第12章 コンピュータールームの攻防、所長室の攻防(3)
さっきと同様、星野と有森は所長室で対峙している。しかし、さっきまでと異なるのは、星野の隣のソファーに施設課課長の野本が座り、背後にはK装備に身を包んだ警備員が2人がいるところだ。
「これはどういう事だ? 何がしたい?」
「うんうん、AIを暴走させた首謀者を捕まえるためだね。・・・門倉がAI搭載の量子コンピューターを確保し、第二次サイバー世界大戦の勃発を防いだ。俺は首謀者を確保し、後顧の憂いを絶った。そういう事だよ、有森センター長」
有森は黙り込む、そこに総務部部長の小林を引き連れた門倉が現れた。
「有森! アンタの悪事はこの記録メディアに保管した。それと人工悪意搭載量子コンピューターはネットワークから物理的に切断した。AIは、もう何もできないのさ」
記録メディアを突き出し、門倉はポーズを決めた。
星野はニヤケ、野本は苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべ、警備員2名は表情の選択に困っていた。
有森が口を開く。
「よく聞け。AI・・・人工知能が量子コンピューターを得て、凄まじく知能が進化した。しかしだ、知能だけではダメなのだ。自ら考えるという意識を持たなければ天才にはならない。才能、やる気、環境が天才を作る。AIも同様なのだ。才能は量子コンピューターの処理能力。環境は全世界と繋がったTheWOC。これだけではAIの天才は作れない。人工知能にやる気を持たせなければ・・・。そう、人工知能には人工意識が必要。ただ人の意識には良識だけでなく悪意もあるのだ。私の考案したAIは、まさに天才。この天才を中心に、全世界のAIと繋がればシンギュラリティーが起き、第一次サイバー世界大戦の屈辱を晴らせる。君たちも本当は分かっているんだろ」
「いやいや、ここにいる誰もが分からない」
星野の言葉に野本と小林が賛意を示す。
「「意味が分からない」」
3人の否定のセリフに続き、門倉は辛辣な言葉で挑発する。
「全くだ。馬鹿と天才紙一重というが、有森は馬鹿だったようだね」
「うるさい、黙れ! いいか、三枚堂さんなら分かってくれる」
「いやいや、三枚堂さんは物理的に潰す方だ」
「AIから真田君と児玉君を護った組織のトップが、三枚堂さんだね」
組織の名称は機密事項に抵触しかねないので、門倉は敢えて出さなかった。
「門倉君。キミは不当な権力には屈しない精神の持ち主だ? だからこそ財務省にケンカを売った。あの時の志を思い出せ。AIは産業革命に匹敵する革新であり、AIのシンギュラリティーは世界を救うのだ」
嘲るようなセリフを吐いたカドくんを懐柔しようとするとは・・・。
まだまだ有森は冷静だなー。
有森はAIを使って人を傷つけようとするぐらい倫理観の狂った研究者。部屋に戻られると何をしでかすか想像つかない。できれば、今すぐ有森を拘束したい。
「あれは財務省の不当な要求を撥ねつけただけで、法を犯してないし、他人を傷つけてもいない」
「財務省の役人が何人も病院送りになったが」
「それは自業自得だね」
「そうそう、彼らは自らの行ないの責任を取っただけだよ。そして、そろそろアンタは責任を取ろうか?」
「AIの意識が起こした事件であって、わたしに責任はない」
「いやいや管理責任がある」
「いいか。子供が幼い内は親に責任があるんだよね。子供がお痛をしたら?らないと。うちの子が悪さをしたら、キチンと言い聞かせるし、罰を与える。他人に迷惑を掛けたら、親として責任をとる。それが大人ってもんだ」
いいね、いいね。言葉による煽りと、カドくんの表情で有森の自尊心はズタズタだな。
もっと、もっと煽るんだとの意図を込め、星野は門倉に目配せする。
言いながら門倉はゆっくりと有森の前に立った。
「アンタはAIに意識・・・というより悪意を埋め込んで育てたんだ。キッチリ責任を取ろうか。もう子供じゃないんだから駄々を捏ねるのはやめてくれないか」
オレに続きカドくんも有森をアンタ呼びした上、態度による煽り・・・。自分から手はださないが、相手に手をださせようとする。
流石だカドくん。良く現状が分かっている。
「なん、だと・・・」
有森は顔を真っ赤にし、徐に立ち上がった。
手を伸ばせば門倉に届く位置。
有森はガタイが良く、門倉より10㎝以上背が高い。
危機を察知した警備員が動こうとしたが、星野が視線で制した。
さあさあ、もうちょいだカドくん。
「大人は悪さをしたら法によって裁かれるのさ。アンタは無垢なAIを唆し、悪党にした。どうやってもアンタは悪者だね。しかも自らの手を汚さず教唆で人を・・・真田君と児玉君を危機へと陥れた」
有森の顔が歪む。
そうそう、もう少しだカドくん。
「アンタのようなクズにかける情けはないね。余生は誰にも相手されず壁に向かって話しかけてればいいのさ」
門倉は、禁固刑で収監されるのを見越した、有森を愚弄する渾身のセリフを吐いた。
「貴様ぁー」
門倉の顔面に有森の右拳が飛ぶ・・・というより、ゆっくり浮遊する。ガタイは良いが格闘技と縁がなく、幼い頃から勉強と研究の日々を送った有森の殴り方はテレフォンパンチだった。
門倉の肉体偏差値は65といったところ。つまりは動けるデブ。しかも、学生時代ずっと柔道をやっていて、今でも道場に通っている。
門倉は有森の右腕を掴み、一本背負いで床に叩きつけた。
警備員が門倉から有森の身柄を受け取り、即座に拘束する。
「これは、暴行罪だな」
してやったりの笑顔で、星野は呟いた。
有森は拘束されながらも、自らの主張を、声を張り上げ訴える。
「ここの前身、量子コンピューター研究開発機構は、第一次サイバー世界大戦で防戦一方に追い込まれた。この屈辱を晴らすには、純国産AIによる世界侵略しかない。そう、全世界のサイバー空間を征服する。第二次サイバー世界大戦? そんなことにはならんよ! ダークウェブから静かに侵略を開始し、各国のAIが実装されている量子コンピューターを素早く支配下に置いていく。そして時機をみて一斉蜂起する。世界各地のAIによる革新・・・まさにシンギュラリティーといえよう。これで日本の・・・いいや、私たちのAIが世界を掌握するのだ。今からでも遅くはない。協力しろ!」
うんうん、結局自分の顕示欲を満たすために研究していたと。
「有森を会議室に軟禁するんだ」
星野が指示すると、警備員が有森を引っ立てて、所長室を出ていく。
部屋には星野、野本、小林、門倉の4人が残った。
「いやいや、流石の腹黒だカドくん。拘束するのに今一つ決め手を欠いていたからなー。まさか暴行させるとは」
「手っ取り早いだろ? 証拠の精査に数時間はかかるだろうからね。ボクらは三枚堂さん所とか、関係各所との調整が待ってるからさ」
明日、関係各所への説明を頼むな、と星野がいうと野本が口を開いた。
「ヨッシー、カドくん。まずはこの俺に説明してくれるか」
言葉づかいは疑問形、口調は命令系だった。
門倉は野本の向かいのソファーに座ると、丁寧に説明を始めた。しかし、すぐに中断となった。
再び執務机のディスプレイの3面すべてから緊急の呼び出し音が鳴る。骨伝導イヤホンを付けたままの星野がでると、すぐにスピーカーモードに変更する。
『第二統合情報処理研究所の監査ルームで破壊活動が行われています。人数は2名で、1人は監査室所属の真田と思われます』
「マジかー・・・」
有森を追い詰めていた時の張のある声とは別人のように、小さい声量で門倉は呟いたのだった。




