化は、有森センター長に児玉君の存在を気づかれないようにする為さ」
「意味が分かんねーんだけど」
「建前と本音の使い分けを覚えよう、真田君。そこは賞賛を口にするべきだよ」
門倉は、真田が思わず本音を口走り、建前に賞賛の言葉を用意していたと断定した。
その意見に乗っかり、香奈は滑らかに舌を動かす。
「そうですよ~、真田先輩。大人として必要なスキルってあると思うんですよね~。あっ、でも、アタシへの称賛は建前でも本音でも何回でも良いですからね! さあ、褒め称えて良いですよ。アタシのナイスな判断のお陰で皆が救われました。さあさあ、どうぞ~」
「どこを賞賛すべきか分からないし、感謝したくもないぜ」
感謝したくもないと言うことは、感謝する点はあると自白しているようなものだ。
「うぅーーー」
香奈ちゃんが唇を突き出す姿に、少しだけイラっとくるぜ。
どの口で大人とか言うのか?
子供か?
しかし、ここは我慢しておいてやるぜ。
この2人に一々突っ込みを入れると、話しが進まなくなる。それを異動初日で学習してるからなっ!
全員がカップに口を付け、ちょうど会話の間が空いた。
孝一は気持ちを落ち着け、門倉に質問する。
しかし、声には険が籠もっていた。
囮にされ、門倉の手の平の上で踊らされたのだから、どうしても反抗心が隠し切れないのだ。
「続きを。どうして端末を初期化したのか? 理由をご教示して頂けませんかねっ!」
「ハッキングセンターの1日目の終わりに自作ハッキングツールを使ったね?」
「そうだけど。それが何か?」
「なるほど~。孝ちゃんが待ち合わせ時間に遅れたのって、予定されていた作業だけじゃなく、余計なことしてたんだ~」
「違う。余計なことじゃない。時間が余ったら前倒しで作業するじゃん」
「そうだね。それは別に余計なことじゃない。余計なことは闇落ちAIが支配下に置いていたダークウェブのサーバーを攻略して解放したことだね。闇落ちAIが解放されたサーバーを解析し、誰の仕業か捜索してたんだ。そんな時、鴨が葱を背負ってハッキングセンターに来た間抜けがいたのさ。児玉君の自作ハッキングツールの攻撃が、解放されたサーバーへの攻撃と、ほぼ同一だったんだろうね」
間抜けだと・・・。
内心に怒りを溜め込みつつむも、孝一は夏休み前半を思い返していた。
ツカッダーに出された課題の第一次サイバー世界大戦を調べているうち、中央アジア人工知能研究所のAIが実行したサイバー攻撃を試してみたくなった。ダークウェブなら試しても誰にも迷惑かからないし、久しぶりにハッキングしたくなっていた。
そんな時、契約企業の11社がダークウェブのサーバーからクラッキングされていたのを発見した。
もう、ヤルしかないと・・・。
まず、第一次サイバー世界大戦のサイバー攻撃をシミュレートしてハッキングしたが、まったく歯が立たなかった。
20年以上前のサイバー攻撃なんて対策されていて当然。
なら、今の自分のサイバー攻撃ならどうか?
サイバー攻撃は通用した。しかし、そのダークウェブのサーバーは既に乗っ取られていた。
悪事をしていた自覚があったので、贖罪しようと乗っ取られていたサーバーを解放した。
乗っ取ったのは何処の組織? 個人? なのかを興味本位で調査しつつ、乗っ取られていたサーバーの幾つかも解放した。
そこで気付いた。
第一次サイバー世界大戦を調べていたからこそ分かる。これは第一次サイバー世界大戦の兆候にそっくりじゃん。
これは、自分が第二次サイバー世界大戦を防ぐしかないじゃん。
第二次サイバー世界大戦を防ぐためなら、多少の無理無茶無謀は許されるはず。・・・多分。いや、防げたら犯罪者扱いはされない・・・はず。
それに第二次サイバー世界大戦が勃発したら、契約企業のフォローが大変になるじゃん。自分の平和のためにも絶対に潰す。
これは私欲じゃなく、無私の心。自分の正義感が黒く燃え・・・熱く燃えている。
孝一は頭の中で、自己正当化するための言い訳を並べ立てたのだ。
量子計算情報処理省のAIが第二次サイバー世界大戦を起こそうとしている。ダークウェブのサーバーのログ解析から確信したので、ハッキングセンターからAIを停止させようとした。
「ボクもね、ハッキングセンターでファイアウォールに挑戦するだけだから危険はないと考えていたんだよ。まさか闇落ちAIと攻防を繰り返していたとは、想像の埒外さ。いいかい、これは犯罪行為だからね。それにしても里見さんの従弟で高校二年生が、バンドルワンだとは思いも寄らなかったよ」
「つまり、孝ちゃんはダークウェブのAI搭載サーバーをクラッキングしてたと。してないって言ってたよね。どういう事かな~」
「クラックはしていない。ハッキングしただけ・・・」
「今やクラッキングとハッキングは同義語なのっ! それに、量子計算情報処理省の闇落ちAIと攻防を繰り返してたってことは、ダークウェブのAIの設定を変更したんだよね? それってクラッキングだよね? クラッキングはもうしないって、中学の時叔父さんに約束したよね? どういう事かな~」
「世界を護るためじゃん」
「違うよねっ!」
孝一は香奈から顔を逸らした。
そこに門倉が口を挟み、唐突な話題転換をする。
「なあ、児玉君。第一次サイバー世界大戦って、なんで第一次が付くか知ってるかい?」
「一回目のサイバー世界大戦だから・・・」
「それなら、ただのサイバー世界大戦で良いよね」
真田が勢い込んで話し出す。
「そうかっ! 第二次サイバー世界大戦が勃発してないなら、サイバー世界大戦でイイんだぜ。第一次とか、第二次とかの接頭辞をつけるのは、何時、どのサイバー世界大戦かを明確に区別するため。要は複数回のサイバー世界大戦があった時につけるべきだと」
「おおーっと、ビックリです。真田先輩、口の回転が速いですねぇ~」
「そこは頭の回転じゃねーか?」
香奈は、真田の反論をぞんざいに言い返す。
「アタシが口に出す前に真田先輩が言ったからですよ~。それで門倉さん。なんで第一次サイバー世界大戦なんですか?」
気を使わない香奈の様子に、孝一は推察する。
香奈ネーは、意外にも真田さんを気に入ってるみたいじゃん。
「起きてもいない第二次サイバー世界大戦を前提にしてるからだね。それも軍事研究者、世界でも権威のある歴史学者、当時の世界の指導者と云われる人物達が、第二次サイバー世界大戦が起こるから、それに備えよってね。防ぐんじゃなくて、起きた後の対策をしろって発言したんだよ」
幼い頃から父親に、世界史を勉強し、歴史に学ぶように、と言われていた。
エンジニアとしても尊敬している父親からのアドバイスは素直に聞いた。
しかし、ホントの意味で歴史に学ぶ意義を、この時まで理解していなかった。人の意志と行動の積み重ねが歴史を作っている。
門倉さん達の意志と行動が第二次サイバー世界大戦を防いだ。今まさに、自分は歴史の裏側をみている。いや、参加している。
「歴史学者が言うには、人類の歴史は戦争と共に歩んでいるから、第二次サイバー世界大戦は起こると。指導者層は他国へのサイバー攻撃を念頭に置いてたね。これはコンピューター技術者への挑戦だよ。ボクらは、絶対に第二次サイバー世界大戦を起こさせない。その覚悟を持っているのさ。今回、真田君と児玉君を闇落ちAIから護るため、陸自のサイバー作戦隊の有志が200名以上参加したんだよ。彼らのドローンの撃墜数は100機を超え、EVも10台以上を走行不能にした」
これは、表に出ない歴史の一幕じゃん。
彼らは裏の英雄・・・。
今日は情緒不安定になるほど、自分の感情が揺さぶられる日だった。
「それに参加はサイバー作戦隊だけでなく、量子計算情報処理省からも参加しているね。量子計算情報処理省からの参加者は、悪く言えば隠ぺい工作。良く言えば一般市民の日常生活を護るためさ。もう一度言う。ボクらは、絶対に第二次サイバー世界大戦を起こさせない。そのためには、今の職と生活を投げ打ってでも防ぐ覚悟があるんだよ」
門倉は鋭い視線を孝一に向け宣言する。
「ボクはコンピューターを悪用する者、コンピューターを壊す者を許さない」
こんな思いを聞かされたら・・・。
こんな覚悟を聞かされたら・・・。
もう、これからは、自分の技術力を誇示するためのクラッキングなんて出来ないじゃん。
自分は、世界を護るためにハッキングをしていく。
そして絶対、この戦いに参加する。
自分は量子計算情報処理省に行く。
孝一は、そう心に誓ったのだった。




