第88話:ゆめのなか、ほのおのきおくⅡ
夕食を食べる合間、父と母が何気ない会話に興じる。
「アニエスったらすごいのよ。家の魔法薬の精製はもうほとんどできちゃうし、魔力量も私とそんなに変わらないくらいだもの。きっと将来は私なんか目じゃない魔法使いになるわ」
「それは驚きだな。キミだって学院の秀才だったのに」
「リザードがドラゴンを産んだってやつね!」
「……色々な意味で母親自身が言うのはどうかと思うけど、そうかもね」
母は楽しそうに話を続ける。
「アニエス、帝都の学院に興味があるんですって。もう入学させても平気かしら?」
「うーん。試験は合格できそうだけど、もうしばらくは家で勉強した方がいいんじゃないかな?」
私は父の意見に同意した。まだ、サンライトの家で学びたい魔法があったからだ。
父はヨシュアに話を向ける。
「ヨシュアもちゃんと勉強してるのかい?」
「ぜんぜん」
「ダメじゃないか。まあ、ヨシュアは体を動かす方が得意そうなのはわかるけど」
「そうだよ。おれ、ねえさんよりつよいもん」
私はヨシュアの発言を訂正する。確かに取っ組み合いの喧嘩はヨシュアの方が得意だが、本気で魔法を使えば私の方が強いし普段は加減をしてあげているんだと、偉ぶって。
「いいや、おれのほうがつよいね。だって、ねえさんドンくさいし」
「んー、そうねぇ。ヨシュアも魔力自体はけっこう多いから案外いい勝負かも?」
「二人ともその辺はキミに似たんだろうね。……僕だけ魔法からっきしなの、虚しいな」
「いいじゃない、代わりにカワイイ奥さんがいるんだから」
「ふっ、そうだね」
母の甘ったるい愛情表現に対し、父の反応は彼にしては控えめだ。
……ここのところ。父の様子が少しおかしい事に、子供心に気づいていた。
母も、そんな父を私達に気づかれないよう心配している。それを察し、父が言った。
「アイリ。子どもたちが寝た後で大切な話がある」
「……もう、怖いなぁ。わかった、あとでね」
当時は今と違ってまだ力に目覚めていなかったけれど……悪い予感だけはしていた。
そして、それは今と同じように――当然のごとく的中した。
食事が済み、みんなで食後のお茶を楽しんでいると。
外から、とても大きな物音と声が聞こえた。
「……あら? 魔獣でも出たのかしら」
村で一番の実力者である母が杖を手に、魔法で周囲を探る。
すぐに、母は顔色を変えた。
ちょうどその時。村の方々から悲鳴が聞こえてきた。
窓から外を覗くと、厳めしい鎧の騎士達が、住民を殺して回っている。
人々はなぜ自分達がこんな目に遭うのかもわからないまま死んでいった。
戸惑う間もなく、私達の家にも四人の騎士が現れる。
「リチャード・サンライトだな」
ルクスブランを長年導いてきた、正コスモス神教に伝わる装備に身を包んだ兵達。私には彼らが何の用でやってきたか判らなかったが、その姿を見た父は血相を変えて立ち上がった。
「――なぜだ! なぜ帝国は何百年も同じ過ちを繰り返す!? あなたたちもそれでいいのか!?」
……この時は、父が何を言っているのか、何に怒っているのかわからなかった。
全てを知ったのは、最初の旅に出て、父の軌跡を辿ってから。
私が生まれた国……ルクスブラン帝国は、北方のノクトノワール連合王国を悪と断じていた。
その大義は、南方への度重なる侵略を繰り返す魔人の根絶。
けれど、いつだって戦争はルクスブランから起こしていて、侵略者は私達の国だった。
父は、その証拠とそれを消そうとする痕跡を見つけてしまった。それはもう山のように。
そうした研究成果の公表や蛮行の是正を帝国と正コスモス神教の中枢へとかけ合ったが、当然のように拒絶されたという。つまり……騎士達は、負の歴史の証拠品をその発見者と周辺ごと抹消するべく、帝国の主導者達から遣わされてきたのだ。
騎士達に喰ってかかろうとした父は、何の問答も許されず、刃に貫かれる。
「リチャード!!」
母の絶叫を聞き、私の視界は歪んだ。
唐突に、世界がゆらゆらと、曖昧なものになってしまう。
いろいろなものが、ゆっくりと流れゆく。
誰かが放った炎の魔法が辺りを焼いた。
……お母さんが四人の騎士と激しく戦っている。
酷い傷を負いながら、私とヨシュアに『逃げて』と泣いて叫ぶ。
長くはもたない。いくらお母さんでも、相手が悪かったのだ。
それでも、私とヨシュアは動けなかった。
倒れているお父さんを放っておけなくて。
あっけなく死んでしまったことを受け止められなくて。
少しして、お母さんの腕が杖ごと斬り飛ばされた。
そのまま騎士たちの武器が、お母さんの体を何度も貫いて。
お母さんも、倒れて動かなくなった。
抱き合って震える私とヨシュアの前に、傷ついた騎士たちが並び立つ。
四人の中の誰かが言った。
「……これも、我らが祖国のため」
剣が、私に振り下ろされた。
……それを。
それを……ヨシュアが……。
ヨシュアが、私の前に割り込んで。
なにか、赤いものを散らしながら。
大切な弟が、声も上げずに斃れた。
「―――――!!」
赤いものをたくさん浴びて、声にならない叫びが上がった。
体は動かないまま、魔力だけが身の内に渦巻く。
意識が薄れていく中、私に見えたのは。
全てを焼き尽くす、蒼い炎だけだった。




