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第90話:ゆめのなか、ひかりのきおくⅡ

 それから、私は毎日森へと足を運んだ。

 そのためだけに移動の魔法を覚えて。

 魔法薬を作って、売って、その後に。


 どれだけくたびれても、あの輝きを見れる事だけを支えに。


 幸い、あの子の事はまだ誰も見つけていないようだった。もしもルクスブランが……秩序の神を崇める彼らがその存在を捕捉しているのなら、放っておくはずが無い。他の全てを差し置いてでも自分達に都合のよい主として祀り上げただろう。


 そもそも私があの場所に立ち入ったのも偶然で、気づくことができたのも奇跡だ。


 だから、この出会いは私達だけのものだった。


 ある日、私の口調を真似て丁寧語で喋るあの子にお願いをした。


 私を含めて、人間なんかにそんな風に話さないでほしいと。


「どうしてですか?」


 理由を聞かれ、私は恐れ多くて心臓が止まりそうだからと答えた。


 ……これはこれでかなり不遜な願いだが、あの子はうなずいてくれた。


「わかりました。どうすればいいですか?」


 私はしどろもどろになりながら、砕けた口調の例を幾つか聞かせる。


 一通り説明すると、あの子は小さく頷いた。


「わかった、そういう感じだね。ちゃんとおぼえたよ。――これでいい?」


 あの子は私が伝えた概要に加え、そこから発展させた用法もすぐさま学習していた。……思い返せばあの子は初めから、喋る際に“原初の言葉(ことのは)”を使っていなかった。あの子が話す言葉は全て、私が口にした内容から類推していたものだ。


 少し仲良くなれた気がした私はあの子に余計なおせっかいを焼く。面倒な事になるので、本当の名を他の人間に伝えるのは避けた方がいいと伝えた。


「どうして?」


 私は自分が思う避けるべき理由を伝える。


 真正の秩序の神がいるなどと知られれば、人々はきっとその力に縋ってしまうからと。


 ……自分の事を、棚に上げて。

 理解を得られるかは不安だった。

 だって、きっと私とは何もかも考え方が違う。


 そもそも私の言う事を信じてくれるかもわからない。


 だけど、やはりあの子は素直にうなずいた。


「ふーん、そうなんだ。じゃあ、そうするね」


 この時、私は『かみさまも子どもなんだ』と感じた。


 ヨシュアと同じように、とても素直だったから。


 それと同時に疑問を抱く。

 『かみさまはどうしてここにいるんだろう』と。


 それを尋ねてみると、しばらく答えは無かった。


 私が気まずくなってきた頃、あの子は話し出す。


「それが、わからないんだ。ボクは、気づいたらここにいて。どこに行ったらいいのか、なにをしたらいいのか。なんにもわからないんだよ」


 その表情も語気も、それまでと変わらない。


 この世界の何よりも綺麗で、陰る事などあってはならないもの。


 だけど、私にはあの子が困っているように見えた。


 だから……私は、提案した。

 一緒に、この森を出ないかと。


 私と一緒に、暮らさないかと。


「――うん。ここにいる理由はないし、いってみたい。つれていって」


 私は住んでいる家にあの子を案内した。

 本当は私の家じゃないけれど、今の私が暮らしているところへ。


 ちょうど同じ日。ノクトノワールの新たな王によって、終わらないとされた大国同士の戦争は物理的に停止させられた。私の運命もあの大地の運命も、その日を境に大きく変わってゆく。


 ……それからの日々は。

 私にとって、家族と過ごしていた日々と同じくらいかけがえのないものだった。


 心から、あの子にとってもそうであってほしいと祈る。


 ……もうじき夢から醒める。

 この運命の日も、今は過ぎたこと。



 ――どこかへとつながる。

 わたしのおもいでをみて。

 かなたのだれかがいった。


 懐古に憧憬が滲んだ。

 どの思い出も、眩いものだ。


 苦悶の記憶も。

   歓喜の記憶も。

     失意の記憶さえも。


 けれど、それらも全て。

 何時かは褪せて。

 芥のように消えてしまうのだ。



          ***



 “星を渡る舟(プラネテス)”のリビングルームで、アニエス・サンライトは目を覚ました。日付という概念の無い宇宙空間だが、船内に設置された故郷を基準とした時計は早朝だと示している。


 舟に戻ってから就寝直前まで長いこと遊興に耽っており、そのまま大きなソファを使って雑魚寝したのだとアニエスは思い返し、周囲の状況に意識を巡らせた。


 そうして、最初に視界に入ったのは――


「おお、お目覚めか」

「…………」


 《白銀の魔王》にして《混沌の御子(みこ)》、レティシア=ネビュラ・ケイオスが寝転ぶ姿だった。彼女は先に起きて退屈していたのか、眠っているアニエスを眺めていたらしい。


「ふっ、幸運であるな。朝いちばんに余の超・尊顔を拝めるとは」


 『尊顔』とは他者の顔を敬って表現した言葉だが、レティシアは自分のために使った。


 対面したアニエスはそっぽを向いて寝直すような動きをし、ため息をつく。


「……最悪。一日の始まりとしてこれ以下のものは無いわね。管理の行き届かない不衛生なモルグで寝起きする方がよっぽどマシよ」


「んだとコラァ! おい起きろ、その両乳をもぎ取って(うち)の広間に飾ってやる!!」


「ああそう。毎度毎度同じ文句しか垂れられない魔王さん。やれるものならやってみろ、その前にご自慢の銀髪に悪臭がする薬液を塗りたくってやる」


「この陰湿魔女めが!」


 アニエスの態度に憤慨したレティシアが掴みかかる。レティシアは魔力を使用せずに見かけ通りの身体能力のままだったため、アニエスが両手で押しのける地味な攻防が繰り広げられた。


 宣言通り、アニエスが液状の魔法薬が入った容器を取り出そうとしたその時。


「ん~、うるさいなぁ~」


 掴み合うアニエスとレティシアの騒ぎで、フィーネが目を覚ました。寝起きであっても普段と何も変わらぬその天稟の美貌が、後天的に学んだ間延びした調子で話す。


「おはよ~。ど~したの、二人とも~」


 来客があって騒がしくなった“星を渡る舟(プラネテス)”にて、新しい一日が始まった。


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