↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/96

第89話:ゆめのなか、ひかりのきおくⅠ

 目が覚めると、私はルーンヒルではないどこかにいた。


 何かがおかしい。そう思い起き上がろうとすると、見知らぬ年老いた女性がそばにいる。


 祖母の友人だという具合が悪そうな彼女は、静かに話し始めた。


 昨日の早朝、祖母と意識を失った私だけがこの町――エスティンにやってきたこと。


 祖母は私を助けたあとに足と手と、心を壊してしまったこと。


 そのせいで、祖母は友人に対して何も事情を説明できなかったこと。


 つい先ほど、帝都の遣いからエスティンの町に暮らす人々に報せがあったこと。


 『ルーンヒルは潜伏していた大逆人の凶行により、村そのものが焼失した』と。


 討伐に向かった騎士隊を含め生き残った者はいない、という事になったらしい。


 それを知った女性は、自分が想像した事態を誰にも何も話していないという。


 話を聞きながら、私は内容と現状の理解どころではない混乱に陥っていた。


 目の前の老いた女性の口から聞こえる言葉とは別に、音ではない何かが聞こえる(視える)。


 すぐに、それが一つだけではないと気づいた。


 辺りからも、たくさん。

 遠くからも、たくさん。

 それらは全て、人の心の声だった。


 意識した瞬間、あり得ないほどの情報が私の魂を侵す。


 気が狂いそう……というより、アニエス・サンライトはこの時点で発狂した。


 それからしばらくの間の私は、元の習性に沿ってそれらしく動く人形のようだった。


 何も喋らず、ただ機械的に同じような動作を繰り返すだけ。


 けれど、すぐに壊れたままでもいられなくなる。


 私と祖母を匿った女性は体調不良に加え心労のせいで、ひと月もしない内に死んでしまった。


 彼女は常に告発すべきか葛藤していたし、それを見透かす私に対して恐怖を抱いてもいた。


 祖母は寝たきりとなり、そのほとんどの時間、私(アニエス)を自分の娘(アイリーン)と認識するようになった。


 エスティンの人間は、私を、災いを運び人の心を暴く忌まわしい魔女だと疎んじた。


 辛く、苦しいだけの日々が続く。

 壊れた心を繋ぎ合わせた私には、憎しみと呪いだけが燻る火のように残っていた。


 『どうして自分だけが』と、何度もそう思った。


 なぜ、私だけが無事に長らえたのか。


 ルクスブランが許せない。

 秩序の神に仕える聖なる民などと妄言を宣う連中が許せない。


 一人だけのうのうと生き残った自分が許せない。


 なにもかもが許せない。


 黒いなにかが、澱のように溜まってゆく。

 気づけば、人々の思念とは違う声が聞こえるようになった。


 暗い、暗いどこかから。

 同じところへ導くように。

 甘く、甘く囁く声。


 憎しみと呪いを覆い、全てを否定(こうてい)するその声に、私は惹かれつつあった。


 祖母の世話をしていると、調子が良く以前に近い認知の彼女がうわ言のように繰り返す。


「……ぜんぶ、ぜんぶ、あの男が悪いのよ。あんな男に、大切な娘との結婚を認めたのが間違いだった。ああ……アイリーン……どうして……あの人の忘れ形見なのに……」


 それは彼女にとっての真実であり、客観的に見ても遠からずという答えだった。


 もっとも。その解答を是とするならば、リチャードの子である私とヨシュアの存在も否定された事になる。追い詰められた祖母の思念を手繰ると、彼女はその事に気づいていなかった。


 幼い私は、疑問を抱いた。


 『それなら』、『目の前にあるこの生き物は』、『一体なんだろう?』と。



          ***



 みんなを……最愛の家族を喪って。

 その亡骸と故郷を自らの焔で焼き払って。


 唯一残った肉親からは存在を否定されて。


 町の人間からは忌避の視線だけを浴びて。


 ……それでも、まだ死んではいない日々が続いて。


 もう一度壊れてしまいそうな、おしまいが近い日に。


 私は、なにもかもを投げ出して町を出た。


 エスティンの町には、すぐ近くに小さな森があり、そこへ向かう。


 なにか考えがあったわけじゃない。ただ、人がいる場所から離れたかった。


 当時の私の力なら、森の奥まで入ってしまえば人々の思念も届かないからだ。


 ふらふらと、どこかを目指して木々の間を歩く。


 何かに導かれるように。

 水の底から、空気を求めてもがくように。


 ……目覚めたばかりの力が、奇跡にすがりつくように。


 そうして辿り着いた、森の中心にある大樹のそばで。


 私は、何よりも輝ける光を見た。


「――――――」


 決して貶められる事など無い、透き通るような輝き。


 ヒトと同じカタチをした、全く異なる光そのもの。


 目にした瞬間、他のあらゆる情報が私の世界から弾き出された。


 私は全てを忘れ、その姿に見入った。


 何時間もそうしていてから。

 あの日以来、久し振りに意味のある言葉を思い出せて。


 私は、あの子に名前を尋ねた。

 あの子は、私の言葉を真似て名を告げる。


「はじめまして。ボクの名前は――」


 輝けるその御名の意は、秩序たる終焉の神星(しんせい)。


 ……あの子は、本物のかみさまだった。


 どうしてあんなところにいるのかはわからなかった。


 私が知らないだけで、あの場所に何かの縁があったのかもしれない。


 ずっとあの子を見続けて。

 いつの間にか、日は暮れかけだった。


 エスティンに移りひと月が経ち、この時間には必ず家にいるようにしていた。


 今まで繰り返してきた行動に沿って動こうと思考し、戻るべきだと理性が言う。


 内心そんなことがあるはずがないと思いながら、あの子に明日もここにいるか尋ねた。


 去ってしまうのなら、それを見送るまで私もずっとここに居座るつもりだった。


 すると、あの子からは意外な言葉が返って来た。


「はい。ボクはどこにも行きません」


 ……明日も会える。そう安心した私は、今日のところは祖母の元へと戻る事にした。


 彼女のことも、見捨てるわけにはいかなかったと思い出したから。


 その日、まだ慣れない家に帰って。


 暗い、どこからか囁く声が聞こえなくなった事に、ずいぶん後になってから気づいた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。